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第六話 計算と誤算
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おいこら、侍女ならよろけた主人を支えるんじゃねぇのか、普通。
床に倒れたまま、心の中で不満を呟く。しかもこの侍女、支えなかったどころか少しよけた気までする。
派手にぶつけた後頭部が痛い。こぶくらいはできているだろう。
恨めしい気もするが、これからの展開を思えば、かえって好都合かもしれない。そう思い直すことにする。
「――オレスティアさま?」
そっと呼びかけてくる、侍女の声。
この期に及んで、心配の色は見えない。あるのは困惑だけだった。
「どうなさいました? 起きてください」
無茶を言う。オレステスは仮病で倒れたふりをしているだけだが、これがもし本当に体調が悪くて気絶しているなら、「起きろ」と言われただけで起き上がれるはずもない。
気になるのは、困惑はすれども慌てた様子が一切見られないことだった。
普通、今まで話していた相手がいきなり倒れたのだから、駆け寄って状態を確認するものではないのか。
オレステスであれば、道に倒れた者がいれば見知らぬ相手でも様子を確認くらいはする。
まして倒れたのが主人なら、慌ててしかるべきだと思うのだけれど。
「オレスティアさま?」
ようやく異変に気づいたのか、侍女がオレステスの肩に手をかける。ゆさゆさと揺さぶられても、オレステスはまったく反応しなかった。
ここで本来なら、大声で名を呼び、その声を聞いた何者かが駆けつけてきて大騒ぎになるはずだ。
そうなるだろうと思っていたのに、侍女はため息を残して部屋を出て行った。
――え、放置? 放置なのか?
まさかそんな。
この女の周囲には、人非人しかいないのか。
もしこのまま放置されるとしたら、この先の計画変更を余儀なくされる。
なにより、一芝居打つつもりがただの一人芝居になってしまって恥ずかしいことこの上ない。
さて、どうするか。
迷い始めた頃、足音が近づいてきた。
一つは軽い音、女だろう。先程の侍女か。
もう一つは、おそらく男。足音自体は大きくなく、潜められたものながら、一歩一歩が女のそれよりも幅が広い。
「突然倒れられたと?」
「はい。立ち上がったときによろめいて――いつもの貧血かと思ったのですが、全然目をお覚ましにならなくて」
答えているのはやはり、先程の侍女のようだった。質問した男は、声から言えば中年から初老にかけて、といった感じだ。
「旦那様にはお知らせしたのか?」
「まだです。まずはネルヴァさまにご報告しようかと」
駆けつけたのがオレスティアの父親かと思ったのだが、違ったらしい。
報告を受けたネルヴァとかいう男が、ふむ、と呻る。
「そうだな。大事でもないのに一々知らせるなと言われるのがオチだ」
侍女の話を全面的に肯定する返事だった。オレステスの眉が、我知らずぴくりと震える。
娘が倒れたことを、「大事ではない」と判断する父なのか。そう聞くだけで、気分はよくない。
もっとも「いつもの貧血」と侍女が思うほど、頻繁に倒れているのかもしれない。だとすれば慣れているからこそ、侍女も慌てなかったのだろう。
とはいえ、いつもはすぐに起き上がるのに今日は倒れたままなのだから、このネルヴァとやらを呼びに行ったのか。
ならば直属の上司ともいうべき、執事だかそういった立場の人間なのかもしれない。
「まあ、主治医を呼んで診てもらうか」
ネルヴァの言に、侍女もそうですね、と応じる。
親よりも先に医者を呼ぶのか。なかなかに歪んでんな。
オレステスはそっと、胸の内で吐き捨てた。
床に倒れたまま、心の中で不満を呟く。しかもこの侍女、支えなかったどころか少しよけた気までする。
派手にぶつけた後頭部が痛い。こぶくらいはできているだろう。
恨めしい気もするが、これからの展開を思えば、かえって好都合かもしれない。そう思い直すことにする。
「――オレスティアさま?」
そっと呼びかけてくる、侍女の声。
この期に及んで、心配の色は見えない。あるのは困惑だけだった。
「どうなさいました? 起きてください」
無茶を言う。オレステスは仮病で倒れたふりをしているだけだが、これがもし本当に体調が悪くて気絶しているなら、「起きろ」と言われただけで起き上がれるはずもない。
気になるのは、困惑はすれども慌てた様子が一切見られないことだった。
普通、今まで話していた相手がいきなり倒れたのだから、駆け寄って状態を確認するものではないのか。
オレステスであれば、道に倒れた者がいれば見知らぬ相手でも様子を確認くらいはする。
まして倒れたのが主人なら、慌ててしかるべきだと思うのだけれど。
「オレスティアさま?」
ようやく異変に気づいたのか、侍女がオレステスの肩に手をかける。ゆさゆさと揺さぶられても、オレステスはまったく反応しなかった。
ここで本来なら、大声で名を呼び、その声を聞いた何者かが駆けつけてきて大騒ぎになるはずだ。
そうなるだろうと思っていたのに、侍女はため息を残して部屋を出て行った。
――え、放置? 放置なのか?
まさかそんな。
この女の周囲には、人非人しかいないのか。
もしこのまま放置されるとしたら、この先の計画変更を余儀なくされる。
なにより、一芝居打つつもりがただの一人芝居になってしまって恥ずかしいことこの上ない。
さて、どうするか。
迷い始めた頃、足音が近づいてきた。
一つは軽い音、女だろう。先程の侍女か。
もう一つは、おそらく男。足音自体は大きくなく、潜められたものながら、一歩一歩が女のそれよりも幅が広い。
「突然倒れられたと?」
「はい。立ち上がったときによろめいて――いつもの貧血かと思ったのですが、全然目をお覚ましにならなくて」
答えているのはやはり、先程の侍女のようだった。質問した男は、声から言えば中年から初老にかけて、といった感じだ。
「旦那様にはお知らせしたのか?」
「まだです。まずはネルヴァさまにご報告しようかと」
駆けつけたのがオレスティアの父親かと思ったのだが、違ったらしい。
報告を受けたネルヴァとかいう男が、ふむ、と呻る。
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侍女の話を全面的に肯定する返事だった。オレステスの眉が、我知らずぴくりと震える。
娘が倒れたことを、「大事ではない」と判断する父なのか。そう聞くだけで、気分はよくない。
もっとも「いつもの貧血」と侍女が思うほど、頻繁に倒れているのかもしれない。だとすれば慣れているからこそ、侍女も慌てなかったのだろう。
とはいえ、いつもはすぐに起き上がるのに今日は倒れたままなのだから、このネルヴァとやらを呼びに行ったのか。
ならば直属の上司ともいうべき、執事だかそういった立場の人間なのかもしれない。
「まあ、主治医を呼んで診てもらうか」
ネルヴァの言に、侍女もそうですね、と応じる。
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オレステスはそっと、胸の内で吐き捨てた。
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