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第10話:警察に行く
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次の日、ミルドレッドは警察に行くことにした。今日は昨日ほど寒くない。コート無しのジャケット姿でも大丈夫だ。ただ、アレックスの家には下水道を通って来たので、道がよくわからない。
そこで、少し遠回りになるが貧民街の南にある大通りをつかって警察署へ向かうことにした。大通りに出ると、通勤する人や荷馬車でごった返している。この大通りには大きい教会もある。朝食用の食事を売っている屋台などが連なっている道を歩きながら、警察署の入口に行くと、大勢の警官が警察署の玄関前にいた。野次馬も大勢いる。どうやら、例の連続殺人鬼テッド・オールストンは首都のローディアの中央警察本部に護送されるらしい。
ミルドレッドも野次馬たちに混じって興味深く見ていると、オールストンががっちりした体格の警官に囲まれて出てきた。野次馬たちからはいっせいに罵声が飛ぶが、犯人のオールストンは平然としてニヤニヤと笑うばかりだ。しかし、その顔は傷だらけだ。一般市民に捕まる時かなりの暴行を受けたらしい。新聞の写真で見たように瘦せこけた背の低い男だなとミルドレッドは思った。
オールストンは、そのまま警察の馬車に乗せられる。野次馬の中には、オールストンが乗って動き出した馬車に石を投げつける人もいて、ちょっとした騒ぎになっている。ミルドレッドは昨夜、眠るときに考えたように、あんな貧相な男に女性ならともかくあの体格のいい警備員を殺せたのかなあと再度思った。
でも、確かあの時、眠そうにしていたから、あの警備員は居眠りでもして隙が出来てしまったんだろうかとも思った。その時に殺されてしまったのだろうか。ミルドレッドは不思議に思ったが、まあ、とにかく自分の疑いは晴れただろうと野次馬たちがいなくった後、警察署の中に入った。
もし、自分が逃げる時に誰が手伝ったかを聞かれた時は、アレックスではなく、知り合いだったアルコール依存症になったあげく、もう死んでしまった男の名前を出すつもりだった。
受付で事情を話すと、やはり彼女の予想通り、罪には問われないようだ。真犯人は逮捕されたんで冤罪ということになる。取り調べた警官が出てきて、ミルドレッドの顔を見て気まずい顔をしている。確か、オブライエンって名前だったなとミルドレッドは思い出した。
「あたしの嫌疑は晴れたんですよね」
「ああ、そうだが」
「じゃあ、取り上げたあたしの荷物を返してもらいませんか」
ミルドレッドは自分の荷物を返すように言った。すると、応対した警官のオブライエンは嫌な顔をした。
「それがなあ、盗まれたんだよ」
「え、警察に泥棒が入ったんですか」
「まあ、そういう事になるな。警察に泥棒に入るなんてとんでもない奴がいるよな」
連続殺人鬼は一般市民が捕まえてしまうし、今度は警察署で盗みが発生したことで警官たちは、皆、機嫌が悪そうだ。しかし、管理責任というものが警察にはあるのではミルドレッドは思った。
「弁償とかしてくれないのですか」
「ちょっと無理だな。まあ、盗んだ泥棒が捕まったら連絡するよ。あんたの今の住所を教えてくれないか。ただ、もし訴えるなら勝手にしてくれよ。その代わり、こちらもあんたを器物破損罪で逮捕してもいいんだぞ。留置場の天井に傷をつけたんだからな。誰に逃がしてもらったかはもう聞く気もしないがな」
オブライエンの脅しに対して、ミルドレッドは不快な気分になった。しかし、あまり警察を怒らせるのはまずいと思い、荷物はあきらめることにした。ただ、少しは文句も言いたくなった。
「他の留置されていたみなさんも荷物を盗まれて泣き寝入りってことですね。これからは、警察も、留置されている人たちはまだ容疑者なんだからその人の私物の管理は徹底してほしいですね」
「いや、それが盗まれたのはあんたのカバンだけなんだよ。他の留置されていた連中の持ち物はそのままだった」
「え、なんであたしの荷物だけ盗まれたんですか」
「知るかよ。泥棒に聞いてくれよ」
オブライエンの不遜な態度に腹を立てながら警察の建物を出たミルドレッドだったが、アレックスの家に帰る途中、どうも変な話だなとも思った。自分のカバンなんてボロいしろもので中身も着替えとほんのわずかなお金しか入っていない。一番高価といえるのは水筒に入っていた飲料水くらいだ。なんで自分のカバンだけ盗まれたんだろうと不思議だった。
しかし、一応、疑いは晴れたので、明日からは堂々と働くこともできるので、それで我慢するしかないかと思いアレックスの家に戻ることにした。ただ、コートがなくなったのはつらいなとも思った。もうすぐ、真冬になる。父の形見のコートは重宝していた。
そして、両親と一緒に写っている写真が入っていたロケット。まだ、ミルドレッドが小さい頃の写真が入っていた。その写真を撮影した頃は、全然、自分の顔のアザなんて気にしていない、ニコニコ笑っている自分が写っている。両親は気にしていただろうが、それでも写真の中で穏やかに笑っていた。自分にとっては、ほぼ唯一の家族との思い出だったのに、それを失くしてしまったことはミルドレッドにとっては非常にくやしいことでもあった。
ミルドレッドは再び大通りを使って、リトル・コラム・ストリートに向かった。戻ると、家にはアレックスがいた。リリアンはベッドで寝ている。ポーラは花売りで外に出かけているようだ。
「あれ、アレックス、仕事はどうしたの」
「今日の煙突掃除は午前中で終わったんだよ。それで、警察ではどうだったんだ。荷物は返してもらったのか」
「それが泥棒が入って、あたしのカバンだけ盗まれちゃったの」
「へえ、警察に盗みに入るって大胆な泥棒だなあ。けどさあ、お前の荷物だけ盗まれるって変じゃないか」
「うん、あたしもなぜだろうと思って詳しく聞きたかったんだけど、警官の態度がひどくて相手にしてくれなかった」
「うーん……」
アレックスが少し考えている。
「なあ、お前は殺されたお婆さんが寝ていた二段ベッドの上段で寝ていたんだよな」
「そうよ」
「連続殺人鬼は逮捕されたけど、よく考えたら今まで若い女性、しかも売春婦ばっかり狙っていたのに、なんでお婆さんを殺すのかなあって思ってさ。市民たちに捕まる寸前でも、売春婦を狙っていたみたいなんだ。そのお婆さんと警備の人を殺したのは本当に連続殺人鬼の仕業なのかなあって」
「確か、新聞の記事では橋の上で女性を殺した際に顔を見られたからって書いてあったようだけど」
「ただ、その橋で殺された女性も若くはないし、売春婦でもないらしいんだよなあ」
また、アレックスが何事か考えている。しばらくして、ミルドレッドに聞いてきた。
「お前、その殺されたお婆さんから何か聞いてないか。または預かってないのか、何か重要なものとか」
「別に殺されちゃうほど大事なものなんて預かってないわよ。お婆さんとも大した会話はしなかったし」
そう言った時、ミルドレッドはお婆さんから髪留めをもらったことを思い出した。前髪から外すとアレックスに見せた。
「この髪留め、飲み水をあげた代わりにお婆さんからもらったんだけど」
その髪留めを見て、アレックスが驚いている。
「これ、もしかして『フロイドの鍵』じゃないか!」
そこで、少し遠回りになるが貧民街の南にある大通りをつかって警察署へ向かうことにした。大通りに出ると、通勤する人や荷馬車でごった返している。この大通りには大きい教会もある。朝食用の食事を売っている屋台などが連なっている道を歩きながら、警察署の入口に行くと、大勢の警官が警察署の玄関前にいた。野次馬も大勢いる。どうやら、例の連続殺人鬼テッド・オールストンは首都のローディアの中央警察本部に護送されるらしい。
ミルドレッドも野次馬たちに混じって興味深く見ていると、オールストンががっちりした体格の警官に囲まれて出てきた。野次馬たちからはいっせいに罵声が飛ぶが、犯人のオールストンは平然としてニヤニヤと笑うばかりだ。しかし、その顔は傷だらけだ。一般市民に捕まる時かなりの暴行を受けたらしい。新聞の写真で見たように瘦せこけた背の低い男だなとミルドレッドは思った。
オールストンは、そのまま警察の馬車に乗せられる。野次馬の中には、オールストンが乗って動き出した馬車に石を投げつける人もいて、ちょっとした騒ぎになっている。ミルドレッドは昨夜、眠るときに考えたように、あんな貧相な男に女性ならともかくあの体格のいい警備員を殺せたのかなあと再度思った。
でも、確かあの時、眠そうにしていたから、あの警備員は居眠りでもして隙が出来てしまったんだろうかとも思った。その時に殺されてしまったのだろうか。ミルドレッドは不思議に思ったが、まあ、とにかく自分の疑いは晴れただろうと野次馬たちがいなくった後、警察署の中に入った。
もし、自分が逃げる時に誰が手伝ったかを聞かれた時は、アレックスではなく、知り合いだったアルコール依存症になったあげく、もう死んでしまった男の名前を出すつもりだった。
受付で事情を話すと、やはり彼女の予想通り、罪には問われないようだ。真犯人は逮捕されたんで冤罪ということになる。取り調べた警官が出てきて、ミルドレッドの顔を見て気まずい顔をしている。確か、オブライエンって名前だったなとミルドレッドは思い出した。
「あたしの嫌疑は晴れたんですよね」
「ああ、そうだが」
「じゃあ、取り上げたあたしの荷物を返してもらいませんか」
ミルドレッドは自分の荷物を返すように言った。すると、応対した警官のオブライエンは嫌な顔をした。
「それがなあ、盗まれたんだよ」
「え、警察に泥棒が入ったんですか」
「まあ、そういう事になるな。警察に泥棒に入るなんてとんでもない奴がいるよな」
連続殺人鬼は一般市民が捕まえてしまうし、今度は警察署で盗みが発生したことで警官たちは、皆、機嫌が悪そうだ。しかし、管理責任というものが警察にはあるのではミルドレッドは思った。
「弁償とかしてくれないのですか」
「ちょっと無理だな。まあ、盗んだ泥棒が捕まったら連絡するよ。あんたの今の住所を教えてくれないか。ただ、もし訴えるなら勝手にしてくれよ。その代わり、こちらもあんたを器物破損罪で逮捕してもいいんだぞ。留置場の天井に傷をつけたんだからな。誰に逃がしてもらったかはもう聞く気もしないがな」
オブライエンの脅しに対して、ミルドレッドは不快な気分になった。しかし、あまり警察を怒らせるのはまずいと思い、荷物はあきらめることにした。ただ、少しは文句も言いたくなった。
「他の留置されていたみなさんも荷物を盗まれて泣き寝入りってことですね。これからは、警察も、留置されている人たちはまだ容疑者なんだからその人の私物の管理は徹底してほしいですね」
「いや、それが盗まれたのはあんたのカバンだけなんだよ。他の留置されていた連中の持ち物はそのままだった」
「え、なんであたしの荷物だけ盗まれたんですか」
「知るかよ。泥棒に聞いてくれよ」
オブライエンの不遜な態度に腹を立てながら警察の建物を出たミルドレッドだったが、アレックスの家に帰る途中、どうも変な話だなとも思った。自分のカバンなんてボロいしろもので中身も着替えとほんのわずかなお金しか入っていない。一番高価といえるのは水筒に入っていた飲料水くらいだ。なんで自分のカバンだけ盗まれたんだろうと不思議だった。
しかし、一応、疑いは晴れたので、明日からは堂々と働くこともできるので、それで我慢するしかないかと思いアレックスの家に戻ることにした。ただ、コートがなくなったのはつらいなとも思った。もうすぐ、真冬になる。父の形見のコートは重宝していた。
そして、両親と一緒に写っている写真が入っていたロケット。まだ、ミルドレッドが小さい頃の写真が入っていた。その写真を撮影した頃は、全然、自分の顔のアザなんて気にしていない、ニコニコ笑っている自分が写っている。両親は気にしていただろうが、それでも写真の中で穏やかに笑っていた。自分にとっては、ほぼ唯一の家族との思い出だったのに、それを失くしてしまったことはミルドレッドにとっては非常にくやしいことでもあった。
ミルドレッドは再び大通りを使って、リトル・コラム・ストリートに向かった。戻ると、家にはアレックスがいた。リリアンはベッドで寝ている。ポーラは花売りで外に出かけているようだ。
「あれ、アレックス、仕事はどうしたの」
「今日の煙突掃除は午前中で終わったんだよ。それで、警察ではどうだったんだ。荷物は返してもらったのか」
「それが泥棒が入って、あたしのカバンだけ盗まれちゃったの」
「へえ、警察に盗みに入るって大胆な泥棒だなあ。けどさあ、お前の荷物だけ盗まれるって変じゃないか」
「うん、あたしもなぜだろうと思って詳しく聞きたかったんだけど、警官の態度がひどくて相手にしてくれなかった」
「うーん……」
アレックスが少し考えている。
「なあ、お前は殺されたお婆さんが寝ていた二段ベッドの上段で寝ていたんだよな」
「そうよ」
「連続殺人鬼は逮捕されたけど、よく考えたら今まで若い女性、しかも売春婦ばっかり狙っていたのに、なんでお婆さんを殺すのかなあって思ってさ。市民たちに捕まる寸前でも、売春婦を狙っていたみたいなんだ。そのお婆さんと警備の人を殺したのは本当に連続殺人鬼の仕業なのかなあって」
「確か、新聞の記事では橋の上で女性を殺した際に顔を見られたからって書いてあったようだけど」
「ただ、その橋で殺された女性も若くはないし、売春婦でもないらしいんだよなあ」
また、アレックスが何事か考えている。しばらくして、ミルドレッドに聞いてきた。
「お前、その殺されたお婆さんから何か聞いてないか。または預かってないのか、何か重要なものとか」
「別に殺されちゃうほど大事なものなんて預かってないわよ。お婆さんとも大した会話はしなかったし」
そう言った時、ミルドレッドはお婆さんから髪留めをもらったことを思い出した。前髪から外すとアレックスに見せた。
「この髪留め、飲み水をあげた代わりにお婆さんからもらったんだけど」
その髪留めを見て、アレックスが驚いている。
「これ、もしかして『フロイドの鍵』じゃないか!」
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