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第五十三話 当然の願いを抱いただけで
しおりを挟む「で? この事態がお前のせいかもしれないってのはどういうことだ?」
放っておくと感激のあまりルシアに抱きつきかねないオレスティアに、問いかける。
そこでハッと我に返ったオレスティアが、しゅんと俯いた。その様子に、ルシアがギロリとオレステスを睨む。
気持ちはわからなくはない。せっかく場が和み、笑みを刻んだオレスティアがまた沈んでしまった。ルシアが「お前のせいだ」とオレステスに思うのも無理はない。
だが情報を引き出し、状況を把握するためには大切なことだ。オレスティアの心情に配慮するあまりに話が進まないのであれば、本末転倒である。
「――私、きっとこの環境から逃げたいと思っていたんです」
まるで囁くような告白には、まぁそれはそうだろうな、とは思う。片鱗を見ただけのオレステスが、ムナクソ悪いと幾度吐き捨てたことか。
「当然だな。継母からいびられ、暴力まで振るわれ、実の父親はそれを見て見ぬふりで関心も示さない」
鼻に寄る皺を自覚しながら、オレステスは続ける。
「主である侯爵夫妻がそんな態度だから、使用人にも舐められる。味方は誰一人としていない。その状況じゃ逃げたく思うのは道理だ」
「味方はいない? でもさっきの弟さん見てる限りじゃ……」
「ああ。あれはまだ見込みがあったんでな。おれが今調教中だ」
訝し気に声を潜めるルシアに、ニヤリと笑って見せる。
言い方が悪い。そんなツッコミを期待してあえて品のない言葉を選んだというのに、オレスティアが上げたのは「ああ」という納得の声だった。
「それで以前は私に寄りつきもしなかった彼が、ああやってあなたになついていたんですね」
いやなつくって動物じゃあるまいし。
先程わざと「調教」などと言う言葉を使ったことを棚に上げて苦笑する。
茶化すのをやめたのは、膝の上で握りしめているオレスティアの手に力が入ったのがわかったからだ。
表情からも、思いつめた様子が見て取れる。
「――改めて、自分の不甲斐なさを痛感しています。私の言動ひとつで環境は変わっていたかもしれない――その可能性を、オレステスさんが如実に物語っていて」
「いやいやいや」
また自分を卑下する思考を口にし始めたオレスティアを、慌てて遮る。
同時に理解した。出会ったとき、オレスティアが複雑そうな顔でアレクサンドルを見つめていた理由を。
別人の姿になってしまい、姉と名乗れないことがもどかしかったのではない。アレクサンドルが見せる「オレスティア」への態度が、彼女本人のときとはまるで違ったからだ。
「どう考えたって、普通のご令嬢には無理だろ」
アレクサンドルは確かに、悪いヤツではなかった。オレステスが関わることで、かなり変わったのも事実だろう。
だがきっかけとなったのは、オレステスが端々に見せる覇気に恐れたからだ。ましてそこに関心を覚えたのも、以前のオレスティアとのギャップがあったからに違いない。
オレスティアとオレステス、どちらが欠けても無理だったのではないか。
「まぁ、無理でしょうね」
「それでも!」
オレステスに同意を示したルシアを遮る、オレスティアの声は悲痛だった。
「私は、自分でなにかをしようとは考えませんでした。私はただ、他力本願を祈っただけなんです」
「他力本願?」
問いかけに、オレスティアが頷く。わずかに顔を上げて、躊躇いがちに口を開いた。
「誰か、私を助けて」
当然の願いだった。卑屈にならなければならないような自分勝手さは見受けられない。
そう口に出そうとしたのがわかったのか。オレスティアはオレステスの目を、ひた、と見つめた。
「もしくは――強い自分に変わりたい、と」
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