鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

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第三十話 この顔にはこの顔の

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 夕食時、「家族」の集まった食卓は、気まずい空気に包まれていた。
 侯爵夫人はあからさまに怒りを顔に表しているし、アレクサンドルも不満げな表情を隠しもしない。

 二人を置いて走り去ったのは、もちろん傷ついていることをアピールする演出のためでもあるが、面倒な母子喧嘩から逃れるためでもあった。火種を撒いたのがオレステス本人であることは、とりあえず一旦置いておく。
 場を離れるとき、後ろから二人がなにやら怒鳴っている声が聞こえていたから、期待通りにちゃんと修羅場を繰り広げてくれたはずだ。
 それでも、気まずいながらもこうやって共に食卓を囲むのを奇妙に思うのは、オレステスの歓声の方が歪んでいるのだろうか。

 それにしてもと、ちらりと侯爵へと目を向ける。

 ――義母も義母だが、父親も父親だな、と。

 あきらかに頬を赤くした娘を見ても、顔色ひとつ変えない。
 なんならむしろ、いつもよりも厳格そうな顔で黙って食事をとっている。
 あれだけ侯爵夫人と衝突していたアレクサンドルも、侯爵の顔色を窺っているのか口を閉ざしたままだ。
 強権的な父親だったのかもしれない。

 こんな環境で育てば、オレスティアだけじゃなく弟の方も歪むのはムリねぇかもな。

 ふと、アレクサンドルに同情も芽生える。
 だからこそ、元凶はお前じゃねぇかと、侯爵を見る目に非難が宿った。

 さすがに敵意のこもった目でじーっと見つめられて気づかないはずがない。一瞬顔を上げた侯爵と視線が絡む。

「みっともない顔だな」

 表情にも声にも、冷徹さが貼りつけられている。

「辺境伯に気に入ってもらうためだとか言っていたようだが、本末転倒ではないか」

 ああ、なるほどな。鍛練中に怪我をしていた、とかなんとか、侯爵夫人に吹きこまれたのか。
 保身に走る侯爵夫人にも、事実を確かもせずその言い分を鵜呑みにする侯爵にも、反吐が出そうになる。

 侯爵の物言いで事情を察せられないほど鈍くはないらしく、アレクサンドルの顔色がサッと変わった。

「父上――!」
「お恥ずかしい限りです」

 おそらくは「本当のこと」を話そうとしたのだろうアレクサンドルを遮り、にっこりと笑って見せる。

「やはり付け焼刃ではうまくいかないものですね。もっとしっかり鍛練しないと」

 にこやかに言って見せるオレステスを見返す侯爵の目に、嘲りと共に不快が見え隠れしている。

「文も武も才能がないというのに、無駄なことを」

 一層のこと、吐き捨てる語調だった方が幾分マシだったかもしれない。ただ淡々と事実を述べているのだと信じて疑わぬ口調が、より神経を逆撫でしてくる。

「――ご安心ください、お父様」

 オレステスの姿であれば、濁点のつきそうな「あ!?」という発音で凄んで見せただろう。
 それを堪えたのは、オレスティアの容貌ではさほど圧を与えられない。あれはオレステスの方な強面の、なにをやらかすかわからないと思われる輩の風貌だからこそ効果があるのだ。

 人には向き不向きがある。オレスティアの姿なら、この容貌だからこそかけられる脅しの方法があるはずだ。

「仮に無駄な努力だったとしても――もし辺境伯に気に入って頂けなくとも、ここに戻ってくることはありませんから。私が嫁ぐ日が、永劫の別れになるのです」

 口の端を少しだけ持ち上げて、微笑んで見せる。
 オレスティアの美しい顔だからこそ出せる凄味だった。

 侯爵が僅かに怯む。今まではこうやって強く批判すれば、オレスティアは悲しい顔をしたのだろう。反論してくる、まして冷静な口調で言い返してくるとは思っていなかったのかもしれない。

 短い睨み合いののち、チッ、と舌打ちをしながら視線を外したのは侯爵の方だった。

「私を目の敵にするのは親子そろってか。まったく可愛げのない」

 親子そろって――オレスティアの母親のことか?

 口調に、その女性を忌々しく思っていそうなことが如実に表れていた。

「せめて魔力を持っていればよかったものを。引き継いだのは私を拒絶する精神と、その気味の悪い瞳と髪だけとは」

 言われた瞬間、咄嗟に体が動いていた。
 手元にあった食事用にナイフを、侯爵めがけて投げつける。

「あら、ごめんあそばせ。手が滑ってしまって」

 本当は顔面にぶち当てるつもりが、頬を掠るだけになってしまった。

 心の声を洩らさぬよう、口元をナフキンで軽く押さえながら拭う。そして、にこっと侯爵に、続けて侯爵夫人に笑みを向けた。

「こんな、ナイフもまともに持てないほど握力がないなんて、恥ずかしいですわ。やはりもっと、鍛練を頑張らないと」

 では、失礼。

 見齧っただけで練習したわけでもないから、うまくできるはずがない。それでもあえて慇懃無礼さを見せつけたくて、おそらくは様にもなっていないだろうカーテシーを残して立ち去った。
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