泥棒娘と黒い霧

守 秀斗

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第27話:情報屋に会いに行く

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 ノエルとマリーはイーストエンドにある大劇場前を通る。
 大勢の人だかりだ。

「劇場はいつも大勢の人が見に来るんで、中はものすごい混みようだよ」

 そうノエルが言いながら、路上で劇場に入ろうと順番待ちをしているたくさんの人々のなかをすり抜けていく。そんなノエルの後を、マリーはいろんな人にぶつかりそうになりながら、なんとかついていった。

「あたし、一度この劇場に入ったことあるよ。超満員だったなあ」
「どんな劇をやってたの」
「うーん、内容はあんまり覚えてないよ。観客のみんなは喜んでいたけど、なんだか殺伐とした話だった覚えがあるなあ。人殺しの場面が多くてさあ」

「ノエルはどんな話が好きなの」
「そうだなあ、どうせ見るなら恋愛劇の方がいいなあ」
「えー、恋愛もの。なんかノエルに似合わない」

 ノエルが笑いながらマリーに言った。

「ちょっと、マリー、あたしのことどう思ってんの」
「ごめんなさい」

 謝りながら、男の子っぽいけど、実際はノエルも自分と同じ十四才の女の子なんだから恋愛とかに興味があるのも当たり前かなあとマリーは思った。それに、さっきのお墓参りからなんとなく元気のなさそうだったノエルが笑ってくれたんで、自分もうれしくなった。
 
 劇場の隣の小道を歩いていくと雑貨屋があった。

「雑貨屋のふりして、情報屋さ。こういう商売している連中は勘が鋭いんだ。マリーは警察に追われているってことが気づかれるかもしれないから、この道で待っててくれない」

 小道には大勢の浮浪児たちがたむろしたり寝転んだりしている。
 劇場に来る観客から、お金を恵んでもらったりしているようだ。
 皆、顔色が悪い。
 この子たち、ちゃんと食事は取っているのかしらと道の端っこでノエルを待ちながらマリーは心配になった。

 ノエルが店先で座っている情報屋に声をかける。
 浅黒い肌で目つきの鋭い男だ。

「こんばんは」
「おや、ノエルじゃないか。ダートフォードから戻ってきたのか」
「あれ、なんであたしがダートフォードに居たって知ってるの」
「それが情報屋の仕事だからな。大きい事件からほんの小さい事まで知っておくもんさ。知りたいことがあるなら奥に入りなよ」 

 店の奥に入ったノエルがポケットから銀貨一枚を出して、親指ではねて情報屋に渡す。

「おや、どこで拾ったのかしらんが、銀貨とはけっこうなもんだね」

 ノエルがアダム・オーガストの写真が載っている新聞を見せる。

「ダートフォード市で逮捕されたアダム・オーガストさんについて知っていること教えてくんない」
「なんでアダム・オーガストについて知りたいんだい」
「ダートフォードで世話になったんだよ。だから今の様子を知りたいんだ」
「ふーん」

 少し怪しげにノエルを見る情報屋。

「たいした情報はないよ。アダム・オーガスト以外にも労働組合運動をしていた連中が大勢逮捕されて取り調べを受けているが、全員皇太子殿下を暗殺しようとした事件については関与は否定しているようだ。ただ、どうも内務省前で労働環境改善を訴えるため大規模な抗議活動をする計画はあったらしい。その件については、捕まった連中のほとんどが認めているみたいだ」
「アダムさんも認めているの」
「そうらしいな。口で訴えるだけで、暴力は使うつもりはないと言ってるらしいけど」

「なんで内務省前なの。普通、首相官邸とか国会前じゃないの、そういう抗議活動って」
「内務大臣は労働組合運動を潰したいようなのさ。それは以前からのようで、俺のような情報屋に聞かなくても世間的には広く知られている話だよ」
「取り調べのときにアダムさんたちは警察に拷問とかされてるの」
「そんなことはされてないよ。朝から晩までしつこく尋問はされているようだけど。まあ、昔と違って、だいぶ警察もやさしくなったもんだな。それに検察庁の方が乗り気じゃないって話もある」

「どういうこと」
「なんか政府内で勢力争いがあって、労働組合の問題と今回の事件は関係ないって意見が出てきているらしい。バーソロミュー・ロバーツって犯人は頭がおかしくて、勝手に一人でやったんじゃないかという意見もあるようだ。単独犯じゃないかって」

 他にはたいした情報もなく、ノエルは情報屋の店から出てマリーのとこに戻った。

「どうやらアダム伯父さんは、警察からひどい拷問とかはされてないみたいだよ」
「ほんと、ああ、よかった」
「ただ、たいした情報はなかったなあ」

 そこへ店から出てきた情報屋が近づいてきた。
 ノエルに小銭をいくらか渡す。

「なに、このお金」
「お釣りだよ」
「へえ、気前がいいね」
「銀貨代にしては、たいした情報を教えられなかったからな。それに、昔のよしみもあるし」

 情報屋はそう言いつつも、なんとなくうさんくさそうにマリーの方を見ている。

「それじゃあ」

 ノエルがマリーの手を引っ張ってそそくさと情報屋から離れていく。

「前からあの人を知っているけど、どうも情報屋ってのは信じられないんだよな。早くこの場から離れよう」

 マリーにノエルが言ったとき、浮浪児たちが、二人に近づいてきた。

「オネーチャン、俺たちにも金くれよ」

 情報屋がノエルに小銭を渡していた所を見ていたらしい。何人も寄って来た。

「少しくらいいだろ」

 浮浪児の一人がマリーのマフラーを引っ張っる。
 マリーの顔からはずれてしまった。

「あ、まずい」

 マリーが思わず叫ぶ。

 そのマリーの顔を見て、情報屋が叫ぶ。

「お前、例の事件の容疑者、マリーじゃないか」

 情報屋が追いかけてきた。浮浪児たちに大声で呼びかける。

「その二人を捕まえろ、報奨金が出るぞ」

 ノエルがマリーの手を引っ張って走り出す。 

「マリー、逃げるよ!」

 そして、ノエルが小銭を小道にばらまて、大声で叫んだ。

「みんな、お金やるよ!」

 小道の端っこに寝転んでいた浮浪児たちが、急に元気よくなって、大勢小銭にむらがって混乱状態になった。みな、ノエルたちを捕まえるよりお金の方がほしいようだ。
 情報屋が追ってきたが、大勢の浮浪児たちにふさがれてノエルたちに近づけない。
 ノエルとマリーはそのまま小道から逃げ出した。

「ごめんなさい、ノエル。マフラーを引っ張られて顔見られちゃった」
「いや、謝らなくていいよ。どうも、あの情報屋、最初からあたしのことやマリーを変な目で見てた。ダートフォードから逃げ出すときにいろんな人に見られたし、もうこっちにも情報が回っていたかもしれない。とにかくブレンダさんのところに戻ろう」
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