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第三十八話 ルシアとオレステス(オレスティア視点)
しおりを挟むオレスティアとルシアの道行は、おおむね平穏だった。
ルシアいわく、身体も大きくいかにも強そうな、その上強面のオレステスと一緒なのがやはり大きいらしい。彼女が一人旅をしているときには、よく変な輩に絡まれていたそうだ。
「それは――大変だったのでは?」
ルシアは小柄で可愛らしく、男性からもモテそうだと同性のオレスティアが見ても思う。
ただでさえ女性の一人旅というのは危険だと聞くけれど、こんな女性であればより危ないのではないか。
「んー、大変というよりは面倒、かな? 普通の荒くれ者くらいなら、軽く撃退できるし」
当のルシアはあっけらかんと言ってのける。
今日泊まる宿屋の一階は、食堂になっていた。よくある形である。
食事の内容は、ルシアに言われるがまま「オレステス」が好んで食べていたものだ。これもルシアの受け売りなのだが、オレスティアがしていたような食事ではオレステスの体はもたない、もっとしっかり食べなさい、とのことだった。
初めはこんな大量の、ましてや肉中心の食事など無理だと思った。けれど実際に口に運んでみるととてもおいしく、意外なほどぺろりと平らげることができた。
冒険者という職業柄体力が必要なのか、ルシアもその身体の割りにはよく食べる。今も大きめなひと口大に切ったステーキをもぐもぐしている。
「でもオレステスと一緒に居て楽なのは事実だけどね」
ごくんと飲み下して、ルシアが続ける。
「彼がいるだけで、自覚なくボディーガードの役割をしてくれるし。ついでに戦闘時も、前に立って戦ってくれるのはもちろん、ちゃんと後方で支援しているあたしの安全も気にかけてくれてたし」
さらりと言っているが、それは技術的に難しいことではないのか。オレステスは体格の良さだけではなく、体術もかなりのものなのだろう。
「今まで組んできた誰よりもやりやすかったのよね。ずっとひとりでやってきたけど、オレステスなら今後パーティーとして組んでいってもいいかな、と思うくらいには気に入ってるわ」
ルシアの物言いに、ふと疑問が湧く。
「お二人は長いパートナーではないのですか?」
「今回の仕事のために組んだ、初タッグよ。だから知り合って、まだ二カ月も経ってないし、実は彼自身のこともよく知らないのよね」
返事は、オレスティアにとっては驚くべきものだった。
初めは、同じ部屋で寝泊まりしているらしき二人を恋人同士だと思った。違うと聞いたときには、そんな信用ができるほどにつきあいが長いパートナーだろうと思ったのに。
「――そう、なんですね」
ルシアの口から語られるオレステスという人物像は、とても立派なものに感じられた。
嫌がる女に手を出すことはない、そう断言されるほどの高潔さ。自分の危険も省みず、モンスターに襲われかけたルシアの前に身を挺して庇うなど、最たるものだ。
名前、そして髪や瞳の色は同じだけれど、オレスティアとは大違いだと思い知らされる。
「どうかしたの?」
「いえ――それほどつきあいが深いわけでもない状態なのに、こうやって私に付き合わせてしまっているのが改めて申し訳なくて」
ルシアがオレステスに寄せる信頼度から、彼に対して思い入れがあるのだと思っていた。だからオレスティアにもつきあってくれるのだと。
けれどオレステスとは初タッグ、気に入っているとは言っているが、それも「組んでもいい」くらいの認識のようだ。
まして「オレスティア」とは初対面なのに、こうやって世話を焼いてくれる。放っておかれても文句は言えないのに。
なによりルシアは、出会ってからずっとオレスティアの様子を気にかけてくれる。「どうしたの」と問いかけられるのがデフォルトに感じられるくらいだった。
「――まぁ、あたしは『オレステス』に助けられたから」
少し考えたあと、軽い苦笑が続く。
「伝えられるものなら『本人』に直接お礼を言いたいしね。だったらあなたにつきあうのが一番でしょ?」
ルシア自身が口にした言葉通り、異常に義理堅い人間なのか、それともオレスティアに気負わせないためにあえてこう言ったのかはわからない。
ただ、どちらにせよルシアの心根の優しさは疑いようもなくて。
「――ありがとうございます」
家族にも、これほど親身になってもらったことはない。
意図せず深々と頭を下げたオレスティアに、「もーそんなに畏まらないでよ」とカラカラ笑い飛ばしてくれたルシアへの感謝は増すばかりだった。
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