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第十四話 思わず洩れ出した品性
しおりを挟む「まぁとにかく、疎まれている理由はわかりました」
恨み節を言っても詮無いことだ。すっぱりわりきって話を進めるため一区切りをつけたオレステスに、アレクサンドルが気まずそうな視線を投げてよこす。
彼の反応を見る限り、薄々とは感じていたけれどオレスティアは大人しい性格――いや、それすら通り越し、気弱だったのだろう。
物心ついた頃から実父に疎まれ、義母にも嫌われて冷淡に接せられれば、そうなってもおかしくはない。
そして気弱に育った娘を、邸の使用人たちですらないがしろにする。両親や周りの大人たちがそのように扱っていれば、弟であるアレクサンドルもそうやって接するのが当然となっていったのかもしれない。
オレスティアは反撃はおろか、不当な扱いを素直に受け入れてしまっていたのだろう。だからこそ、周囲からの冷遇はエスカレートする。
そのオレスティアの態度が変わったから、アレクサンドルも戸惑いを覚えているのではないか。――正常な感情が、動き始めているのかもしれない。
「それと――侯爵や侯爵夫人の物言いだと、私の結婚が決まっているようなのですが」
別に弟の再教育までしてやる義理はない。もっとも、手懐けられるのならそうしておいた方が便利だろうなという計算が頭をかすめたのも事実ではあった。
「侯爵夫人が、結婚が嫌で私が詐病しているのではないかと仰っていましたが……それほど嫌がらなければならない相手なのですか?」
オレスティアが侯爵令嬢ならば、相手もそれなりの身分の人間だろう。家同士の繋がりのために行われる政略結婚なら、決して珍しい話ではない。
気弱な性格と推測されるオレスティアが、記憶喪失のふりまでして忌避しようとしたのではと疑われるなど、よっぽどではないのか。
「それは、まぁ……一般的には、そう思います」
アレクサンドルは、曖昧ながらに頷く。言葉を濁す様子が、彼もその相手を好ましく思っていないらしいことを物語っていた。
あの口ぶりでは、侯爵や侯爵夫人も同様に見えた。
老若男女、すべてが嫌うような相手――ふと思いついた条件に、自分でも身震いがした。
おそるおそる、訊ねてみる。
「もしかして――成金のハゲでぶおっさん、とか……?」
「さすがに口が悪すぎませんか」
口元を押さえて上目遣いで訊くオレステスに、アレクサンドルが間髪を容れずにツッコむ。
もちろん、そんな相手を好む人間もいるだろう。だが一般的には嫌がられることの多いタイプだ。
これもたっぷりオレステスの偏見が入っているから、非難されれば甘受するしかないとは思っている。
「成金ではありませんよ。太ってもいません。遠目でしか見かけたことはありませんが、毛髪も豊かでした」
オレステスが発した品のない悪口めいたものを、上品に言い直しながらアレクサンドルが訂正する。
ただ、一か所を除いては。
「――おっさんではあるんだ……?」
「だから、口が悪いです」
あれだけ丁寧に逐一訂正を入れているのに、それだけを外すということはきっと、正しかったからなのだろう。
思わず洩れた感想に、アレクサンドルがため息を落とす。
「僕たちから見ればたしかに年上ですが、別に親子ほど離れているわけではないですし。三十一歳だと聞いています」
なんだ、じゃあおっさんってほどでもないな。「オレステス」とは四つしか違わない。
そこでふと気づいた。
「そういえば、あなたって年はいくつなの?」
「十六です」
まぁ、たしかにそれくらいだな。青年と呼ぶにはまだ少し幼さの残る顔や体つきを見れば、納得できる。
ということは、三つ年上だというオレスティアは十九歳。ただ鏡を見たとき、オレステスは彼女が十六、七に見えた。
幾分幼く見えるのは、やや発達不良の気があるからだろうか。視線を落とし、折れそうなほどに細い手首を見る。
これも、なんとかしてやらねぇとな。
無性の保護欲を覚えながら、目を上げた。
「それで、結局お相手はどこのどなたなんですか?」
「――辺境伯です」
アレクサンドルは言い辛そうに、ポツリとそう告げた。
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