鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

文字の大きさ
上 下
27 / 66

第二十七話 周囲に流される人間に信は置けない

しおりを挟む

 やっぱり、ちゃんと食事をとるだけでもだいぶ違うな。
 みるみる顔色がよくなってきた「オレスティア」の顔を見て思う。

 食事の改善を要望してから、まだほんの数日。さすがに脂肪や筋肉などがつき始めるまでには至っていないが、頬に赤みがさしてきているのを見れば、経過は良好なはずだ。
 ほぼ二人前のメインを食べただけで胸やけを起こしてしまったときはどうしようかとも思ったが、意外にも早く、オレスティアの体は馴染んでくれた。

 というよりは、極端に量を抑えられていたせいで栄養不足に陥っていたのだろう。常に緩い飢餓状態であった体に、生存本能が蘇ってきたのかもしれない。
 二日も経った頃には胃もたれを起こすことはなくなり、文字通りペロリと平らげられるようになった。
 もっとも、それでも「オレステス」本人にしては少ない量ではあったが、オレスティアの体を考えればこれくらいが限度だろう。

 午前中は朝食のあとに軽く筋力トレーニング、昼食後により本格的に筋肉を鍛え、木刀や素手での型といった鍛練に励む。
 そのあと沐浴で体を綺麗にしてもらって調べものをする、という日課に落ち着いた。

 それにしても、貴族の邸ってのは凄いんだな。こんな立派な、書庫? 書斎? があるなんて。

 四方の壁は上から下まで棚になっていて、びっしりと本が詰まっている。
 もちろんそれだけではなく、部屋の中央には机があって、それ以外には書棚が幾重にも並んでいた。

 まるで図書館だな。
 ぐるりと周囲を見渡す。
 オレステスの育った街にあった図書館よりも立派で、さらには蔵書の量も多そうなこれが個人の所有なのだから凄い。

 無造作に棚から本をとりだして、ペラペラとめくった。こんなときは、平民とはいえ一応の読み書きはできるように学んでいてよかったと思う。

 ただしそれは、「読める」「書ける」だけであって、内容をすべて理解できることと等しくはない。
 バカではないと自負しているが、頭脳明晰とも言いがたいのは事実だった。
 まして、まるで素養がないとわかっていたから、魔法に関しては門外漢もいいところである。

 現に今、適当に手に取った本の文字列を目で追いながら、脳は理解することを放棄してしまっていた。

 そもそも、この膨大な数の本の中から、目当ての物を探し出せるのか?
 まして、なにを探せばいいのかも、実はよくわかっていない。

 本のタイトルに「入れ替わった魂を元に戻す方法」なんていう、ズバリのことを書いているものがあればありがたいのに。

 無論、そんな都合のいい展開はあり得ない。地道に探すしかねぇなと、近くの棚からランダムに数冊の本をとり出しては抱え込んでいった。
 それらしいものはないかと見出しをめくりながら、流し読む。

 これも違う。たぶんこれじゃない。これはよくわからない。これに至っては全然理解できない――ただただ紙をめくり、手に取る数、そして乱雑に積み上げられていく本が増えていく。
 無駄な作業のような気がしないでもないが、少しでも手がかりを掴むためにはやめられない。

 ――一層のこと、アレクサンドルを頼ってみるか……?

 ふと、思いつく。
 オレステスが目覚めてすぐのときには、冷淡な印象だった。
 だがここ数日を過ごしてみて、悪いヤツではない、むしろ単純で面倒見のいい一面が見受けられる。
 もっとも、単純だからこそ両親の態度につられ、さらには姉が大人しいことにつけこんで冷たく当たっていたことは擁護に値しない。
 今だとて、オレステスの強気に引っ張られているに過ぎなかった。もしオレスティアと入れ替わり、元に戻ったとしたら、また大人しい彼女を侮り始める可能性は高かった。

 周囲に流される人間に、信は置けない。自己のない人間は、ある意味芯のある悪党よりも性質が悪く、危険でもあった。
 それだけに、うまく使えれば便利ではあるのだが。

「――あぁあ、でもなぁ……」

 おれはお前の姉さんじゃありません、中身はむさい男だから元に戻れるように協力してくれ、なんて言って、素直に力を貸してくれるとは思えない。
 正直に状態を話しても信じてもらえるはずもなく、ただ気が変になったと思われるだけだ。記憶喪失以上に、現実的にはあり得ないのだから。
 あぁあぁあ、と頭を抱えて机に突っ伏したとき、オレステスの耳は、キィという音を捉えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕
ファンタジー
 ある日、人里離れた森の奥で義理の母親と共に暮らす少年ヨシュアは夢の中で神さまの声を聞いた。  その内容とは、勇者として目覚めて魔王を退治しに行って欲しいと言うものであった。  ……が、魔王も勇者も御伽噺の存在となっている世界。更には森の中と言う限られた環境で育っていたヨシュアにはまったくそのことは理解出来なかった。  けれど勇者として目覚めたヨシュアをモンスターは……いや、魔王軍は放っておくわけが無く、彼の家へと魔王軍の幹部が送られた。  その結果、彼は最愛の母親を目の前で失った。  そしてヨシュアは、魔王軍と戦う決意をして生まれ育った森を出ていった。  ……これは勇者であるヨシュアが魔王を倒す物語である。  …………わけは無く、母親が実は魔王様で更には息子であるヨシュアに駄々甘のために、彼の活躍を監視し続ける物語である。  ※基本的に2000文字前後の短い物語を数話ほど予定しております。  ※視点もちょくちょく変わります。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼
ファンタジー
刀鍛冶を目指してた俺が、刀鍛冶になるって日に事故って死亡…仕方なく冥府に赴くと閻魔様と龍神様が出迎えて・・・。 えっ?! 俺間違って死んだの! なんだよそれ・・・。  仕方なく勧められるままに転生した先は魔法使いの人間とその他の種族達が生活している世界で、刀鍛冶をしたい俺はいったいどうすりゃいいのよ?  人間は皆魔法使いで武器を必要としない、そんな世界で鍛冶仕事をしながら獣人やら竜人やらエルフやら色んな人種と交流し、冒険し、戦闘しそんな気ままな話しです。 作者の手癖が悪いのか、誤字脱字が多く申し訳なく思っております。 誤字脱字報告に感謝しつつ、真摯に対応させていただいています。 読者の方からの感想は全て感謝しつつ見させていただき、修正も行っていますが申し訳ありません、一つ一つの感想に返信出来ません。 どうかご了承下さい。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!

藤なごみ
ファンタジー
簡易説明 転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です 詳細説明 生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。 そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。 そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。 しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。 赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。 色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。 家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。 ※小説家になろう様でも投稿しております

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

処理中です...