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第14話:チラシを配る
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ミルドレッドは、アレックスと手分けして、『お掃除コンテスト』のチラシを配ることにした。中庭を囲む建物は四棟ある。北棟と西棟をミルドレッド、東棟と南棟をアレックスが担当することにした。ミルドレッドはまずはアレックス一家の部屋がある北棟に向かった。地下一階に下りて部屋の扉の下の隙間からチラシを差し込んでいく。すると、差し込んだある部屋の扉が急に開いた。痩せた男が不機嫌そうな顔でチラシを読んでいる。そして、ミルドレッドを睨みつけた。
「なんだよ、この『お掃除コンテスト』って」
「……あの、このリトル・コラム・ストリートの環境を改善しようというのが主な趣旨です。市長さんも来るそうですよ。部屋をきれいに整理整頓している人には優勝すれば賞金がもらえますが……」
「もう生きていくだけで、精一杯なのに掃除なんかしてられないよ。金持ちの市長が貧乏人の暮らしを見てどうすんだ。優越感に浸ろうとしてるのか。これもあのスプリングフィールド教授の差し金かよ。うっとおしいんだよ、こんなものいらないよ」
その男は紙をミルドレッドに突き返した。仕方なく受け取るミルドレッドだったが、その際にその男の部屋の中が見えた。奥さんらしき人物のほか、子供たちが何人かいるが皆顔色が悪い。部屋もアレックスたちの家より狭い感じがする。スプリングフィールド教授は善意で行っているのだろうけど、それが迷惑な人もいるんだろう。この人もだいぶ荒んでいるなあと思ったミルドレッドは無理にチラシを渡そうとはせずに、さっさと退散した。
その後、四階まで順々とチラシを差し込みながら上っていった。アレックスたちの部屋まで来たミルドレッドは扉を開けてみた。料理のいい匂いがしてくる。ポーラが台所でスープを作っているようだ。ミルドレッドを見たポーラがいつものように挨拶してくる。
「おかえりなさい、ミルドレッドお姉さん。もうすぐ夕食ができるよ」
「ありがとう。けど、今、チラシ配りしているから」
「そのことなら、お兄ちゃんから聞いた。手伝ってくれてるの、ありがとうございます」
ポーラがいつものように丁寧に頭を下げた。
ミルドレッドはベッドに横になっているリリアンに近づいた。どうも今日はリリアンの調子が悪そうだ。そのリリアンが起きて、ミルドレッドに言った。
「……あら、ミルドレッド、チラシ配りを手伝ってくれてるのね、ありがとう」
「いえ、この家にご厄介になっていますので。ところでこのコンテストには参加するんですか」
「うーん、どうしようかしら。お掃除をするだけで、優勝すればお金を貰えるのは魅力よね。ただ、けっこう荷物があって部屋全体をきれいに出来るかしら」
「あたしが使っている上の時計塔の部屋に細々としたものは突っ込んじゃえばいいんじゃないですか。それで審査を受ければいいと思いますけど」
「なんだか少しズルをすることになるわね。まあ、このことはアレックスと相談するわ」
だるそうにまたベッドに横になるリリアンを見て少し心配になったが、ポーラがいるから大丈夫だろうと、ミルドレッドはアレックスの部屋を出るとチラシ配りを再開した。北棟の他の部屋に全部配った後、一階に下りて、次は西棟に向かった。ポーラの料理を早く食べたいミルドレッドはさっさと配り終わろうと、地下一階から順番にチラシを差し込んでいく。
地下一階の部屋を配り終えたミルドレッドが上の階に行こうと廊下を歩いていると、階段を下りてくる人がいた。お年寄りらしい。すれ違う時、会釈すると向こうから話しかけられた。
「あんた、ここに住んでたのか」
よく見ると、今日の昼間の仕事『灰ひろい』の途中で調子の悪くなったお爺さんだった。
「まだ名乗ってなかったね。わしの名前はジョセフ・ハーバートだ」
「ミルドレッド・ルークラフトと言います。あの、その後の体調はいかがですか」
「だいぶよくなったよ。ところでオオバコって雑草だよなあ」
「そうみたいですね」
「雑草も馬鹿にはできないってことか。ところで、オオバコの花言葉を知ってるかね」
「いえ、あたしは花や植物には詳しくないので、全然知りません」
「確かねえ、『足跡』じゃなかったかな。もうそこら中に生えてるんで、人に何度も踏まれるからそうつけられたのかもしれない。でも、それでも生きていく強い生命力があるから、あの『オオバコ茶』も効果があったのかもしれないなあ」
男性でも花言葉なんて興味を持つのかとミルドレッドはちょっと驚いた。それともこのハーバート老人も昔は農村に住んでいたのかなあとも思った。そんなミルドレッドにハーバートが聞いてきた。
「ところで、あんた、ここで何をしてるんだ」
「あの『お掃除コンテスト』のチラシを配ってます」
ミルドレッドはチラシを老人に見せた。そのチラシの内容を読んだ後、ハーバートが言った。
「ふーん、まあ、わしの部屋はごちゃごちゃだし、腰やら足も痛いし、今さら、掃除をする気にはならないなあ。これ、全部屋を市長も見て回るのかね」
「いえ、申し込んだ部屋だけですね」
「そうだよな。わざわざ、市長がここの建物の貧乏人の部屋を全部見回るわけないよなあ。そうだ、あの『オオバコ茶』なんだけど、またいただけないかなあ。わしも貧乏だけど多少のお金は出すよ」
「わかりました。ただ、友人から貰ったものなんで、多分、余っていると思いますが、相談して今度持ってきます」
「ありがとう。よろしく頼むよ。じゃあ、お疲れさん」
ハーバートと名乗る老人は地下一階の一番端っこの部屋に向かった。一人暮らしかなあとミルドレッドは思ったが、あまり、他人の家庭について詮索するのはやめた。その後、上の階を順番に回って行く。各部屋の扉の下に差し込みながら、ちょっと扉の鍵穴を見てみたりする。どの部屋も同じ大きさで、あの小さい『フロイドの鍵』とは全然合いそうにもない。
ただ、ミルドレッドはこの貧民街に逃げ込んで来た時を思い出した。アレックスの家の上の時計塔の部屋から外への扉を開けて、表示板を見た時、たしか何か文字が見えた。そこで、ミルドレッドはチラシを全部配り終えた後、西棟の屋上まで上って、そこから北棟に近づいて、時計塔を眺めてみた。すでに針もなく単なる丸い板に過ぎない時計板。遠くてよく見えないが、やはり四時を示すくらいのところに何か書いてあるのが見える。前に見た時と同様に、書くというか、刻んでいるような感じだ。しかし、あの文字が『フロイドの鍵』と関係があるかどうかはわからない。ただ、あんな場所にいたずら書きなんてするだろうか、いや、いたずら心を持っていたらしい怪盗フロイドならやりかねないとミルドレッドは思った。
「なんだよ、この『お掃除コンテスト』って」
「……あの、このリトル・コラム・ストリートの環境を改善しようというのが主な趣旨です。市長さんも来るそうですよ。部屋をきれいに整理整頓している人には優勝すれば賞金がもらえますが……」
「もう生きていくだけで、精一杯なのに掃除なんかしてられないよ。金持ちの市長が貧乏人の暮らしを見てどうすんだ。優越感に浸ろうとしてるのか。これもあのスプリングフィールド教授の差し金かよ。うっとおしいんだよ、こんなものいらないよ」
その男は紙をミルドレッドに突き返した。仕方なく受け取るミルドレッドだったが、その際にその男の部屋の中が見えた。奥さんらしき人物のほか、子供たちが何人かいるが皆顔色が悪い。部屋もアレックスたちの家より狭い感じがする。スプリングフィールド教授は善意で行っているのだろうけど、それが迷惑な人もいるんだろう。この人もだいぶ荒んでいるなあと思ったミルドレッドは無理にチラシを渡そうとはせずに、さっさと退散した。
その後、四階まで順々とチラシを差し込みながら上っていった。アレックスたちの部屋まで来たミルドレッドは扉を開けてみた。料理のいい匂いがしてくる。ポーラが台所でスープを作っているようだ。ミルドレッドを見たポーラがいつものように挨拶してくる。
「おかえりなさい、ミルドレッドお姉さん。もうすぐ夕食ができるよ」
「ありがとう。けど、今、チラシ配りしているから」
「そのことなら、お兄ちゃんから聞いた。手伝ってくれてるの、ありがとうございます」
ポーラがいつものように丁寧に頭を下げた。
ミルドレッドはベッドに横になっているリリアンに近づいた。どうも今日はリリアンの調子が悪そうだ。そのリリアンが起きて、ミルドレッドに言った。
「……あら、ミルドレッド、チラシ配りを手伝ってくれてるのね、ありがとう」
「いえ、この家にご厄介になっていますので。ところでこのコンテストには参加するんですか」
「うーん、どうしようかしら。お掃除をするだけで、優勝すればお金を貰えるのは魅力よね。ただ、けっこう荷物があって部屋全体をきれいに出来るかしら」
「あたしが使っている上の時計塔の部屋に細々としたものは突っ込んじゃえばいいんじゃないですか。それで審査を受ければいいと思いますけど」
「なんだか少しズルをすることになるわね。まあ、このことはアレックスと相談するわ」
だるそうにまたベッドに横になるリリアンを見て少し心配になったが、ポーラがいるから大丈夫だろうと、ミルドレッドはアレックスの部屋を出るとチラシ配りを再開した。北棟の他の部屋に全部配った後、一階に下りて、次は西棟に向かった。ポーラの料理を早く食べたいミルドレッドはさっさと配り終わろうと、地下一階から順番にチラシを差し込んでいく。
地下一階の部屋を配り終えたミルドレッドが上の階に行こうと廊下を歩いていると、階段を下りてくる人がいた。お年寄りらしい。すれ違う時、会釈すると向こうから話しかけられた。
「あんた、ここに住んでたのか」
よく見ると、今日の昼間の仕事『灰ひろい』の途中で調子の悪くなったお爺さんだった。
「まだ名乗ってなかったね。わしの名前はジョセフ・ハーバートだ」
「ミルドレッド・ルークラフトと言います。あの、その後の体調はいかがですか」
「だいぶよくなったよ。ところでオオバコって雑草だよなあ」
「そうみたいですね」
「雑草も馬鹿にはできないってことか。ところで、オオバコの花言葉を知ってるかね」
「いえ、あたしは花や植物には詳しくないので、全然知りません」
「確かねえ、『足跡』じゃなかったかな。もうそこら中に生えてるんで、人に何度も踏まれるからそうつけられたのかもしれない。でも、それでも生きていく強い生命力があるから、あの『オオバコ茶』も効果があったのかもしれないなあ」
男性でも花言葉なんて興味を持つのかとミルドレッドはちょっと驚いた。それともこのハーバート老人も昔は農村に住んでいたのかなあとも思った。そんなミルドレッドにハーバートが聞いてきた。
「ところで、あんた、ここで何をしてるんだ」
「あの『お掃除コンテスト』のチラシを配ってます」
ミルドレッドはチラシを老人に見せた。そのチラシの内容を読んだ後、ハーバートが言った。
「ふーん、まあ、わしの部屋はごちゃごちゃだし、腰やら足も痛いし、今さら、掃除をする気にはならないなあ。これ、全部屋を市長も見て回るのかね」
「いえ、申し込んだ部屋だけですね」
「そうだよな。わざわざ、市長がここの建物の貧乏人の部屋を全部見回るわけないよなあ。そうだ、あの『オオバコ茶』なんだけど、またいただけないかなあ。わしも貧乏だけど多少のお金は出すよ」
「わかりました。ただ、友人から貰ったものなんで、多分、余っていると思いますが、相談して今度持ってきます」
「ありがとう。よろしく頼むよ。じゃあ、お疲れさん」
ハーバートと名乗る老人は地下一階の一番端っこの部屋に向かった。一人暮らしかなあとミルドレッドは思ったが、あまり、他人の家庭について詮索するのはやめた。その後、上の階を順番に回って行く。各部屋の扉の下に差し込みながら、ちょっと扉の鍵穴を見てみたりする。どの部屋も同じ大きさで、あの小さい『フロイドの鍵』とは全然合いそうにもない。
ただ、ミルドレッドはこの貧民街に逃げ込んで来た時を思い出した。アレックスの家の上の時計塔の部屋から外への扉を開けて、表示板を見た時、たしか何か文字が見えた。そこで、ミルドレッドはチラシを全部配り終えた後、西棟の屋上まで上って、そこから北棟に近づいて、時計塔を眺めてみた。すでに針もなく単なる丸い板に過ぎない時計板。遠くてよく見えないが、やはり四時を示すくらいのところに何か書いてあるのが見える。前に見た時と同様に、書くというか、刻んでいるような感じだ。しかし、あの文字が『フロイドの鍵』と関係があるかどうかはわからない。ただ、あんな場所にいたずら書きなんてするだろうか、いや、いたずら心を持っていたらしい怪盗フロイドならやりかねないとミルドレッドは思った。
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