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第17話:裏社会のボス
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ノエルが拳銃を向けた先には、太った中年男が立っていた。
その男は少しニヤついた顔で手を上げた。
「やあ、ノエル」
「なんだ、ボスかよ。警察かと思ってびっくりしたよ」
ノエルはほっとしたような感じで拳銃を腰のベルトに戻した。
ボスと呼ばれたその男は二ヤついていた表情をやめて、怖い顔をしてノエルをにらみつける。
「下水道の中は俺たち大人の縄張りってことは、お前もちゃんと知ってるだろ」
「はいはい、知ってますよ」
ノエルは不快そうに答えた。
「よこしな」
その男が手を差し出す。
ノエルが仕方がないといった感じで布袋を渡した。男は持っていた手提げカバンを側道に置いて袋の中身をのぞき込む。
「ほう、だいぶ働いてくれたようだな、ありがとさん」
男が顔をあげてニヤリと笑った。
ノエルはただ不機嫌そうに黙っている。
その男はマリーの方も見るが浮浪児仲間と思ったのか、全然興味無さそうで何も話しかけてこない。
男が再び袋を覗き込む。
「お、これは指輪じゃねーか。宝石も付いてる。こりゃけっこうな宝物だな」
その時、例のドブネズミが側道をこちらへ走って来た。
かなりでかい。
「ひぃ!」
マリーが驚いて、持っていた携帯ランプが揺れる。
バシャッと音がして何かが側道から下水道に落ちた。
「ボス! 今、ネズミの奴がカバンを蹴飛ばしたよ。下水道に落っこちた!」
ノエルが叫んだ。
ドブネズミはそのまま走り過ぎて行ったようだが、流れの速い下水であっと言う間に外の排水口の方へカバンが流されていく。
「まずい」
その男が側道を走ってカバンを追いかける。ノエルたちも後を追った。
汚れて濁った下水の中に沈んでカバンはすぐに見えなくなった。
下水道の排水口まで出るが、外はもう夕方だ。辺りを見回すが、今日は黒い霧がひどく、川の水も泥の色が深くてカバンは見当たらない。
ノエルが憮然とした表情で突っ立っている男に言った。
「カバンはもう排水口から出て、川の下流の方へ流れちゃったかもしれませんね」
「そうかもしれないなあ。まあ、仕方が無いか、やれやれ」
男がため息まじりにノエルに答える。
「バラックのみんなに探させれば。どっかに沈んでいるかも」
「いや、見つからないほうがいい」
「え、なんで」
「あ、いや、なんでもない。それじゃあな、ノエル」
男は少し考え事をしているような感じで立ち去った。
川岸の階段を上っていく男を見ながらマリーがノエルに聞いた。
「あの男性はいったいどういう人なの」
「下水道のどぶさらいたちをまとめているボスで、名前はベン・スコット。表向きは建設会社の社長だけどさ。スコット建設の社長さんだよ」
「あら、けっこうな大企業じゃない」
「けど、社長業以外にもここら辺の裏社会を仕切っているおっさんだよ。この下水道にも詳しいんだ」
「裏社会のボスってことかしら」
「まあ、そんなとこだね。けど、そんなに怖いおっさんでもないな。建築の仕事に熱中してたら、奥さんに浮気されて逃げられて、今は少しアル中気味。おっさんが酔っぱらっているときにたまに話すんだけど、自分が手掛けた建築物の自慢話ばっかり。あの橋や建物は俺の会社が建てたとか、建築について専門的な話をするんだけど、こっちは全くちんぷんかんぷんで理解不能だよ。それでも、仕方なく適当にあいづちを打って聞いてやってると、調子に乗って延々と一方的に話を続けたりするんだ。聞いてる方はたまったもんじゃないよ、奥さんに逃げられて寂しいのかなあ。何て言うか、別にたいした人物じゃないよ」
「あの人はノエルの隠れ家のことは知ってるの」
「うん、あたしが泥棒やっていることも知っているんだ。前に隠れ家に入ろうとしたところをあのおっさんに見つかっちまったんだ。他に知っている人はいないよ。黙ってやるかわりにせしめたお金の一部をよこせってさ。仕方が無いので支払っている。みかじめ料だとさ。僅かな稼ぎからも持って行くんだから、せこいおっさんだよ。いつも偉そうにしてむかつくから、さっきカバンを下水に蹴落としてやったよ」
そう言って、ノエルがフフンと笑う。
「あれ、さっき走ってきたドブネズミが落としたんじゃないの」
「マリーが携帯ランプを揺らして、おっさんが目をくらませているときに落としてやった。ざまあみろと思ったんだけど、ベンのおっさん、カバンを失くしてもあんまりなんとも思っていない感じだったなあ。不思議だ」
その後、ノエルたちはすごすごと隠れ家に戻った。
レンガの壁をよじ登って、中に入る。
「やれやれ、骨折り損のくたびれ儲けだな」
ランプを点けて、ノエルは上着の後ろ、背中に手を突っ込んで中から封筒を取り出す。
「あれ、なにそれ」
「ベンのおっさんがあたしらが苦労してせっかく拾った袋の中のお宝を嬉しそうにのぞき込んでいるのを見て、くやしいからカバンを蹴落とすときに抜き取ったのさ。カバンのフタからはみ出てたんでね。札束でも入ってないかと思って」
封筒の中を見ると何枚かの紙が入っていた。ノエルが紙を広げてみる。けっこう大きい。
それを見て、ノエルが言った。
「なにこれ、地図か」
その紙には下水道の図面が書いてあった。首都からダートフォード市までの下水道の経路が書いてある。何枚かの図面の端っこに内務省作成と書いてあるのをマリーが見つけた。
「これは政府が作成した図面ね」
他にもいろんな金額が書いてある書類やだいぶ古い図面もあった。最後のページには内務大臣の署名がしてある。このページは写しみたいだ。そのページの余白にはいくつかの会社名が手書きで小さく記載されている。どれも有名な建設関係の企業だ。会社名の隣には金額らしき数字も書かれている。
自分にはよくわからないが、なにか変な書類だとマリーは思った。本来ならアダム伯父さんにでも見てもらうが今の状況ではどうしようもない。誰か信用できる人に見てもらいたいとマリーは思った。
「あれ、この図面は今と違って排水口がダートフォード市の遥か先の海の方まで延びてるわ」
一番新しそうな図面を見てマリーが言うが、ノエルは金目のものじゃなかったためか、あまり興味がなさそうだ。
「ふーん、改修工事でもすんのかなあ。ベンのおっさんも建設会社の社長だから、その下見で下水道の中に入ってきたのかな。社長さんなのにわざわざご苦労なこって」
「ダートフォード市民が政府に陳情してたわ。下水道の排水口をもっと海の方まで延ばしてくれって。このままだとダートフォード市の地下水がどんどん汚染されちゃうから」
そういう記事をダートフォード・タイムズに載せたことがあるのをマリーは思い出した。
「海まで下水道を伸ばすなら大規模な工事をやるんだろうな。工事が始まるとここの隠れ家からも退散しなきゃいけないのかなあ。ここは夏は涼しく、冬は寒くないのでわりと気に入っていたんだけど」
ノエルはちょっと残念そうな顔で言うと、部屋の端っこに置いてあった袋からパンを取り出し、マリーに差し出した。
「じゃあ、お腹もすいたし夕食を食べよう」
その男は少しニヤついた顔で手を上げた。
「やあ、ノエル」
「なんだ、ボスかよ。警察かと思ってびっくりしたよ」
ノエルはほっとしたような感じで拳銃を腰のベルトに戻した。
ボスと呼ばれたその男は二ヤついていた表情をやめて、怖い顔をしてノエルをにらみつける。
「下水道の中は俺たち大人の縄張りってことは、お前もちゃんと知ってるだろ」
「はいはい、知ってますよ」
ノエルは不快そうに答えた。
「よこしな」
その男が手を差し出す。
ノエルが仕方がないといった感じで布袋を渡した。男は持っていた手提げカバンを側道に置いて袋の中身をのぞき込む。
「ほう、だいぶ働いてくれたようだな、ありがとさん」
男が顔をあげてニヤリと笑った。
ノエルはただ不機嫌そうに黙っている。
その男はマリーの方も見るが浮浪児仲間と思ったのか、全然興味無さそうで何も話しかけてこない。
男が再び袋を覗き込む。
「お、これは指輪じゃねーか。宝石も付いてる。こりゃけっこうな宝物だな」
その時、例のドブネズミが側道をこちらへ走って来た。
かなりでかい。
「ひぃ!」
マリーが驚いて、持っていた携帯ランプが揺れる。
バシャッと音がして何かが側道から下水道に落ちた。
「ボス! 今、ネズミの奴がカバンを蹴飛ばしたよ。下水道に落っこちた!」
ノエルが叫んだ。
ドブネズミはそのまま走り過ぎて行ったようだが、流れの速い下水であっと言う間に外の排水口の方へカバンが流されていく。
「まずい」
その男が側道を走ってカバンを追いかける。ノエルたちも後を追った。
汚れて濁った下水の中に沈んでカバンはすぐに見えなくなった。
下水道の排水口まで出るが、外はもう夕方だ。辺りを見回すが、今日は黒い霧がひどく、川の水も泥の色が深くてカバンは見当たらない。
ノエルが憮然とした表情で突っ立っている男に言った。
「カバンはもう排水口から出て、川の下流の方へ流れちゃったかもしれませんね」
「そうかもしれないなあ。まあ、仕方が無いか、やれやれ」
男がため息まじりにノエルに答える。
「バラックのみんなに探させれば。どっかに沈んでいるかも」
「いや、見つからないほうがいい」
「え、なんで」
「あ、いや、なんでもない。それじゃあな、ノエル」
男は少し考え事をしているような感じで立ち去った。
川岸の階段を上っていく男を見ながらマリーがノエルに聞いた。
「あの男性はいったいどういう人なの」
「下水道のどぶさらいたちをまとめているボスで、名前はベン・スコット。表向きは建設会社の社長だけどさ。スコット建設の社長さんだよ」
「あら、けっこうな大企業じゃない」
「けど、社長業以外にもここら辺の裏社会を仕切っているおっさんだよ。この下水道にも詳しいんだ」
「裏社会のボスってことかしら」
「まあ、そんなとこだね。けど、そんなに怖いおっさんでもないな。建築の仕事に熱中してたら、奥さんに浮気されて逃げられて、今は少しアル中気味。おっさんが酔っぱらっているときにたまに話すんだけど、自分が手掛けた建築物の自慢話ばっかり。あの橋や建物は俺の会社が建てたとか、建築について専門的な話をするんだけど、こっちは全くちんぷんかんぷんで理解不能だよ。それでも、仕方なく適当にあいづちを打って聞いてやってると、調子に乗って延々と一方的に話を続けたりするんだ。聞いてる方はたまったもんじゃないよ、奥さんに逃げられて寂しいのかなあ。何て言うか、別にたいした人物じゃないよ」
「あの人はノエルの隠れ家のことは知ってるの」
「うん、あたしが泥棒やっていることも知っているんだ。前に隠れ家に入ろうとしたところをあのおっさんに見つかっちまったんだ。他に知っている人はいないよ。黙ってやるかわりにせしめたお金の一部をよこせってさ。仕方が無いので支払っている。みかじめ料だとさ。僅かな稼ぎからも持って行くんだから、せこいおっさんだよ。いつも偉そうにしてむかつくから、さっきカバンを下水に蹴落としてやったよ」
そう言って、ノエルがフフンと笑う。
「あれ、さっき走ってきたドブネズミが落としたんじゃないの」
「マリーが携帯ランプを揺らして、おっさんが目をくらませているときに落としてやった。ざまあみろと思ったんだけど、ベンのおっさん、カバンを失くしてもあんまりなんとも思っていない感じだったなあ。不思議だ」
その後、ノエルたちはすごすごと隠れ家に戻った。
レンガの壁をよじ登って、中に入る。
「やれやれ、骨折り損のくたびれ儲けだな」
ランプを点けて、ノエルは上着の後ろ、背中に手を突っ込んで中から封筒を取り出す。
「あれ、なにそれ」
「ベンのおっさんがあたしらが苦労してせっかく拾った袋の中のお宝を嬉しそうにのぞき込んでいるのを見て、くやしいからカバンを蹴落とすときに抜き取ったのさ。カバンのフタからはみ出てたんでね。札束でも入ってないかと思って」
封筒の中を見ると何枚かの紙が入っていた。ノエルが紙を広げてみる。けっこう大きい。
それを見て、ノエルが言った。
「なにこれ、地図か」
その紙には下水道の図面が書いてあった。首都からダートフォード市までの下水道の経路が書いてある。何枚かの図面の端っこに内務省作成と書いてあるのをマリーが見つけた。
「これは政府が作成した図面ね」
他にもいろんな金額が書いてある書類やだいぶ古い図面もあった。最後のページには内務大臣の署名がしてある。このページは写しみたいだ。そのページの余白にはいくつかの会社名が手書きで小さく記載されている。どれも有名な建設関係の企業だ。会社名の隣には金額らしき数字も書かれている。
自分にはよくわからないが、なにか変な書類だとマリーは思った。本来ならアダム伯父さんにでも見てもらうが今の状況ではどうしようもない。誰か信用できる人に見てもらいたいとマリーは思った。
「あれ、この図面は今と違って排水口がダートフォード市の遥か先の海の方まで延びてるわ」
一番新しそうな図面を見てマリーが言うが、ノエルは金目のものじゃなかったためか、あまり興味がなさそうだ。
「ふーん、改修工事でもすんのかなあ。ベンのおっさんも建設会社の社長だから、その下見で下水道の中に入ってきたのかな。社長さんなのにわざわざご苦労なこって」
「ダートフォード市民が政府に陳情してたわ。下水道の排水口をもっと海の方まで延ばしてくれって。このままだとダートフォード市の地下水がどんどん汚染されちゃうから」
そういう記事をダートフォード・タイムズに載せたことがあるのをマリーは思い出した。
「海まで下水道を伸ばすなら大規模な工事をやるんだろうな。工事が始まるとここの隠れ家からも退散しなきゃいけないのかなあ。ここは夏は涼しく、冬は寒くないのでわりと気に入っていたんだけど」
ノエルはちょっと残念そうな顔で言うと、部屋の端っこに置いてあった袋からパンを取り出し、マリーに差し出した。
「じゃあ、お腹もすいたし夕食を食べよう」
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