鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

文字の大きさ
上 下
21 / 66

第二十一話 謝らないで(オレスティア視点)

しおりを挟む

 鏡に映るのは、どこからどう見ても男性だった。
 自分が直接目にした太い腕、逞しい手の主としてふさわしい、まさに筋骨隆々といった姿。
 オレスティアの周囲にいる男性――父や弟、執事など、身長はともかく細身だから、ここまで屈強な体躯の者はいない。
 それどころか、街へ出る時などにつけられる護衛の中にだっていないだろう。

 顔立ちも、全体的に小作りなオレスティアとは大違いだった。目と口は大きく、鼻は高い。眉も眦もキリッとつり上がっていて、強面の部類に入る。
 オレスティアとは似ても似つかぬ姿――そう思いかけて、気づく。瞳と髪の色は一緒だ、と。

 そういえば、名もオレステスと言っていたか。女性がそう呼んでいた。
 ならば、名前も同じだ。
 もっとも、珍しくもないから特に感慨などはないけれど。

「今更なに言ってるの? あなたがムダに大きいのなんて、今に始まったことじゃないし」

 急に立ち上がったオレスティアについてくる形で、女性も立っていた。思っていたとおりにかなり小柄で、オレスティアの――「オレステス」の胸くらいまでしかない。

「これくらい大きくなったのは、初めてなので……」
「――は?」
「今まで男性だったこともなくて。急にこのようなことになってしまって……」
「あー待って待って」

 なにが起こったのか、これからどうなるのかなど、考えれば考えるほどに不安になる。
 思わず浮かんできた涙を隠そうと両手で顔を覆ったところで、頭を抱えた女性に遮られた。

「さっきから本当にどうしちゃったのよ、オレステス! やっぱり打ち所が悪かった?」
「――悪かった、のかもしれません」

 頭を打ったせいで人格が入れ替わったなという事例があるのかはわからない。
 わかるのはただ、オレスティアはオレステスではないということだけだった。

「わからないんです、私。どうしてこのようなことになっているのか……ここがどこなのか、このオレステスさんというのが何者なのか、ご親切にしてくださってるあなたのことも、なにも」

 話しているうちにまた、不安が湧き上がってくる。後半にはもう涙声になってしまっているのが、自分でもわかった。
 ――自分とは違う低い男の声が、自分の声帯を通って口から吐き出される違和感と同時に。
 思うほどに、再度泣きたくなってくる。

「頭を打ったせいで記憶喪失……なのかしら」
「――わかりません」

 記憶を失ったというのとは、厳密に言えば違うと思う。「オレステス」としての記憶はないけれど、代わりに「オレスティア」という自我がある。

「まぁいいわ」

 俯き、今にも泣き出しそうなオレスティアの様子に気づいたのか、女性は軽く肩を竦めた。

「とりあえず、あたしの知ってることを話すわ。聞いているうちになにか、思い出すきっかけになるかもしれないし」
「――申し訳ございません。ご迷惑をおかけして……」
「その顔で殊勝に謝られると気持ち悪いから、謝るのは禁止ね」

 ちょん、と指先で唇に触れられて、ドキッとする。触れることになんの抵抗もない所を見ると、二人は親密なのだろうか。
 考えてみたら、ベッドが二つ並んでいる。すなわち、同じ部屋で寝泊まりしているということだ。
 ならば、恋人なのかもしれない。

「とりあえず、長くなりそうだから座りましょ。――なにか飲む?」
「では、できれば紅茶を」

 優し気な声に促されて、するりと要望が出る。途端、女性は呆気にとられた表情でオレスティアを見上げた。
 どうしたのだろう、と思ったのは一瞬。すぐに我に返って、蒼ざめた。

「も、申し訳ございません。ご迷惑をかけている分際で紅茶を所望するなど、あるまじき行為でございました。お水をいただけたら――」
「待って待って。紅茶くらい淹れてあげるわよ。そんな卑屈に謝らないで」

 平伏す勢いで謝罪するオレスティアに、女性はひらひらと片手を振った。
 彼女の表情からは、呆れが見て取れた。図々しく頼んだオレスティアに憤ったと思ったけれど、違うのだろうか。

「あたしはてっきり、じゃあ酒を、って言われると思ってただけよ。あなたが紅茶なんて飲んでるとこ、見たことなかったから」

 苦笑しながら、「ホント、まるで別人みたいになっちゃって」と続ける女性の声を聞く。

「――あの、聞いていただけますか。信じてもらえないかもしれませんが……」

 女性は話をしてくれると言ったけれど、もしかしたらオレスティアが先に話した方が早いかもしれない。
 思い立ったオレスティアは、女性が用意してくれた紅茶を一口飲んだあと、ぽつりぽつりと語り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕
ファンタジー
 ある日、人里離れた森の奥で義理の母親と共に暮らす少年ヨシュアは夢の中で神さまの声を聞いた。  その内容とは、勇者として目覚めて魔王を退治しに行って欲しいと言うものであった。  ……が、魔王も勇者も御伽噺の存在となっている世界。更には森の中と言う限られた環境で育っていたヨシュアにはまったくそのことは理解出来なかった。  けれど勇者として目覚めたヨシュアをモンスターは……いや、魔王軍は放っておくわけが無く、彼の家へと魔王軍の幹部が送られた。  その結果、彼は最愛の母親を目の前で失った。  そしてヨシュアは、魔王軍と戦う決意をして生まれ育った森を出ていった。  ……これは勇者であるヨシュアが魔王を倒す物語である。  …………わけは無く、母親が実は魔王様で更には息子であるヨシュアに駄々甘のために、彼の活躍を監視し続ける物語である。  ※基本的に2000文字前後の短い物語を数話ほど予定しております。  ※視点もちょくちょく変わります。

鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼
ファンタジー
刀鍛冶を目指してた俺が、刀鍛冶になるって日に事故って死亡…仕方なく冥府に赴くと閻魔様と龍神様が出迎えて・・・。 えっ?! 俺間違って死んだの! なんだよそれ・・・。  仕方なく勧められるままに転生した先は魔法使いの人間とその他の種族達が生活している世界で、刀鍛冶をしたい俺はいったいどうすりゃいいのよ?  人間は皆魔法使いで武器を必要としない、そんな世界で鍛冶仕事をしながら獣人やら竜人やらエルフやら色んな人種と交流し、冒険し、戦闘しそんな気ままな話しです。 作者の手癖が悪いのか、誤字脱字が多く申し訳なく思っております。 誤字脱字報告に感謝しつつ、真摯に対応させていただいています。 読者の方からの感想は全て感謝しつつ見させていただき、修正も行っていますが申し訳ありません、一つ一つの感想に返信出来ません。 どうかご了承下さい。

美少女に転生しました!

メミパ
ファンタジー
神様のミスで異世界に転生することに! お詫びチートや前世の記憶、周囲の力で異世界でも何とか生きていけてます! 旧題 幼女に転生しました

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!

藤なごみ
ファンタジー
簡易説明 転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です 詳細説明 生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。 そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。 そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。 しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。 赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。 色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。 家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。 ※小説家になろう様でも投稿しております

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...