鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

文字の大きさ
上 下
45 / 66

第四十五話 もしかしてと胸騒ぎの正体は

しおりを挟む


 あの日の謝罪の後、アレクサンドルからやけに懐かれるようになった。
 おそらく彼にとっては、勇気を振り絞っての謝罪だったのだろう。それを受け入れたことで安堵したのかもしれない。
 贖罪のつもりもあったのか、初めは渋々認めていただけの鍛練に、今では嬉々として付き合ってくれる。
 単純な筋力トレーニングだけならいざ知らず、体術に関してはやはり相手がいる方がやりやすい。

 もっとも、「けれど姉さん、どこでこんなこと覚えたんです?」と訝しがられたときはどうしようかと思った。
 魔術などの知識は、書物に残されていることが多い。だがオレステスが知る限り、トレーニングの方法を文章として読んだことはなかった。
 文字で伝えるより、実際に体を動かして教える方が早い。わざわざ書物に残そうとする者がいなかったのだろう。

「えぇっと、覚えたという訳ではないのです。知っていたのとも違って――なんというか、考えたんです」
「ご自分で?」
「そう。理屈を知れば、さほど難しくはないのですよ」

 本当は逆だ。オレステスが幼少の頃に教わり、自分なりに理屈をつけて考えた。そうでなければこうまで効率よく鍛えることはできなかっただろう。
 ごまかすためにあえて満面の笑みで言ってのけると、それを信じ込んだらしいアレクサンドルに尊敬され、より懐かれる結果となった。

 それにしても、と木刀を持って横に並ぶアレクサンドルをちらりと見やる。
 鍛錬につきあっているアレクサンドルの方が、必死で鍛えているはずのオレステスよりもしっかりと体作りができていた。
 正直、ものすごく悔しい。けれど男女の違い、元の筋肉量の差を思えば仕方のないこととわかる。
 それでもやはり、とてもとても悔しいが。

 落としかけたため息を飲みこみ――ふと、表の騒がしさに気づいた。
 男同士が言い争うような声。

 ――いや、争っているというよりは一方的に怒鳴っている感じだろうか。
 対してもう片方は、たしかに大きな声ではあるが懇願の色が濃い。
 遠くで喧騒として聞こえているだけで、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。

 ――けれど。

 声に、覚えがあった。忘れたくとも忘れられるはずのない、声。

 ――もしかして。

「騒がしいな。なにがあってるんだ」

 息苦しささえ覚え、胸を押さえるオレステスとは対照的に、アレクサンドルはさらりと言い放つ。
 ほんのわずか歪んだ眉と眉間のしわに不快が見えるだけで、さして気にしていないのは容易に見て取れた。

「――大丈夫ですか、姉さん」

 ドキドキと脈打つ心臓を押さえるオレステスに気づいたのか。男達の怒鳴り声に怖がっているとでも思ったのだろうアレクサンドルが、ふと心配そうな顔になる。
 オレステスと出会う前のアレクサンドルならきっと、スルーしたことだろう。むしろ騒ぎからひとりで離れたに違いない。

 だが性質が変わりつつある彼は、「怯えているらしいオレスティアのため」に動く気になったのだろう。オレステスの両肩に、ぽんと軽く手を置いた。

「僕が様子を見てきます。だから姉さんは中で――」
「いえ、行きます!」

 待っていてください。アレクサンドルが言い終わるのを待たず、彼を押しのける勢いで走り出した。

「えっ、ちょっと姉さん――!?」

 慌てて追いかけてくるアレクサンドルを、振り返ることもない。まっすぐに向かう先を見つめていた。

 姿が、見えた。
 鉄格子の外、門前を守る衛士と大声でやりあっている男の姿が。

 もしかして――いや、見間違うはずもない。
 オレステスは、腹の底からの叫び声を上げた。

「おれーーーーーーっっ!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕
ファンタジー
 ある日、人里離れた森の奥で義理の母親と共に暮らす少年ヨシュアは夢の中で神さまの声を聞いた。  その内容とは、勇者として目覚めて魔王を退治しに行って欲しいと言うものであった。  ……が、魔王も勇者も御伽噺の存在となっている世界。更には森の中と言う限られた環境で育っていたヨシュアにはまったくそのことは理解出来なかった。  けれど勇者として目覚めたヨシュアをモンスターは……いや、魔王軍は放っておくわけが無く、彼の家へと魔王軍の幹部が送られた。  その結果、彼は最愛の母親を目の前で失った。  そしてヨシュアは、魔王軍と戦う決意をして生まれ育った森を出ていった。  ……これは勇者であるヨシュアが魔王を倒す物語である。  …………わけは無く、母親が実は魔王様で更には息子であるヨシュアに駄々甘のために、彼の活躍を監視し続ける物語である。  ※基本的に2000文字前後の短い物語を数話ほど予定しております。  ※視点もちょくちょく変わります。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼
ファンタジー
刀鍛冶を目指してた俺が、刀鍛冶になるって日に事故って死亡…仕方なく冥府に赴くと閻魔様と龍神様が出迎えて・・・。 えっ?! 俺間違って死んだの! なんだよそれ・・・。  仕方なく勧められるままに転生した先は魔法使いの人間とその他の種族達が生活している世界で、刀鍛冶をしたい俺はいったいどうすりゃいいのよ?  人間は皆魔法使いで武器を必要としない、そんな世界で鍛冶仕事をしながら獣人やら竜人やらエルフやら色んな人種と交流し、冒険し、戦闘しそんな気ままな話しです。 作者の手癖が悪いのか、誤字脱字が多く申し訳なく思っております。 誤字脱字報告に感謝しつつ、真摯に対応させていただいています。 読者の方からの感想は全て感謝しつつ見させていただき、修正も行っていますが申し訳ありません、一つ一つの感想に返信出来ません。 どうかご了承下さい。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!

藤なごみ
ファンタジー
簡易説明 転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です 詳細説明 生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。 そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。 そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。 しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。 赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。 色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。 家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。 ※小説家になろう様でも投稿しております

家族もチート!?な貴族に転生しました。

夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった… そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。 詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。 ※※※※※※※※※ チート過ぎる転生貴族の改訂版です。 内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております ※※※※※※※※※

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

処理中です...