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第18話:『フロイドの鍵』についてあらためて考える
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大柄な男がナイフをミルドレッドに振り上げる。
「この野郎!」
異変に気付いたアレックスが持っていた銀のフォークを男の太腿に思いっ切り力を入れて刺した。
「ウグ!」
男が脚をおさえて、うずくまる。アレックスはその隙にミルドレッドの腕を掴んで立ち上がらせると、走り出した。
「逃げるぞ、ミルドレッド!」
二人は全速力で、黒い霧で覆われている小道をなんとか走って逃げる。途中で何度か転びそうになった。
走りながら、アレックスがミルドレッドに聞いた。
「今の奴、例の黒いコートを着た男かよ」
「わからないわ。この黒い霧でよく見えなかった」
ミルドレッドとアレックスは必死に走る。霧の中、ミルドレッドは時折、後ろを見るが視界が悪すぎる。しかし、どうやら誰かが追って来る気配は無い。貧民街に到着した二人は中庭を通って、アレックスの家がある四階まで駆け上った。そして、部屋に飛び込むと、アレックスが急いで扉を閉めて、その前にタンスを移動させた。その様子にリリアンとポーラがびっくりしている。
「どうしたの、アレックス」
「変な男に襲われたんだよ、こっちまで追って来るかもしれない。だから扉をふさいだんだ」
「なんで襲われたの」
アレックスは今までの経緯をリリアンに話した。
それを聞いて、リリアンが首をかしげた。
「単なる強盗じゃないの」
「いや、明らかにミルドレッドを狙ってた。多分、『フロイドの鍵』が欲しかったんじゃないかな。ミルドレッドがこの部屋にいることも知ってる可能性があるんだ」
アレックスは針金を持って時計塔の部屋にも縄梯子で登っていく。それを見た、リリアンがまたアレックスに聞いた。
「何するの、アレックス」
「時計塔の部屋の屋上に出る扉のハンドルを中から針金で縛っておこうと思ってな。上から入って来るかもしれないだろ」
やたら焦って動きまくっているアレックスを、やや呆れた感じで見ていたリリアンがミルドレッドに向かって聞いた。
「あなたはどう思ってるの。本当にその髪留めが目当てで襲われたのかしら」
「わからないです。ただ、他に心当たりがないんですよ。強盗ならもっとお金を持っていそうな人を狙うと思うんですけど」
「ちょっと、その髪留めを見せて」
リリアンに言われて、『フロイドの鍵』を渡すミルドレッド。リリアンはそれをしげしげと眺める。
「うーん、鍵の形はしているけど、だからと言ってそんなに重要なものには見えないわ」
「あたしもそう思っていたんですけど。ただ、妙な印があって」
「ああ、アレックスから聞いたわ。時計と羽ペンの印よね。今朝、表示板に書いてあったのを読んだらしいけど」
「そうです、『ヒイラギ』と『白いバラ』、『アネモネ』です。リリアンさん、どんな意味かわかりますか」
リリアンはちょっと考えている。
「うーん、例のフロイドって泥棒のものと考えると、何かしらなぞなぞが入っているとは思うけど、この泥棒さん、さほど難しいことは考えないって話よね」
「そうみたいですね。ただ、階段の件では花言葉が入っていたみたいですけど。リリアンさん、時計板に書かれていたお花の花言葉を知ってますか」
「えーと、『ヒイラギ』は『神様の下』かな。白いバラは『汚れなき心』や『純潔』とかわりときれいな感じ。『アネモネ』は確か、『見捨てられた』だったかしら」
『神様の下』に『汚れなき心』、『見捨てられた』か、ますますわからないなとミルドレッドは思った。そんな会話をしているうちにアレックスが時計塔の部屋から降りてきて言った。
「部屋の中庭側の扉を少し開けて、しばらく外を見ていたんだけどあいつが追って来る気配はないな」
「アレックスはあの男の脚にフォークを刺したんでしょ。あれ、わりと大きいフォークだったから、けっこう痛手だったかも」
「そうだな、思いっ切りぶっ刺して、引き抜いてやったから」
ちょっと自慢気に布袋からフォークを見せる、アレックス。それに血が少し付いているのを見てリリアンが嫌な顔をした。
「そんなフォーク使いたくないわ」
「鉄くず屋に持って行くよ。でも、その前に警察に行かないと」
アレックスはそう言うが、警察が相手にしくれるのかどうかわからないなとミルドレッドは思った。四人は簡単な夕食を取った後、眠ることになった。時計塔の部屋に登っていくミルドレッドにアレックスが声をかける。
「なにか危険な雰囲気になったらすぐに降りて来いよ、俺が撃退してやる」
「うん、わかった」
時計塔の部屋に入ると、ミルドレッドは屋上に出る扉を確かめてみる。ハンドルが針金でグルグル巻きにされて、これなら誰も入ってこれないだろうし、無理に入ろうとしたら大きな音がするだろう。そして、反対側の表示板の方の扉を開けてみた。黒い霧は少し晴れている。そっと中庭を見てみるが、人の気配は無い。いくつかかろうじて灯っているガス灯はゴミだらけの中庭をぼんやりと照らしている。汚い中庭を見ながら、あの白いバラの花言葉の『汚れなき心』とはえらい違う光景だなと思った。
そして、ミルドレッドは扉を閉める時に思い付いた。確か、『白いバラ』とは書いてあったが、逆さまだった。何か意味があるのだろうか。パズルやなぞなぞが好きな怪盗フロイド。でも、複雑なことは考え付かなかったようだ。素直に考えると、『汚れなき』を逆に考えたら『汚れている』ではないだろうか。ただ、この貧民街全体が汚れていると言えばそれまでだ。
毛布にくるまって、横になってしばらく考えてみる。アレックスが教えてくれたフロイドが今までしてきたなぞなぞを思い出すと、単なる冗談で行っていたというよりは、多少なりともこの貧民街の人たちを助けようとしていたみたいだ。
ゴミを集めてきれいにするよう促したり、階段を直させたりしていた。前髪から外した『フロイドの鍵』を眺めてみる。自分が襲われたことを考えると、これはやはり本物の『フロイドの鍵』ではないかと思った。ただ、この鍵の秘密を解き明かした結果、財宝が発見されるとは思えなかった。仮に大金を見つけたとしても、それは見つけた人が自分のものにしてしまうだろう。フロイドとしては財宝はこの貧民街のために使いたかったのではないだろうか。
ただ、自分にもしもの時があった場合のためにヒントを添えて、恋人さんに渡したんじゃないのだろうか。それに前にも思ったが、こんな泥棒が多い貧民街の建物に大金を隠すとは思えない。どこか別の場所に隠したのではないだろうか。
ただ、『ヒイラギ』と『白いバラ』、『アネモネ』だけではなんのことかわからない。考えているうちに眠くなったミルドレッドはランプを消そうとして、襲われた恐怖が思い出され油がもったいないが、そのままランプを灯したまま目を瞑った。
「この野郎!」
異変に気付いたアレックスが持っていた銀のフォークを男の太腿に思いっ切り力を入れて刺した。
「ウグ!」
男が脚をおさえて、うずくまる。アレックスはその隙にミルドレッドの腕を掴んで立ち上がらせると、走り出した。
「逃げるぞ、ミルドレッド!」
二人は全速力で、黒い霧で覆われている小道をなんとか走って逃げる。途中で何度か転びそうになった。
走りながら、アレックスがミルドレッドに聞いた。
「今の奴、例の黒いコートを着た男かよ」
「わからないわ。この黒い霧でよく見えなかった」
ミルドレッドとアレックスは必死に走る。霧の中、ミルドレッドは時折、後ろを見るが視界が悪すぎる。しかし、どうやら誰かが追って来る気配は無い。貧民街に到着した二人は中庭を通って、アレックスの家がある四階まで駆け上った。そして、部屋に飛び込むと、アレックスが急いで扉を閉めて、その前にタンスを移動させた。その様子にリリアンとポーラがびっくりしている。
「どうしたの、アレックス」
「変な男に襲われたんだよ、こっちまで追って来るかもしれない。だから扉をふさいだんだ」
「なんで襲われたの」
アレックスは今までの経緯をリリアンに話した。
それを聞いて、リリアンが首をかしげた。
「単なる強盗じゃないの」
「いや、明らかにミルドレッドを狙ってた。多分、『フロイドの鍵』が欲しかったんじゃないかな。ミルドレッドがこの部屋にいることも知ってる可能性があるんだ」
アレックスは針金を持って時計塔の部屋にも縄梯子で登っていく。それを見た、リリアンがまたアレックスに聞いた。
「何するの、アレックス」
「時計塔の部屋の屋上に出る扉のハンドルを中から針金で縛っておこうと思ってな。上から入って来るかもしれないだろ」
やたら焦って動きまくっているアレックスを、やや呆れた感じで見ていたリリアンがミルドレッドに向かって聞いた。
「あなたはどう思ってるの。本当にその髪留めが目当てで襲われたのかしら」
「わからないです。ただ、他に心当たりがないんですよ。強盗ならもっとお金を持っていそうな人を狙うと思うんですけど」
「ちょっと、その髪留めを見せて」
リリアンに言われて、『フロイドの鍵』を渡すミルドレッド。リリアンはそれをしげしげと眺める。
「うーん、鍵の形はしているけど、だからと言ってそんなに重要なものには見えないわ」
「あたしもそう思っていたんですけど。ただ、妙な印があって」
「ああ、アレックスから聞いたわ。時計と羽ペンの印よね。今朝、表示板に書いてあったのを読んだらしいけど」
「そうです、『ヒイラギ』と『白いバラ』、『アネモネ』です。リリアンさん、どんな意味かわかりますか」
リリアンはちょっと考えている。
「うーん、例のフロイドって泥棒のものと考えると、何かしらなぞなぞが入っているとは思うけど、この泥棒さん、さほど難しいことは考えないって話よね」
「そうみたいですね。ただ、階段の件では花言葉が入っていたみたいですけど。リリアンさん、時計板に書かれていたお花の花言葉を知ってますか」
「えーと、『ヒイラギ』は『神様の下』かな。白いバラは『汚れなき心』や『純潔』とかわりときれいな感じ。『アネモネ』は確か、『見捨てられた』だったかしら」
『神様の下』に『汚れなき心』、『見捨てられた』か、ますますわからないなとミルドレッドは思った。そんな会話をしているうちにアレックスが時計塔の部屋から降りてきて言った。
「部屋の中庭側の扉を少し開けて、しばらく外を見ていたんだけどあいつが追って来る気配はないな」
「アレックスはあの男の脚にフォークを刺したんでしょ。あれ、わりと大きいフォークだったから、けっこう痛手だったかも」
「そうだな、思いっ切りぶっ刺して、引き抜いてやったから」
ちょっと自慢気に布袋からフォークを見せる、アレックス。それに血が少し付いているのを見てリリアンが嫌な顔をした。
「そんなフォーク使いたくないわ」
「鉄くず屋に持って行くよ。でも、その前に警察に行かないと」
アレックスはそう言うが、警察が相手にしくれるのかどうかわからないなとミルドレッドは思った。四人は簡単な夕食を取った後、眠ることになった。時計塔の部屋に登っていくミルドレッドにアレックスが声をかける。
「なにか危険な雰囲気になったらすぐに降りて来いよ、俺が撃退してやる」
「うん、わかった」
時計塔の部屋に入ると、ミルドレッドは屋上に出る扉を確かめてみる。ハンドルが針金でグルグル巻きにされて、これなら誰も入ってこれないだろうし、無理に入ろうとしたら大きな音がするだろう。そして、反対側の表示板の方の扉を開けてみた。黒い霧は少し晴れている。そっと中庭を見てみるが、人の気配は無い。いくつかかろうじて灯っているガス灯はゴミだらけの中庭をぼんやりと照らしている。汚い中庭を見ながら、あの白いバラの花言葉の『汚れなき心』とはえらい違う光景だなと思った。
そして、ミルドレッドは扉を閉める時に思い付いた。確か、『白いバラ』とは書いてあったが、逆さまだった。何か意味があるのだろうか。パズルやなぞなぞが好きな怪盗フロイド。でも、複雑なことは考え付かなかったようだ。素直に考えると、『汚れなき』を逆に考えたら『汚れている』ではないだろうか。ただ、この貧民街全体が汚れていると言えばそれまでだ。
毛布にくるまって、横になってしばらく考えてみる。アレックスが教えてくれたフロイドが今までしてきたなぞなぞを思い出すと、単なる冗談で行っていたというよりは、多少なりともこの貧民街の人たちを助けようとしていたみたいだ。
ゴミを集めてきれいにするよう促したり、階段を直させたりしていた。前髪から外した『フロイドの鍵』を眺めてみる。自分が襲われたことを考えると、これはやはり本物の『フロイドの鍵』ではないかと思った。ただ、この鍵の秘密を解き明かした結果、財宝が発見されるとは思えなかった。仮に大金を見つけたとしても、それは見つけた人が自分のものにしてしまうだろう。フロイドとしては財宝はこの貧民街のために使いたかったのではないだろうか。
ただ、自分にもしもの時があった場合のためにヒントを添えて、恋人さんに渡したんじゃないのだろうか。それに前にも思ったが、こんな泥棒が多い貧民街の建物に大金を隠すとは思えない。どこか別の場所に隠したのではないだろうか。
ただ、『ヒイラギ』と『白いバラ』、『アネモネ』だけではなんのことかわからない。考えているうちに眠くなったミルドレッドはランプを消そうとして、襲われた恐怖が思い出され油がもったいないが、そのままランプを灯したまま目を瞑った。
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