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第15話:リリアンの病状についてアレックスと相談する
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ミルドレッドはしばらく時計の表示板を眺めた後、西棟の屋上から下りると、アレックスの家に向かう。ちょうど、アレックスが北棟の玄関に入るのが見えた。
「アレックス、全部配り終えたわよ」
「お疲れ様。俺も終わったよ」
「ところで例の『フロイドの鍵』はどうだったの」
「それがさあ、何部屋かの扉に鍵を合わせてみたんだけど、大きさが全然違うんだよな。少なくとも扉の鍵ではなさそうだね、やれやれ」
「やっぱり鍵じゃなくて、ただの髪留めじゃないの。北棟と西棟の建物の扉にも全然合わない感じだったわ」
「うーん、そうなのかなあ。まあ、これは返すよ」
アレックスから『フロイドの鍵』を返してもらったミルドレッドはそれを眺めてみる。やはり鍵の装飾がついた髪留めに過ぎないんだろうなあと思った。そもそも、怪盗フロイドとは何の関係もないただの髪飾りの可能性もあるじゃないかとミルドレッドは前髪にそれを付けた。
「じゃあ、部屋に戻ろうぜ、ポーラの食事も出来ているだろうから」
「うん、わかった」
アレックスと一緒に四階まで上がり、部屋に戻った。扉を開けるとポーラがニコニコしながら出迎えてくれる。
「おかえりなさい、お兄ちゃん、ミルドレッドお姉さん。もう夕食は出来てるよ」
小さい机にはお皿が四枚置いてある。リリアンはすでに椅子に座っていた。その時、ミルドレッドはふと後ろから人の気配を感じた。振り返ると、階段を下りていく男の背中が見えた。がっしりとした体格の男。ほんの一瞬、男が顔を動かした際、頬に傷があるように見えた。背格好から貧民休息所の窓から見た黒いコート姿の背の高い男を思い出してしまった。なんとなくぞっとしてすぐに扉を閉めたミルドレッドだったが、気にしすぎかなとも思った。黒いコートを着た男なんていくらでもいる。
四人で食事をとっていると、リリアンが軽く咳をした。ポーラが心配そうにリリアンを見て言った。
「リリアンお姉ちゃん、大丈夫」
「うん、大丈夫、ちょっとスープが喉に引っかかっただけよ」
ポーラを見て微笑むリリアンだったが、ミルドレッドから見るとやはり肺の調子が悪いのではと思った。こんな首都の汚い空気の中で暮らすよりは、田舎の病院かどこかで静養したほうがいいのではとも思った。しかし、そんなお金の余裕は全くないのだろう。このまま少しずつ悪くして、肺を病んで亡くなってしまった自分の両親のようになってしまうのではないかと心配になった。アレックスと相談したくなったが、リリアン本人に失礼かと思い、リリアンには聞こえないように時計塔の部屋にアレックスを誘うことにした。
食事を済ますとすぐにリリアンはベッドに横になった。ミルドレッドは時計塔の部屋へ縄梯子を上る。そして、アレックスに言った。
「ねえ、アレックス、ちょっと来てくれない。この部屋のことで」
「え、な、なんだい」
なんだか、ちょっと慌てた感じでアレックスも縄梯子を登って来る。ミルドレッドはランプを点けて、蓋を閉めると小声でアレックスに言った。
「リリアンさんのことなんだけど、体の調子はどうなの。お医者さんに診せた方がいいんじゃないのかしら」
すると、アレックスは困った顔で言った。
「実はそうしたいのはやまやまなんだけど、お金が無くてさあ。と言って空気のきれいな田舎に引っ越しても仕事も無いし、それこそ飢え死にだよ」
「一度でもいいからお医者さんに診てもらうことはできないのかしら」
「うーん、とにかくお金を貯めるしかないなあ」
「あたしも協力するわ。稼いだ分の一部を預けるから」
「いや、悪いからいいよ」
「いえ、この家に厄介になっているんで」
ミルドレッドは今日働いた分から一部をアレックスに渡した。
「ありがとう、大切に保管しておくよ」
「そう言えば、あの『オオバコ茶』ってリリアンさんのために作ったのかしら」
「うん、実はそうなんだよ。咳止めになるって話だからね。けど、肺の病にはあまり効果ないみたいだなあ。ただ、多少は元気になるみたいだけど」
「そうなの……」
自分の両親のこともあるし、リリアンの病状が気になったミルドレッドだったが、自分は医者ではないからどうにもならないと思った。早く、リリアンをちゃんとしたお医者さんに診せてあげたい。そこでさきほどの西棟の地下一階に住んでいるハーバート老人の頼み事について思い出した。
「ねえ、アレックス。西棟の地下一階に住んでいるハーバートって人、知ってるかしら」
「いや、西棟にどんな人が住んでるかなんて、ほとんど知らないなあ。この階の人たちくらいだね、顔と名前が一致するのは。そのハーバートさんがどうしたの」
「もうだいぶお年寄りの方なんだけど、今日、『灰ひろい』で一緒になったの。そこで、調子が悪くなったので『オオバコ茶』をあげたら、少し元気になってね。もっとほしいって言われたのよ。お金も払うって。余ってないかしら」
「そうなんだ。実は大量に作っちゃってさあ。なんせ無料だからね。ポーラが張り切り過ぎてさ。だいぶ余ってるから、腐らしてもしょうがないので分けてもいいよ。戸棚の下の段にいっぱい入ってるから持っていったら」
「じゃあ、明日、持って行くわ」
「それより部屋のことってなんのことだよ」
話したかったのはリリアンの健康状態のことで、この部屋のことは関係なかった。しかし、ミルドレッドはハーバート老人の話をしたことで、西棟の屋上から見た時計塔の表示板についてまた思い出した。そこで、アレックスに言ってみようと思った。
「ほら、初めてこの部屋に案内されて眠ろうとした時、ちょっと気になって、この時計塔の表示板がある方の扉を開けて、外を眺めたの。ついでに表示板を見たら、四時の辺りに何かいたずら書きみたいなのが書いてあったのよ。よく見えなかったけど。そして、今日、西棟の屋上へ上って、そこから見たの。遠くて見えなかったけど文字らしきものがやはり書いてあったの。書くというか、何かで刻んでいるような感じだったけど」
「うーん、けど、そのいたずら書きみたいなものがどうしたの」
ミルドレッドは『フロイドの鍵』を前髪から外してアレックスに見せた。
「前にも言ったこと覚えているかしら。この鍵だか髪留めかわからないけど、表面に小さく時計と羽ペンのようなマークが刻みこまれているじゃない。そして、この時計の印は午後四時を指しているのよ。おまけに羽ペンの印もある。つまり、この時計塔の表示板の午後四時の部分に、そのフロイドさんの宝物か何か知らないけど、それがどこにあるか書いてあるんじゃないかって思ったの」
「そんなみんなが見える時計塔の表示板に大切な宝の場所を書いたりするかなあ」
「誰もが見える場所に書くことでかえって注目されないと考えたかもしれないわ。または、この怪盗フロイドさんってあんまり深く考えない人みたいじゃない。おふざけも好きみたいだし。単純に物事を考える人ってことでもなかったかしら。もし自分が死んだ場合は恋人さんにわかるようにしたんじゃないの」
「まあ、確かにそんなに頭のいい人ではなかったようだけどなあ。でも、そうすると怪盗フロイドが、屋上からこの部屋を通って、時計の表示板まで行ったってことなのかあ。そう考えるとちょっと面白いかな」
「ここって、去年はどうゆう状況だったの」
「まあ、物置で使ってたんだけど、鍵なんてかけていなかったよ。だから、屋上からなら誰でも入ることは可能だなあ」
ミルドレッドはフロイドがこっそりとこの部屋に入って、時計の表示板側の扉を開けて、書き込みにいくのを想像してみる。ありえないことではないと思った。
「ちょっと、見てみるか」
そう言って、首を捻りながらも、時計塔の扉を開けるアレックス。
もう外は真っ暗だ。
携帯ランプで表示板の四時辺りを照らして見ている。
「うーん、確かに何か文字らしきものが見えるけど、この角度だと読めないね」
「どうにか読む方法ないかしら」
アレックスは下の方を照らす。出っ張りが見える。
「あの出っ張りを伝っていけば、文字らしき方へ行けそうだなあ。でも、俺、文字は読めないし」
「じゃあ、あたしが行ってみるわ」
「おいおい、今は外は真っ暗だぞ、危ないから明日にしようぜ。今日はもう一日仕事で疲れたことだし、明日の朝に見てみることにしないか」
確かにもう真っ暗で、この出っ張りに人が乗ることが出来るのかどうかもよくわからない。ミルドレッドはアレックスの言うことも、もっともだと思った。
「じゃあ、とりあえず明日の朝ってことで、俺は下の部屋に降りて、もう寝るよ。おやすみ、ミルドレッド」
「おやすみなさい、アレックス」
アレックスは縄梯子を下りる。そして、蓋を閉めた。ミルドレッドは部屋の扉の鍵を閉めようとして、もう一度、下の出っ張りを確かめてみた。ランプで照らしてみる。よく見ると少し崩れているような場所もあった。アレックスには自分が行くと言ってしまったが、大丈夫かと心配になってしまった。無理に見る必要はないし、やめようかと思った。ただ、やはりあの文字は気になる。
一度は確認してみたいと思いながら、ミルドレッドは扉を閉めようして、ふと中庭を見ると、ほとんど壊れたガス灯ばかりの中では数少ない、いまだに灯っている灯の光で人影が見えた。一瞬だけだったが歩き去っていく姿が、この部屋に戻ってきたときに見かけた黒いコート姿の背の高い男に似ているような気がした。ミルドレッドは怖くなって、すぐに扉を閉める。
もしかして、自分は見張られているのだろうか、それとも単なる気のせいだろうか、よくわからなかった。毛布にくるまりながら、ミルドレッドはもう一度よく考えてみる。何であのお婆さんは殺されたのか。何で自分のカバンだけ盗まれたのか。そして、どうも自分を見張っているかのようなあの黒いコート姿の男。前髪から『フロイドの鍵』を取り外してみる。時計と羽ペンの刻印。明日の朝、確認してみようと思いながら、ミルドレッドは眠りに落ちた。
「アレックス、全部配り終えたわよ」
「お疲れ様。俺も終わったよ」
「ところで例の『フロイドの鍵』はどうだったの」
「それがさあ、何部屋かの扉に鍵を合わせてみたんだけど、大きさが全然違うんだよな。少なくとも扉の鍵ではなさそうだね、やれやれ」
「やっぱり鍵じゃなくて、ただの髪留めじゃないの。北棟と西棟の建物の扉にも全然合わない感じだったわ」
「うーん、そうなのかなあ。まあ、これは返すよ」
アレックスから『フロイドの鍵』を返してもらったミルドレッドはそれを眺めてみる。やはり鍵の装飾がついた髪留めに過ぎないんだろうなあと思った。そもそも、怪盗フロイドとは何の関係もないただの髪飾りの可能性もあるじゃないかとミルドレッドは前髪にそれを付けた。
「じゃあ、部屋に戻ろうぜ、ポーラの食事も出来ているだろうから」
「うん、わかった」
アレックスと一緒に四階まで上がり、部屋に戻った。扉を開けるとポーラがニコニコしながら出迎えてくれる。
「おかえりなさい、お兄ちゃん、ミルドレッドお姉さん。もう夕食は出来てるよ」
小さい机にはお皿が四枚置いてある。リリアンはすでに椅子に座っていた。その時、ミルドレッドはふと後ろから人の気配を感じた。振り返ると、階段を下りていく男の背中が見えた。がっしりとした体格の男。ほんの一瞬、男が顔を動かした際、頬に傷があるように見えた。背格好から貧民休息所の窓から見た黒いコート姿の背の高い男を思い出してしまった。なんとなくぞっとしてすぐに扉を閉めたミルドレッドだったが、気にしすぎかなとも思った。黒いコートを着た男なんていくらでもいる。
四人で食事をとっていると、リリアンが軽く咳をした。ポーラが心配そうにリリアンを見て言った。
「リリアンお姉ちゃん、大丈夫」
「うん、大丈夫、ちょっとスープが喉に引っかかっただけよ」
ポーラを見て微笑むリリアンだったが、ミルドレッドから見るとやはり肺の調子が悪いのではと思った。こんな首都の汚い空気の中で暮らすよりは、田舎の病院かどこかで静養したほうがいいのではとも思った。しかし、そんなお金の余裕は全くないのだろう。このまま少しずつ悪くして、肺を病んで亡くなってしまった自分の両親のようになってしまうのではないかと心配になった。アレックスと相談したくなったが、リリアン本人に失礼かと思い、リリアンには聞こえないように時計塔の部屋にアレックスを誘うことにした。
食事を済ますとすぐにリリアンはベッドに横になった。ミルドレッドは時計塔の部屋へ縄梯子を上る。そして、アレックスに言った。
「ねえ、アレックス、ちょっと来てくれない。この部屋のことで」
「え、な、なんだい」
なんだか、ちょっと慌てた感じでアレックスも縄梯子を登って来る。ミルドレッドはランプを点けて、蓋を閉めると小声でアレックスに言った。
「リリアンさんのことなんだけど、体の調子はどうなの。お医者さんに診せた方がいいんじゃないのかしら」
すると、アレックスは困った顔で言った。
「実はそうしたいのはやまやまなんだけど、お金が無くてさあ。と言って空気のきれいな田舎に引っ越しても仕事も無いし、それこそ飢え死にだよ」
「一度でもいいからお医者さんに診てもらうことはできないのかしら」
「うーん、とにかくお金を貯めるしかないなあ」
「あたしも協力するわ。稼いだ分の一部を預けるから」
「いや、悪いからいいよ」
「いえ、この家に厄介になっているんで」
ミルドレッドは今日働いた分から一部をアレックスに渡した。
「ありがとう、大切に保管しておくよ」
「そう言えば、あの『オオバコ茶』ってリリアンさんのために作ったのかしら」
「うん、実はそうなんだよ。咳止めになるって話だからね。けど、肺の病にはあまり効果ないみたいだなあ。ただ、多少は元気になるみたいだけど」
「そうなの……」
自分の両親のこともあるし、リリアンの病状が気になったミルドレッドだったが、自分は医者ではないからどうにもならないと思った。早く、リリアンをちゃんとしたお医者さんに診せてあげたい。そこでさきほどの西棟の地下一階に住んでいるハーバート老人の頼み事について思い出した。
「ねえ、アレックス。西棟の地下一階に住んでいるハーバートって人、知ってるかしら」
「いや、西棟にどんな人が住んでるかなんて、ほとんど知らないなあ。この階の人たちくらいだね、顔と名前が一致するのは。そのハーバートさんがどうしたの」
「もうだいぶお年寄りの方なんだけど、今日、『灰ひろい』で一緒になったの。そこで、調子が悪くなったので『オオバコ茶』をあげたら、少し元気になってね。もっとほしいって言われたのよ。お金も払うって。余ってないかしら」
「そうなんだ。実は大量に作っちゃってさあ。なんせ無料だからね。ポーラが張り切り過ぎてさ。だいぶ余ってるから、腐らしてもしょうがないので分けてもいいよ。戸棚の下の段にいっぱい入ってるから持っていったら」
「じゃあ、明日、持って行くわ」
「それより部屋のことってなんのことだよ」
話したかったのはリリアンの健康状態のことで、この部屋のことは関係なかった。しかし、ミルドレッドはハーバート老人の話をしたことで、西棟の屋上から見た時計塔の表示板についてまた思い出した。そこで、アレックスに言ってみようと思った。
「ほら、初めてこの部屋に案内されて眠ろうとした時、ちょっと気になって、この時計塔の表示板がある方の扉を開けて、外を眺めたの。ついでに表示板を見たら、四時の辺りに何かいたずら書きみたいなのが書いてあったのよ。よく見えなかったけど。そして、今日、西棟の屋上へ上って、そこから見たの。遠くて見えなかったけど文字らしきものがやはり書いてあったの。書くというか、何かで刻んでいるような感じだったけど」
「うーん、けど、そのいたずら書きみたいなものがどうしたの」
ミルドレッドは『フロイドの鍵』を前髪から外してアレックスに見せた。
「前にも言ったこと覚えているかしら。この鍵だか髪留めかわからないけど、表面に小さく時計と羽ペンのようなマークが刻みこまれているじゃない。そして、この時計の印は午後四時を指しているのよ。おまけに羽ペンの印もある。つまり、この時計塔の表示板の午後四時の部分に、そのフロイドさんの宝物か何か知らないけど、それがどこにあるか書いてあるんじゃないかって思ったの」
「そんなみんなが見える時計塔の表示板に大切な宝の場所を書いたりするかなあ」
「誰もが見える場所に書くことでかえって注目されないと考えたかもしれないわ。または、この怪盗フロイドさんってあんまり深く考えない人みたいじゃない。おふざけも好きみたいだし。単純に物事を考える人ってことでもなかったかしら。もし自分が死んだ場合は恋人さんにわかるようにしたんじゃないの」
「まあ、確かにそんなに頭のいい人ではなかったようだけどなあ。でも、そうすると怪盗フロイドが、屋上からこの部屋を通って、時計の表示板まで行ったってことなのかあ。そう考えるとちょっと面白いかな」
「ここって、去年はどうゆう状況だったの」
「まあ、物置で使ってたんだけど、鍵なんてかけていなかったよ。だから、屋上からなら誰でも入ることは可能だなあ」
ミルドレッドはフロイドがこっそりとこの部屋に入って、時計の表示板側の扉を開けて、書き込みにいくのを想像してみる。ありえないことではないと思った。
「ちょっと、見てみるか」
そう言って、首を捻りながらも、時計塔の扉を開けるアレックス。
もう外は真っ暗だ。
携帯ランプで表示板の四時辺りを照らして見ている。
「うーん、確かに何か文字らしきものが見えるけど、この角度だと読めないね」
「どうにか読む方法ないかしら」
アレックスは下の方を照らす。出っ張りが見える。
「あの出っ張りを伝っていけば、文字らしき方へ行けそうだなあ。でも、俺、文字は読めないし」
「じゃあ、あたしが行ってみるわ」
「おいおい、今は外は真っ暗だぞ、危ないから明日にしようぜ。今日はもう一日仕事で疲れたことだし、明日の朝に見てみることにしないか」
確かにもう真っ暗で、この出っ張りに人が乗ることが出来るのかどうかもよくわからない。ミルドレッドはアレックスの言うことも、もっともだと思った。
「じゃあ、とりあえず明日の朝ってことで、俺は下の部屋に降りて、もう寝るよ。おやすみ、ミルドレッド」
「おやすみなさい、アレックス」
アレックスは縄梯子を下りる。そして、蓋を閉めた。ミルドレッドは部屋の扉の鍵を閉めようとして、もう一度、下の出っ張りを確かめてみた。ランプで照らしてみる。よく見ると少し崩れているような場所もあった。アレックスには自分が行くと言ってしまったが、大丈夫かと心配になってしまった。無理に見る必要はないし、やめようかと思った。ただ、やはりあの文字は気になる。
一度は確認してみたいと思いながら、ミルドレッドは扉を閉めようして、ふと中庭を見ると、ほとんど壊れたガス灯ばかりの中では数少ない、いまだに灯っている灯の光で人影が見えた。一瞬だけだったが歩き去っていく姿が、この部屋に戻ってきたときに見かけた黒いコート姿の背の高い男に似ているような気がした。ミルドレッドは怖くなって、すぐに扉を閉める。
もしかして、自分は見張られているのだろうか、それとも単なる気のせいだろうか、よくわからなかった。毛布にくるまりながら、ミルドレッドはもう一度よく考えてみる。何であのお婆さんは殺されたのか。何で自分のカバンだけ盗まれたのか。そして、どうも自分を見張っているかのようなあの黒いコート姿の男。前髪から『フロイドの鍵』を取り外してみる。時計と羽ペンの刻印。明日の朝、確認してみようと思いながら、ミルドレッドは眠りに落ちた。
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