上 下
14 / 66

第十四話 思わず洩れ出した品性

しおりを挟む

「まぁとにかく、疎まれている理由はわかりました」

 恨み節を言っても詮無いことだ。すっぱりわりきって話を進めるため一区切りをつけたオレステスに、アレクサンドルが気まずそうな視線を投げてよこす。
 彼の反応を見る限り、薄々とは感じていたけれどオレスティアは大人しい性格――いや、それすら通り越し、気弱だったのだろう。
 物心ついた頃から実父に疎まれ、義母にも嫌われて冷淡に接せられれば、そうなってもおかしくはない。
 そして気弱に育った娘を、邸の使用人たちですらないがしろにする。両親や周りの大人たちがそのように扱っていれば、弟であるアレクサンドルもそうやって接するのが当然となっていったのかもしれない。
 オレスティアは反撃はおろか、不当な扱いを素直に受け入れてしまっていたのだろう。だからこそ、周囲からの冷遇はエスカレートする。

 そのオレスティアの態度が変わったから、アレクサンドルも戸惑いを覚えているのではないか。――正常な感情が、動き始めているのかもしれない。

「それと――侯爵や侯爵夫人の物言いだと、私の結婚が決まっているようなのですが」

 別に弟の再教育までしてやる義理はない。もっとも、手懐けられるのならそうしておいた方が便利だろうなという計算が頭をかすめたのも事実ではあった。

「侯爵夫人が、結婚が嫌で私が詐病しているのではないかと仰っていましたが……それほど嫌がらなければならない相手なのですか?」

 オレスティアが侯爵令嬢ならば、相手もそれなりの身分の人間だろう。家同士の繋がりのために行われる政略結婚なら、決して珍しい話ではない。
 気弱な性格と推測されるオレスティアが、記憶喪失のふりまでして忌避しようとしたのではと疑われるなど、よっぽどではないのか。

「それは、まぁ……一般的には、そう思います」

 アレクサンドルは、曖昧ながらに頷く。言葉を濁す様子が、彼もその相手を好ましく思っていないらしいことを物語っていた。
 あの口ぶりでは、侯爵や侯爵夫人も同様に見えた。

 老若男女、すべてが嫌うような相手――ふと思いついた条件に、自分でも身震いがした。
 おそるおそる、訊ねてみる。

「もしかして――成金のハゲでぶおっさん、とか……?」
「さすがに口が悪すぎませんか」

 口元を押さえて上目遣いで訊くオレステスに、アレクサンドルが間髪を容れずにツッコむ。
 もちろん、そんな相手を好む人間もいるだろう。だが一般的には嫌がられることの多いタイプだ。
 これもたっぷりオレステスの偏見が入っているから、非難されれば甘受するしかないとは思っている。

「成金ではありませんよ。太ってもいません。遠目でしか見かけたことはありませんが、毛髪も豊かでした」

 オレステスが発した品のない悪口めいたものを、上品に言い直しながらアレクサンドルが訂正する。

 ただ、一か所を除いては。

「――おっさんではあるんだ……?」
「だから、口が悪いです」

 あれだけ丁寧に逐一訂正を入れているのに、それだけを外すということはきっと、正しかったからなのだろう。
 思わず洩れた感想に、アレクサンドルがため息を落とす。

「僕たちから見ればたしかに年上ですが、別に親子ほど離れているわけではないですし。三十一歳だと聞いています」

 なんだ、じゃあおっさんってほどでもないな。「オレステス」とは四つしか違わない。
 そこでふと気づいた。

「そういえば、あなたって年はいくつなの?」
「十六です」

 まぁ、たしかにそれくらいだな。青年と呼ぶにはまだ少し幼さの残る顔や体つきを見れば、納得できる。
 ということは、三つ年上だというオレスティアは十九歳。ただ鏡を見たとき、オレステスは彼女が十六、七に見えた。
 幾分幼く見えるのは、やや発達不良の気があるからだろうか。視線を落とし、折れそうなほどに細い手首を見る。

 これも、なんとかしてやらねぇとな。
 無性の保護欲を覚えながら、目を上げた。

「それで、結局お相手はどこのどなたなんですか?」
「――辺境伯です」

 アレクサンドルは言い辛そうに、ポツリとそう告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎
ファンタジー
二十年前に起こった世界戦争の傷跡も癒え、世界はかつてない平和を享受していた。 最果ての島イールに暮らす漁師の息子ジャンは、外の世界への好奇心から幼馴染のニコラ、シェリーを巻き込んで自分探しの旅に出る。 ジャンは旅の中で多くの出会いを経て大人へと成長していく。そして渦巻く陰謀、社会の暗部、知られざる両親の過去……。彼は自らの意思と無関係に大きな運命に巻き込まれていく。 ☆本作は小説家になろう、マグネットでも公開しています。 ☆挿絵はみずきさん(ツイッター: @Mizuki_hana93)にお願いしています。 ☆ノベルアッププラスで最新の改稿版の投稿をはじめました。間違いの修正なども多かったので、気になる方はノベプラ版をご覧ください。こちらもプロの挿絵付き。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

クリエイタースキルを使って、異世界最強の文字召喚術師になります。

月海水
ファンタジー
ゲーム会社でスマホ向けゲームのモンスター設定を作っていた主人公は、残業中のオフィスで突然異世界に転移させられてしまう。 その異世界には、自分が考えたオリジナルモンスターを召喚できる文字召喚術というものが存在した! 転移時に一瞬で120体のアンデッドの召喚主となった主人公に対し、異世界の文字召喚は速度も遅ければ、召喚数も少ない。これはもしや、かなりの能力なのでは……?  自分が考えたオリジナルモンスターを召喚しまくり、最強の文字召喚術師を目指します!

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが

雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。 それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。 エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり…… ◆エール、ブクマ等ありがとうございます! ◆小説家になろうにも投稿しております

処理中です...