フロイドの鍵

守 秀斗

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第21話:スプリングフィールド教授に会う

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 どぶさらいなんてあまり気が進まなかったが、少しでも貯えがほしいので、ミルドレッドはアレックスについていった。近くのどぶ川に下水道の排水口がいくつか並んでいる場所があった。小さい子供たちが何人かいる。浮浪児だろう。みな顔色が悪い。アレックスがその中に一人に声をかけている。どうやら知り合いらしい。シャベルを借りている。

「じゃあ、岸辺に泥をぶちまけるから、ミルドレッドは何か金属片とかあったら取り出してくれないか」
「うん、わかったわ」

 下水道の排水口の近くなのでかなり臭いがする。ミルドレッドはマフラーを顔に巻いてなるべくその臭いをかがないようにした。アレックスが靴を脱いでズボンの裾をまくると川の中に入る。シャベルで排水口近くの泥をすくうと、岸辺にぶちまけた。ミルドレッドはその中から銅の釘やらボルト、鉄片などを探しては布袋に入れた。けっこういろんなものが混じっている。大したお金にはならないが、今日は他に仕事もないし、これで我慢するしかない。銀製のスプーンもみつけた。これはけっこういい値段で売れるだろう。

 午前中はどぶさらいで過ごすと、アレックスが言った。

「もうこのくらいでいいだろう、ちょっと鉄くず屋に寄って、家に帰ろう。例の暴漢が部屋に乱入して、リリアン姉さんたちに何かあったら心配だし」
「下水道をまた使うの」
「いや、さすがに昼間には襲ってこないんじゃないの。まあ、なるべく人が多いところを歩くことにしようぜ」

 ミルドレッドとアレックスは近くの井戸に行って、手足を洗った。また、どぶさらいで拾った金属片などもきれいにする。

「ミルドレッド、この例の暴漢を刺したフォークはどうする。一応、証拠だけど、あの警察の態度じゃあ、持っていてもしょうがないかなあ」
「うーん、でも、念のため持っていた方がいいと思うの」
「じゃあ、お前に預けるよ」

 ミルドレッドは暴漢を刺した銀製のフォークをアレックスから受け取った。ポケットに入れておく。アレックスは、あの暴漢の足にかなり深く刺したようだ。もしかしたら、このフォークがその証拠になるかもしれない。

 相変わらずの黒い霧だが、昨日よりはひどくない。大通りを歩く。行商人やら、乗合馬車、屋台で食事をとる人など、ごった返している。これだけ大勢の人たちがいると歩くのも大変だが、その分、昨日のように襲われる心配はないだろうとミルドレッドは思った。アレックスが路地裏に入っていく。

「この先に鉄くず屋があるんだ」

 路地裏には大勢の目付きの悪い浮浪者がたむろしている。ちょっと怖いなと思ったが、人が多数いれば、例の男に自分が襲われる可能性もないだろうとアレックスに付いて行った。アレックスが鉄くず屋でどぶさらいで拾った金属などを金に交換している間、店の外でミルドレッドは待っていた。少しビクビクしながら、あの大柄な男が来ないか周りを見るが特に不審な人物はいない。ちょっと、自分でも気にし過ぎかなとも思った。襲われた場所は人気のない場所だったし、ここでは心配はないだろう。

 鉄くず屋からアレックスが出てくる。にこやかな顔でミルドレッドに言った。

「けっこうな金額で交換してくれたよ。フィッシュフライとポテト、あと野菜でも買って帰ろう」
「あの小道は通らないわよね。それとも下水道を使うの」
「今は昼だし、ちょっと遠回りになるけど、人通りの多い道を使って帰ろうぜ」

 屋台で食料を買い込むと二人は貧民街に向かう。大通りは貧民街を囲うような感じで通っている。相変わらず人でごった返している中を歩いていくと、道の外れに貧民街への路地が見えてきた。この路地は浮浪者が勝手に立てた小屋が多い。もし、貧民街の再開発が行われたら、こんな小屋でも作って暮らさなくてはいけなくなるのだろうかとミルドレッドは少し暗い気分になった。その道を通り過ぎると、やっとアレックスの家がある建物が見えてきた。南棟を通って、中庭に入る。すると、いつもは洗濯ものが干してある場所に大きいテントが設置されていた。

「あのテントは何かしら」
「ああ、『お花品評会』の準備じゃないかな」

 リリアンの言っていた育てたお花を競い合う催し物のことかとミルドレッドは思った。

「リリアンさんも出品するのよね」
「そう、リリアン姉さんのはけっこうきれいに咲いたから、優勝を狙えるかもしれないなあ」
「いつ行われるんだっけ」
「明日の日曜日。その日についでに『お掃除コンテスト』も同時開催するみたい。実は俺の部屋も申し込んだんだ。ミルドレッドが荷物の整理やら清掃してくれたじゃない」
「でも整理したただけで、もっときれいにしないと賞金はもらえないんじゃないの」
「そうだな。けど、まあ、申し込むのは無料だし、優勝したら賞金を貰えるしね」

 アレックスとミルドレッドが話していると、テントの中から背の高い白髪頭の初老の男性が出てきた。アレックスがミルドレッドにささやいた。

「あの人が、スプリングフィールド教授だよ」
「この『お花品評会』や『お掃除コンテスト』の主催者の人かしら」
「そうだよ」

 そのスプリングフィールド教授がアレックスに近づいてきた。

「やあ、アレックス君か。この前はチラシ配りありがとう」
「いえ、ミルドレッドにも手伝ってもらいましたので、すぐに終わりました」

 アレックスに紹介されて、ミルドレッドはスプリングフィールド教授に会釈する。穏やかに微笑む教授を見て、優しそうな感じの人だなと思った。

「応募者はどれくらいなんですか」
「百名くらいかな」
「『お掃除コンテスト』の方はどうなんですか」
「今のところ、三十名くらい。やはり家の中を見られるのは嫌みたいだなあ。どうも警戒されているみたいだな。まあ、今回初めての試みでもあるからね、アレックス君の部屋はどうするつもりなんだ」
「一応、申し込みました」
「そうか、じゃあ、優勝できるようにきれいに掃除しておいてくれよ」

 そう言って、アレックスの肩を軽く叩くと、スプリングフィールド教授はまたテントの中へ入って行った。

「『お掃除コンテスト』の審査ってどうやるのかしら」
「教授から聞いたんだけど、きれいに整頓されているとか、清潔とかで点数付けるみたい」
「そう言えばわざわざ市長が来るのよね」
「『お花品評会』や『お掃除コンテスト』両方に出席するらしい。まあ、選挙も近いし、人気取りじゃないかなあ。あのハンフリー市長は本当はこんな貧民街に興味は持ってなさそうだけど」

 再開発に積極的な市長が視察に来るとは、案外、新聞記者も連れてきて、この貧民街のひどさをあらためて報道で知らしめたい思惑もありそうだなとミルドレッドは思った。
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