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第三十一話 オレスティアの母
しおりを挟む食堂を出て、自室へ戻るまでは辛うじて「オレスティア」らしく優雅を意識していたが、部屋に足を踏み入れた途端に我慢ができなくなる。
「あぁあぁあムナクソ悪いっっ!」
吐き捨てるのと怒鳴るのの中間ほどの声だった。ベッドにぼふんと仰向けに身を投げ出す。
オレスティアはずっと、ああやって貶められてきたのか。
義母にいたっては暴力まで。
段々と卑屈になっていったであろうオレスティアの心を思えば、胸が痛む。
――いや、段々とではなく、物心ついた頃から、なのだろうか。
別にオレステスは正義の士ではない。
なんなら圧倒的な腕力にものを言わせて希望を通すこともある、荒くれ者の類いに入る。
それでも女子供に暴力を振るおうとは思わないし、たとえば女同士だとしても幼子に手を上げる者の気持ちなど到底理解できない。
最初はオレスティアのために、生きる力をつけてやろう、くらいのつもりだった。
もし元に戻れないとしたら、オレステス自身がこの身体で生きやすくなればいい、と。
その中で、オレスティアを見下していた連中を見返してやれればなおいい。
そんな気持ちだったのが、復讐してやらなければ腹の虫がおさまらなくなっていた。
けど、どうやって復讐してやろうか。
粗暴なオレステスが思いつく手段と言えば腕力に訴えることだけれど、さすがにそれはまずい。
そもそも「オレスティア」の腕力では、侯爵夫人はともかく、男である侯爵にはそれほど効かないだろう。
生まれてきたことを後悔させる、とまでは言わない。だが、オレスティアへの所業を泣いて悔い改めるくらいの反省は促したい。
ならば希望を打ち砕くのが一番だけれど、では、そのためになにをどうすればいいのか。
一番効果的なのは、オレスティアが魔術を使えるようになることだ。侯爵の望みは、その一点だったのだから。
だがそれはきっと望めない。望めないからこそ、オレスティアの現状があるのだ。
そこでふと、侯爵の口ぶりを思い出す。
「母子揃って私を目の敵にする」
侯爵はたしかにそう言った。
ならばオレスティアの母も、侯爵に好意的ではなかったということか。
オレステスは結婚をしたこともなければ、貴族同士の政略結婚のことも良くは知らない。嫌いな相手でも家を繋ぐために婚姻を結ぶこともあるだろうと、漠然と思っているだけだった。
だがそのような関係で娶った女なら、オレスティアの母も侯爵家と釣り合いが取れるほどの、それなりの家柄だった可能性が高い。ないがしろにされては、親族が黙っていないのではないか。
にもかかわらず、オレスティアは母方の親族との縁があまりにも薄い。もしもっと繋がりがあれば、オレスティアとてそちらを頼るなりなんなり、現状を打破できたのではないか。
そういえばアレクサンドルが言っていた気がする。オレスティアの母はかなり魔力の高い女性だった、そんな彼女との間ですら魔力を持つ子が成せなかったから諦めたのだ、と。
それほどの魔力だからこそ、家柄にこだわらずに婚姻が結ばれた。
そして、たとえば低い身分であるが故に、身売り同然で嫁がされたのだとしたら?
だとしたら母方との縁が薄いのも、オレスティアがそちらを頼ることができなかったことも頷ける。
――よりムナクソの悪い展開ではあるが。
ともかく、魔力や魔術の天性は血で受け継がれることが多いらしいと聞く。
そちら方面から調べてみるのも、手かもしれない。
どうせ魔術が使えないのならばと、オレステスは方向をシフトすることを決めた。
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