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第五十八話 連れて逃げてやる
しおりを挟むオレステスの提案は、言語道断なものに思えたのではないか。唖然とこちらを見てくる二人の眼差しが、感情を物語っている。
そもそも、魂の入れ替えなどというよくわからない状態になってしまうほど、オレスティアが逃げたいと思う気持ちは強かったはずだ。それを知っていてなにを、とルシアとオレスティアが考えるのは当然だった。
だからこそ、未だ会わぬ辺境伯の為人を客観的に見られるよう、「条件」だけを並べて見せた。
オレスティア本人に選ばせるために。
「正直に言えば、ここでの待遇はオレスティアにとっていいものじゃねぇ」
そうだろう? 問いかけにオレスティアは俯く。それが皇帝であることは明らかだった。
その反応に先程の話を思い出したか、ルシアも押し黙る。
「だったら環境を変えるためにも、ここを出てみるのも一つの手じゃねぇかとおれは思うんだが」
「――でもね、オレステス」
軽く眉根を寄せて、ルシアが続ける。
「それも一理あるかもだけど――でも、環境を変えようと逃げ出した先がさらなる地獄だっている可能性も捨てきれないのよ?」
「わかってるさ。だから、オレスティアがおれのうちに行ってみるのがいいんじゃねぇかってな」
「あ」
その一言でオレステスの考えが読めたのか、ルシアが声を上げる。話が早くて助かった。
「おれたちが元に戻れるかどうかはわからない。だが同時にそれは、いつまでこのままなのかもわからないってことだ」
おそらくはオレスティアの感情に呼応した魔力が、なんらかの作用を引き起こした。
わかっているのはそんな、アバウトな状況だけである。いつなにがどうなるのか、先のことはまったく予測できない。
「侯爵夫妻の様子を見ていたら、たとえばオレスティアがものすごく嫌がって激しく抵抗したとしても、破談になることはまず考えられない」
オレスティアとルシア、それぞれに視線を移しながら語ると、二人は無言で頷いた。
「どっちにしろ行かなきゃならないなら、遅かろうが早かろうが結果は一緒だ。仮に辺境伯が酷い男だったとして、おれならたぶん対処できる」
もし仮に力で押さえつけられそうになったとしても、オレスティアの体のままで腕力は伴わずとも、撃退する技量くらいならオレステスにはある。
まして腕力に訴えるのではなく精神的にいびられるのだとしたら、それこそメンタルの強いオレステスの出番だろう。
辺境伯を言葉や腕力でねじ伏せるのだとしても、逆に見限って捨てるのだとしても、オレスティアには難しくともオレステスならできる。
「安心しな。おれがちゃんと、連れて逃げてやる」
オレスティアを正面から見つめて、片頬を歪めて笑って見せた。
「ま、おれがオレスティアの体のままだったら、ただ逃げ出すだけになるがな」
「オレステスさん――」
「あ、勘違いすんなよ。もしその時っもとに戻ってたとしたら、文字通り連れて逃げてやるからな」
決して我が身可愛さが先行しているわけではないと付け加えておく。
「もちろん、これは言った通りおれの一意見だ。それは嫌だ、けど今の段階でどうしたらいいのかわからないってんなら、お前が納得いくまで解決方法を一緒に探るつもりだ」
だから遠慮はいらない。
言った後に、にやりと笑った。オレスティアなら絶対にしない表情だろう。
「強い自分の定義がガバガバ判定だったり、解決方法としてはかなり斜め上なことは事実だけどよ。結果論としてはこの入れ替わりってヤツ、かなりよかった気がするな?」
「――ありがとうございます、オレステスさん」
「いいってことよ。気にすんな」
感謝の言葉と共に深々と下げられたオレスティアの頭に、ぽんと手を置く。
自分の頭を撫でてやる、というなかなかできない体験に、ふとおかしいような気分になって笑ってしまった。
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