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第六十話 一芝居の裏側に潜むもの
しおりを挟む気を取り直して、一芝居打つために気合を入れ直す。
少しドキドキしながらそっと扉を開いた。
「――姉さん!」
緊張の面持ちで立っていたアレクサンドルは、無事に顔を出した「オレスティア」にほっとした様子だった。
ちょいちょいと手招きをして、部屋の中に入れる。
「長い間話していましたが――なにか、思い出せましたか?」
さも当然と言った顔で、オレステスの隣りに座る。
隣りから向けられる彼の視線を十分に意識しながら、そっと頭を振って見せた。
「ごめんなさい。ほとんどなにも思い出せなくて」
「ほとんど、ということは、少しは……?」
様子を探るような、期待しているような表情のアレクサンドルに、軽く頷く。
「私は――もしかしたら逃げたかったのかもしれません」
あえて作った神妙な面持ちで口を開くと、アレクサンドルはハッと息を飲む。
本当は「かもしれない」どころか逃げたいのは確実なんだがな。心の中で呟きながら、顔は生真面目さを装ったまま続けた。
「抜け出すのは難しくなかった気がします。この邸の方たちは、さほど私のことを気にはかけていませんでしたので」
「――」
「けれど、やみくもに外に出てはみたもののなにもできません。途方に暮れていた私はならず者たちに絡まれて――そこを、このお二人に助けて頂いたのだと思います」
「――思います?」
そうだったという確定ではないのか。ひそめられた眉に、アレクサンドルの疑問が滲む。
「断片的な記憶とお二人のお話を繋ぎ合わせた結果の推論ですが」
断定した方がいいのだろうかと迷ったのは事実だ。しかし記憶喪失という設定上では不自然な気がして、曖昧な表現にとどまった。
「ただ――絡まれていたときの怖さと、助けられたときの安堵感は間違いなく覚えています」
そこまで曖昧にしてしまうのは、得策ではなかった。記憶喪失のオレスティアに、二人が作り話を信じ込ませたと思われては困る。
「助けたはいいけど、帰りたくないって言われて困ったわ」
文字通り困り顔で、ルシアが後を引き継ぐ。
「連れて逃げてくれませんかって言われたけど、申し訳ないけどそこまで責任持てないし。断ると、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした、ってこの世の終わりみたいな顔するじゃない?」
両手を軽く広げて語るルシアを見ていたアレクサンドルの目線が、伏せられる。ちらりと盗み見た横顔は、歯を食いしばった険しいものだった。
「なんだか放っておけなくて、とぼとぼ帰るのをこっそり見守って――そうしたら侯爵家に入って行くんですもの。正体知って、びっくりしたわ」
それは、街中で偶然会って助けた、ひとりでふらふらしていた少女が侯爵令嬢と知れば驚くだろう。ルシアが言うことも、もっともだと思うはずだ。
オレスティアが逃げたくなるほど思いつめていた理由を知っているアレクサンドルとしては、耳が痛い話なのだろう。今更ながら、助けてやれない自責の念にでも駆られているのか、力の入った頬を見ていると痛々しい気分にもなる。
――この話が真実であれば、だが。
申し訳なくもあるが、まぁ「逃げたい」気分は事実なのだしと、開き直るより他なかった。
「切実な顔してたし、見捨てるのもどうかと思ったの。でも訪ねていったところで困らせるだけだろうし、門前払いは必至だし? けど、かといってまるっと無視して生活に戻るには、オレスティアさんの思いつめた表情は気にかかるし」
「――」
「訪ねても行けないし、でも気になるし。どうしようかしらって、ときどき様子を見てきてしまっていたの」
「――ああ」
ルシアがあえて同じことをくり返して話すのは、逡巡の度合いを示すためか。
右や左を向きながら語るルシアに、アレクサンドルが納得したような声を出す。
「今日もそうやって見に来たところを衛兵に見つかって不審者扱いされた、と」
「そういうこと」
ルシアが肩を竦めて首肯した。
出会いは作り話ではあるが、もし実際にそのような場面にルシアとオレステスが遭遇すれば、きっと同じ言動をする。そう推論しての話だった。
「ルシアさん、とおっしゃいましたか」
確認するように名を呼んで、アレクサンドルは静かに続けた。
「あなたの話はわかりました。――だからこそ、わからない」
矛盾する発言に、なにを言ってるんだと口を挟むよりも早く。
「なぜ、そこまで他人である姉さんのことを気にかけるんですか?」
発せられた言葉に、ルシア、オレステス、オレスティアの三人は唖然とした。
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