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第十五話 その物件は優良か不良か
しおりを挟む「辺境伯です」
そう告げるアレクサンドルの口調は、何故か気まずそうなものだった。
辺境伯ならば、侯爵家との釣り合いは取れる。格下への降嫁などという不遇感も、王家や隣国への身売りのような悲壮感もない。言うなれば、妥当だ。
年上と言うが、相手が三十一、オレスティアが十九ならば十二歳差。アレクサンドルも言っていたが、親子ほどの開きがあるわけでもない。
容姿に関しても、太ってもいなければハゲてもいないのは先程の話で確定ずみだ。
デメリットと言えば生まれ育った土地を離れること、辺境には魔物が出る確率が首都付近よりは高いこと、くらいではないのか。
それも、領主の妻として城だか邸だかに留まるのであれば、危険度はそう高くないはずだ。
むしろ、優良物件じゃないのか?
「あまり自らの領地を離れる方ではないので、僕が姿を見たことは一度しかありません」
なにか問題でもあるのかという無言の問いに気づいたか、アレクサンドルが続ける。
「それも戦勝の報告に来られたのを遠目に見ただけですが――女性受けのする容姿とは言えない方でした」
「えっ!」
婉曲な物言いながら、まぁまぁに失礼なことを言う。オレステスは驚きのあまり、声を上げてしまった。
「ハゲても太ってもないのに……?」
「どれだけハゲたデブが嫌いなんですか」
しつこくその条件にこだわりすぎたせいか、とうとうアレクサンドルまで口が悪くなる。
「えっ、ハゲは百歩譲るとしても、デブはダメだろう」
髪は本人の努力でどうすることもできないにせよ、体系の維持は意思次第で何とでもなる。病気など外的な要因がある場合以外は甘えにすぎないと、肉体鍛練を怠ることのないオレステスは考えてしまう。
また髪に関しても、薄くなるのは仕方がないとして、それを感じさせない髪型にするとか一層のこと剃ってしまうとか、できるはずの工夫をしないのが嫌いなのだ。
「まぁ周辺諸国からの防衛や魔物討伐で、戦陣切って戦っているはずの方なので、醜く太ることはないんじゃありませんか?」
「――ほう」
実力で勝ち取った一代目とは違い、代々続く辺境伯となると、自分は領地に引っこんだまま兵を戦わせるものも少なくない。
戦に赴くのはもちろん、自ら先頭で戦うなど、トップに立つ者としては素晴らしい資質だ。
「ただ、なんというか……噂によると全身が傷跡だらけなのだと。実際、頬に大きな刀傷があるのは見えました」
「ふーん」
戦闘でいつも戦っていれば、生傷が絶えないのは容易に想像できる。その状況で無傷でいられるとしたら無論凄いことではあるが、それこそ絵空事に思えた。
「ふーんって……クマのような大男であることに怖がっていたのは、姉さんの方なのに」
淡白な反応が気に入らなかったのか、むっとした表情でアレクサンドルが言う。
そう言われても、クマのようなとはいかないまでもオレステス自身が「屈強な大男」なのだから仕方がない。
でもまぁ、ご令嬢ならば怖がるのも当然なのだろうか。オレステスも見た目のせいで、女性に怖がられた経験はある。
おそらく上流階級の女性には、アレクサンドルのような男の方が受けがいいのだろう。
「それに、問題は容姿だけではありません。結婚は、これで三度目なのです」
「――まぁ、なくはない話では?」
妻が出産で亡くなり死別したとはよくある話だ。かくいうスピリティス侯爵も二度結婚している、とはアレクサンドルの説明にもあった。
貴族の結婚は早いらしい。ならば三十一歳の辺境伯が、これまでにそういった経験が二度あったとしても、そうおかしくはないと思うのだけれど。
「それがここ三年の間の話だとしても?」
「――え?」
「しかも死別はありません。二度とも辺境伯から申し出た離婚です」
「それは――」
いくらなんでも期間が短すぎる。
どういうことだろう?
さらなる説明を求めて、アレクサンドルを見上げた。
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