鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

文字の大きさ
上 下
23 / 66

第二十三話 「強くならないと」

しおりを挟む

「ウソ……だろ……?」

 みっともなく地面に四つん這いになった状態で、オレステスは思わず呟いた。
 スピリティス家には、鍛練場などという気の利いたものはなかった。けれど、武人の家系ではないと言いつつ、貴族の男としてのたしなみ程度には剣術をかじっているらしく、庭には多少の鍛練を行えるような開けた場所がある。
 聞けば、幼い頃にアレクサンドルもそこで剣術を学んだらしい。今でもたまに練習はしているというから、人は見かけによらないものだ。

 とにかくその場所で、レイピアを構え、突きや受けなど、軽く型らしきものをやってみた。
 本当に軽く、だ。
 なのに、それだけでレイピアを持ち上げることすらできないほどに腕は痺れ、型としての足捌きをやっていたせいなのか脚にも力が入らなくなってしまった。

 女ってのはこんなに体力がないのか?
 それとも、この女が特別に貧弱なのか。

 たしかにスープやサラダだけでは体力も腕力もつかないだろうことは想定済みだったが、予想を大きく外れて貧弱に過ぎた。

「急になにを始めるかと思えば――あなたには無理に決まっているでしょう」

 呆れというよりは、小ばかにすると言った方が正しいかもしれない。口元にうすら笑いを浮かべて両手を広げる仕草にイラッとする。
 イラ立ちはするが、実際にまったく鍛錬にならなかったことを考慮すれば、言い返すことはできない。
 できたとしても、せいぜい「うるせぇ」と吐き捨てるぐらいだが、みっともなさしかないので我慢する。

「でも――強くならないと」

 きゅっと唇を噛みしめる。でないと、「オレスティア」を虐げてきた連中を見返すことができない。
 ――いや、他にも方法はあるのかもしれない。アレクサンドルから聞いた話から考えれば、魔法を使えるようになるのが一番だろう。
 だが魔法は、特性が必要だ。この環境ならば、おそらくオレスティア本人も努力したことだろう。それでできなかったことが、できるようになるとも思えない。

 オレステス自身くらいまで、というのはきっと無理だ。しかし程度の差はあれ、筋肉や体術ならば鍛えれば確実に身につく。
 中にはまったく素養のない者もいるが、動いてみた限り、オレスティアはおそらく平均値くらいだと思われる。

 ――ただ、致命的に筋力と体力が欠如しているだけで。

 だがそれは、トレーニングをしていけば補える。道のりは甚だ遠いけれど。

「…………レイピアが厳しいようなら、まずは木刀から始めては?」

 四つん這いになったまま、悔しさに任せて地面の芝生を握りしめる。そんなオレステスに覚悟めいたものでも感じたのか、アレクサンドルがぼそりと呟く。

「――え?」
「木刀の方が、細くはあっても金属であるレイピアよりは軽いです。そちらで慣れてから真剣を使ってもいいのでは。現に僕も、子供の頃はそうやって鍛えてましたし」

 盲点だった。
 いや、考えればすぐにわかることだったが、筋力面で苦労したことがないオレステスはつい、即実戦で使える得物を、と考えてしまった。

 あなたってホント、脳みそまで筋肉みたいよね。
 最後に組んだ女魔導士に呆れられ、笑われたことを思い出す。

「で、どうします? そうするなら、木刀、持ってきますけど」
「そうします! ありがとう!」
「別に。お礼を言われるほどのことじゃありませんし」

 不貞腐れたような表情で言いながら、すっとオレステスの前に手を差し出してくる。
 汗に濡れ、土で汚れたオレステスの手を取ることに抵抗がないのか。軟弱な貴族の坊ちゃんなら嫌がりそうなものなのに。

「――なんですか?」

 呆然と見上げるオレステスに、アレクサンドルの顔つきはあくまで不服そうだった。
 それでも、早く掴まれとばかりに手をさらに突き出してくるのがおかしくて、ふと笑みが洩れる。

「いえ……意外といい人だなと思って」
「は?」

 差し出された手を掴み、立ち上がりながら言うと、アレクサンドルの顔が真っ赤になる。

「ほ、褒めるつもりなら、意外と、なんてつけるのは失礼だと思いますけど!?」
「たしかに。――ごめんなさい。そして改めて、ありがとう」
「――っ」

 純粋な弟は、「オレスティア」の笑顔にさらに赤くなる。

「と、とりあえず木刀持ってきますから! 戻って来るまで、姉さんは座って休んでてくださいっ!」

 気遣う言葉を怒鳴り散らしながら去っていくのがおかしくて、つい、また笑ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼
ファンタジー
刀鍛冶を目指してた俺が、刀鍛冶になるって日に事故って死亡…仕方なく冥府に赴くと閻魔様と龍神様が出迎えて・・・。 えっ?! 俺間違って死んだの! なんだよそれ・・・。  仕方なく勧められるままに転生した先は魔法使いの人間とその他の種族達が生活している世界で、刀鍛冶をしたい俺はいったいどうすりゃいいのよ?  人間は皆魔法使いで武器を必要としない、そんな世界で鍛冶仕事をしながら獣人やら竜人やらエルフやら色んな人種と交流し、冒険し、戦闘しそんな気ままな話しです。 作者の手癖が悪いのか、誤字脱字が多く申し訳なく思っております。 誤字脱字報告に感謝しつつ、真摯に対応させていただいています。 読者の方からの感想は全て感謝しつつ見させていただき、修正も行っていますが申し訳ありません、一つ一つの感想に返信出来ません。 どうかご了承下さい。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

美少女に転生しました!

メミパ
ファンタジー
神様のミスで異世界に転生することに! お詫びチートや前世の記憶、周囲の力で異世界でも何とか生きていけてます! 旧題 幼女に転生しました

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!

藤なごみ
ファンタジー
簡易説明 転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です 詳細説明 生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。 そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。 そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。 しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。 赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。 色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。 家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。 ※小説家になろう様でも投稿しております

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

処理中です...