フロイドの鍵

守 秀斗

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第13話:お掃除コンテストの件

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 ゴミ回収業者の担当者が来たので、ミルドレッドは労働者登録を済ませる。しばらくすると荷馬車がやって来た。市の各地にあるゴミ捨て場から石炭の灰殻を積んでいる。広場に次々と馬車がやってきては大量の灰が処理場に降ろされる。労働者たちはそれをふるいにかける。もうもうと灰と塵が舞う中、口の中にゴミが入らないよう、ミルドレッドはマフラーをしたまま作業をした。単純作業を延々と続けているうちに昼になった。

 休憩時間になったので、ミルドレッドは屋台で皮ごと焼いたジャガイモを二個買った。他にもプディングとか売っていたが、何の肉を使っているかわからない。わけのわからないものを食べてお腹を壊すより、焼いたばかりのジャガイモの方が味は塩味だけだが、その方がましだ。

 労働者たちは処理場の隅っこで食事をとっている。仲間で来たのか、お喋りしながら食べている者もいれば、一人でただ寂しく食べている者もいる。ミルドレッドも特に知り合いはいないので、一人で昼食をとっていると、近くで食事を終えた男が今朝の新聞をそのままにして処理場の方へ歩いていった。新聞は捨てたのだろう。ミルドレッドはそれを拾って、内容を読んでみた。

 例の連続殺人鬼オールストンの話がかなり載っていた。二十人も殺すなんてろくでもない奴だなとミルドレッドは思ったが、やはり違和感を感じてしまう。被害者には男性も多く含まれていたが、警察署の前で護送される貧弱な小男のオールストンを思い出して、あの男にここまで大勢の人を殺すことができるのだろうかとやはり疑問に思った。

 自分が逮捕されるきっかけになった、あの貧民休息所でのお婆さんや警備員を殺した人物は、もしかするとこのオールストンとは別人ではないだろうか。そう考えると、まだ真犯人は野放しだ。ミルドレッドは急に怖くなり、辺りを見回した。あの日、窓から外を見た時、ガス灯の下に立っていた大柄の男。その男に似たような人物を思わず探してしまったが、周りにいるのは痩せた労働者の男たち、それに女性や子供たちだけだ。特に不審な人物は見当たらなかった。

 そして、ミルドレッドは自分のカバンだけ盗まれたことも思い出した。前髪を留めている『フロイドの鍵』をはずして眺めてみる。この髪留めが目当てなのだろうか。ミルドレッドは警察に知らせようかと思ったが、もうオールストンという犯人を捕まえて、警察はそれで事件を解決したことにするだろう。自分の訴えを聞いてくれるとは思えないし、そもそもこんな髪飾りのために人を殺したりするだろうか。やはり自分の思い違いかとまた髪留めを元に戻した。

 昼食後、また単純作業を延々と繰り返す。だいぶ疲れてきたところで、隣で働いていたお爺さんが突然、呻いて膝をついた。びっくりして、ミルドレッドは声をかける。

「大丈夫ですか」
「ああ、ちょっと腹が痛くなってな」

 お腹をさすっているお年寄りの男性をミルドレッドは広場の隅っこまで支えてやる。その老人に、労働を監督している男の罵声が飛んだ。

「おい、さぼるなよ。賃金を出さないぞ」
「さぼってるんじゃないですよ。この方、調子が悪いようなんですけど」

 監督官に文句を言うミルドレッドだったが、老人に止められた。

「あいつを怒らせて、お金を貰えなかったら、まずい。ちょっとだけ休めば大丈夫だと思う」
「でも、調子悪そうですよ」
「もう年寄りなんでなあ。腰も悪いし、足も悪いし、やれやれだよ」

 すっかり疲れた感じで座り込む老人。そこでミルドレッドは、朝、出てくる時にアレックスから貰った『オオバコ茶』のことを思い出した。急な腹痛に効果はあるかわからないが、カバンから小瓶を取り出して、老人に見せる。

「あの、これ胃腸に効くオオバコ茶って薬みたいなものなんですけど」
「ああ、すまないな。貰っていいのか」
「ええ、どうぞ」

 自分もさぼっていると思われるとまずいので、一旦、「灰ひろい」の現場に戻る。しばらくして、老人も戻って来た。瓶をミルドレッドに返しながら話しかけてきた。

「何だか、ちょっと元気が出て来たよ。お代はいくらかね」
「いえ、お金はいりません」
「そうか、本当にありがとうな」

 どうやら、老人の調子は少しはよくなったらしい。オオバコ茶のおかげか、それとも気分の問題なのかはわからない。そして、今日はゴミの回収量が少なかったのか、午後四時前には作業は終了してしまった。

 その日の賃金を貰うとミルドレッドはアレックスの家がある貧民街に向かった。一日中、ただふるいにかける作業を続けていたので、少し腰が痛い。低賃金労働者は体を壊したら浮浪者になるしかない。もっと楽な仕事はないかなあと考えるが、残念ながら何も思い付かなかった。

 ミルドレッドが貧民街に到着し、建物に囲まれている中庭に入ると、半袖シャツ来た少年が紙の束を持って歩いているのが見えた。よく見るとアレックスだった。ミルドレッドは思わず声をかけた。

「アレックス、何やってんの」

 ミルドレッドに声をかけられて、アレックスが振り向く。

「なんだ、ミルドレッドか。『灰ひろい』の方は終わったのか」
「うん、今日はゴミの量が少なくて、割と早く終わったの。ところで、その紙の束は何なの」
「チラシさ」
「何のチラシ」

 アレックスが一枚、ミルドレッドにチラシを渡す。その紙には『お掃除コンテスト』と書かれてあった。

「何のこと、『お掃除コンテスト』って」
「煙突掃除が終わって、戻ってきたらスプリングフィールド教授に頼まれてさあ。ローディニア大学の医学部のお偉い教授だよ。もう仕事代金も前金でもらっちゃった。慈善活動も積極的に行っていて、この貧民街にいろんな支援もしてくれてるんだ。ただ、教授も、お金や食料とか配布したり支援だけしていても、この貧民街の住民の生活向上にはあまり役に立たないと気づいたみたい」
「なんで支援だけじゃあ、だめなの」
「そりゃ、ただ支援物資をもらうだけじゃあ、それを消費して終わりじゃん。住民たち自身がもっとこの貧民街を良くしていくように考えていかないと、例の再開発の餌食になっちまうよ。そんなわけでとりあえず自分たちの住んでいる部屋からきれいにしようってことで、そのコンテストを開催することにしたみたい。優勝者には賞金も出すみたいだよ。教授のポケットマネーからみたいだけどね」

 アレックスの話を聞いて、ミルドレッドはリリアンが教えてくれた『お花品評会』、そして、リリアンがお花を育てているだけでも元気が出ると言っていたのも思い出した。

「ねえ、アレックス。もしかして、『お花品評会』ってのも、そのスプリングフィールド教授が考え付いたのかしら」
「あれ、なんで『お花品評会』のこと知ってるの」
「リリアンさんに教えてもらったのよ。なんだか今回の花はゼラニウムが対象だって言ってたんだけど」
「そうなんだよ。植物を育てることで貧しい人たちのすさんだ心を癒す効果があるんじゃないかって思ったようだね。後、現実に植物が部屋の空気の清浄したりと、この貧民街の環境改善に役立つんじゃないかって。実際、少しは効果があったみたい。みんな最初は賞金目当てだったんだけど、その後も品評会とは関係なく植物を育てる人が増えたり、多少はこの貧民街がきれいになることに役立ったみたいだね」

 ミルドレッドは中庭を囲む建物を眺めてみる。黒い霧が邪魔をしてよく見えないが、窓の張り出した部分に植物の鉢を置いている部屋が多いのに気づいた。リリアンが言っていたように、貧しい人たちには、単に花を窓辺に飾るだけでなく、心の深いところで、慰めになるのだろう。そのことでこの貧民街の環境が少しでもよくするのが、そのスプリングフィールド教授の目的かなとミルドレッドは思った。

 ミルドレッドが周囲を眺めているとアレックスが言った。

「そうだ、ミルドレッド。例の『フロイドの鍵』をちょっと貸してくれないか」
「何するの」
「全ての部屋にチラシを配るんだけど、『フロイドの鍵』が合うかどうか試してみたいんだ」
「え! そんな全部屋をいちいち調べるの」
「そんなことはしないよ。それぞれの建物の階の一部屋くらいだな。だいたい建物の鍵の部分なんて大きさは同じだろ。ただ、その鍵って部屋の鍵に使うには小さいんだよなあ。本当に鍵なのかわからないけど」

 ミルドレッドは前髪から髪留めを外してアレックスに渡した。そして、全部屋配布するのは大変そうだと思い、アレックスに申し出た。

「そのチラシ配り、あたしも手伝おうか」
「え、いいの、助かる。じゃあ、報酬は半分ずつってことで」
「いらないわ。と言うか、あたしの分の食費の支払に当ててくれないかしら」
「わかった。じゃあ、チラシを半分渡すから、各部屋の扉の下の隙間から入れてくれないか」

 ミルドレッドは『お掃除コンテスト』のチラシを半分、アレックスから渡された。ちゃんと中身を読んでみると、『お花品評会』と同日の日曜日の午後に開催され、きれいに整理整頓された部屋に対して賞を与える、というものだった。審査員が実際に部屋を訪ねて審査をするようだ。

 参加条件はただひとつ、リトル・コラム・ストリートの建物の部屋に住んでいることだけとある。審査員には市長や市議会の議員も含まれているようだ。スプリングフィールド教授は市長や市議たちにきれいな部屋を見せて、再開発を中止させるつもりかもしれないなあとミルドレッドは思った。ただ、ここの住民には犯罪に手を染めているような人もいるので、応募者が集まるのかなあとも思った。
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