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第78話:安全企画室長(局長級)になった
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私の名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国安全企画室長(局長級)だ。
局長って言っても、官房長官に怒鳴られてばかり。
もう疲れた。
ずうっとベッドで眠っていたい。
顔も、表情もなんだか暗くなったような気がする。
もう二十八歳か。
うら若きじゃないよなあ。
十六歳の頃が懐かしい。
最近、体が重くなった感じ。
体重はほとんど変わってないけど。
鏡で自分の顔をみたら小さいシミを発見。
やれやれ。
年を取ってしまった。
タバコも吸わなくなった。
もともと好きじゃなかったしね。
煙いだけ。
タバコなんぞ、イキがって吸ってただけだ。
万引きもしなくなった。
面倒だ。
お酒もたしなむ程度になった。
二日酔いとか全然無し。
寝相も悪くなくなった。
ベッドから転げ落ちることなんて皆無。
仕事も、最近は割と真面目にやっている。
官報整理が多いけど。
私は、もう大人になったということかな。
その代わり、歯は悪くなった。
虫歯が痛い。
歯医者に行こうとしたら、保険証を失くしていたことに気が付いた。
共済組合に行って、再発行してもらおう。
ん? 一人称は「あたし」じゃなかったのかって?
私はもう二十八歳の大人なんですよ。
「あたし」より「私」のほうがしっくりする。
今日は、告白の日。
恋愛ではありません。
依存症患者の集会に参加して、告白する。
集会場に行くと、みんな暗い顔している。
お酒やら、薬やら、ギャンブルやら、いろんな依存症の人たちがいた。
「えーと、私はギャンブル依存症です。十四歳のときに、ルーレットで十万エン大勝したのがきっかけです。貯金が全然ありません」
結局、やめようとしても、ギャンブルだけはやめられない。
やはり、何か心の隙間を塞ぎたいのかしら。
しかし、もう大人なんで、賭博場で大損したからといって、暴れて用心棒と喧嘩することも全く無くなった。
おとなしく帰ることにしている。
さて、サビーナちゃんとミーナさんが同時に産休に入った。
やれやれ。
また、周りの人たちから人生の岐路に老いて枯れる、じゃなくて置いてかれるようで、暗くなった。
しかし、代わりにフランコ長官の秘書パオロさんが安全企画室員に異動してきた。
相変わらず、ブランドチョコをお土産にくれた。
「よろしくお願いします。プルム室長」
「こちらこそ、よろしくね。ところで、パオロさん、体調とか大丈夫? 病院とか行ってるんですか」
「しょっちゅう行ってます。官房長官室では、もう仕事が忙しかったので、体がボロボロですよ」
「そうなの、健康には気をつけてね」
……………………………………………………
ある日、フランコ長官に呼び出された。
「ドラゴンペンダントは知っているだろう」
「ええ、もちろん」
「殺されたアイーダ魔法高等官の後任が決まったんだ。その方なら、ドラゴンペンダントを無効化出来るかもしれない。そこで、明日の午後、パオロと一緒に、シアエガ湖の近くから回収してくる。お前は先に、早朝、現場へ行ってくれ」
「後任の方も現地に連れて行って、その場で無効化できるか、試してみればいいんじゃないですか」
「ドラゴンペンダントを無力にできるあの地下金庫みたいな場所は秘密にしておきたいんだよ。極秘事項だからな」
「分かりました。ところで、私は先に行って、何をすればいいんですか」
「不審人物がいないか、シアエガ湖やニエンテ村周辺を調査してくれ」
「現地の警備隊に頼めばいいんじゃないですか」
「今言っただろ。これは極秘事項なんだよ。ドラゴンペンダントが非常に危険な物であることはお前も知っているだろう。それに、お前はドラゴンキラーだろ」
またドラゴンキラーですか。
フランコ長官は、どうやら本当に私がドラゴンを倒したと信じ込んでいるらしい。
案外、無邪気な人なのかなあ。
そりゃ、私が本当にドラゴンを倒した人間だったら、ボディガードとしては最強だろうけどね。
「待ち合わせ場所はどこですか」
「シアエガ湖の貸しボート屋だ。といっても、潰れて廃墟になっている」
「パオロさんはドラゴンペンダントについて知ってるんですか」
「いや、知らない。今回の任務内容も教えてない。シアエガ湖に行くとしか言ってない。自動車を運転してもらうだけだ」
その後、フランコ長官はかなりのヒソヒソ声で喋る。
「実は、その貸しボート屋の下に、アイーダ様が発見した地下室、と言うか、地下金庫みたいな場所があるんだよ。そこにドラゴンペンダントが隠してあるんだ。アイーダ様が亡くなった、今、このことを知っているのはお前と俺だけと言うことになるな」
「そんなとこに隠して大丈夫なんですか」
「もちろん、厳重に隠してあるし、実は建物自体は政府の管理下にあるんだ」
ふーん、そんな重大な秘密を打ち明けるとは、私はフランコ長官から、かなり信頼されているということなのか。
私はドラゴンなんて倒してないんだけどなあ。
どうしようかなあ、あの件を言ってしまおうかな。
けど、出世とか考えるとなあ。
私が悩んでいると、長官に言われてしまった。
「じゃあ、よろしくお願いする」
「分かりました。フランコ長官も、充分にお気を付けて」
私は長官室を出た。
やれやれ。
それにしても、相変わらず人使いの荒い人だなあ、フランコ長官は。
安全企画室に戻ると、パオロさんから報告があった。
「共済組合から、新しい保険証が出来たので取りに来てくださいと連絡がありました」
「ありがとう。じゃあ、私は組合に寄って、そのままシアエガ湖に向かうから」
私は、本部の共済組合に寄って保険証を受け取った後、しばらく調べ物をして、情報省に寄って、夕方に自動車で出発した。
最新鋭のガソリン車だ。
途中で、車中で仮眠して、早朝にシアエガ湖に到着した。
湖畔で車から降りる。
懐かしいなあ。
十二年前、ここでレッドドラゴン事件があった。
確か、大勢の兵士が亡くなったんだっけ。
慰霊碑があったが、苔むしている。
ちょっと掃除をする。
湖周辺には誰も居ない。
レンタルボート屋も潰れて廃墟になっている。
壊れたボートが湖近くに放置されたままだ。
周りの山も崩れたまま。
十二年前にレッドドラゴンが吹っ飛ばした。
元には戻らないだろう。
湖の周辺に立っているシアエガの塔は、いまだに健在だ。
数えてみると十六本ある。
ドラゴン秘儀団が建てた、ダミーの塔は撤去されたようだ。
私が登ったダミーの塔。
ただ、必死になって、その塔の天辺にあるドラゴンペンダントを外そうと登った。
あの時は、その後、自分がドラゴンキラーと呼ばれるようになるとか、首都警備隊員になるとか、安全企画室長になるとは、夢にも思わなかったなあ。
おまけに、いまだに乙女のままとは。
さて、レンタルボート屋に行く。
見事なまでに廃墟。
中に入ると埃だらけ。
この中のどこかにドラゴンペンダントが隠してある地下金庫みたいなものがあるようだが、場所までは教えてくれなかった。
シーフの勘よ。
だいたいわかった、隠している場所が。
部屋の隅っこに机が置いてあるけど、そこだけ埃の積もり方がおかしい。
多分、その机の下にあるんだろうな。
ちょっと、近づいて床を叩いてみる。
音が回りと違う。
多分、鉄の重い扉がある。
それで、地下金庫を隠しているんだろう。
まあ、それ以上はやめることにした。
外に出て、湖周辺を車で一周したが、特に不審な点は見つからなかった。
ニエンテ村に行くことにした。
廃村したニエンテ村はまったく人影が無い。
冒険者ギルドやお茶屋さんの建物は取り壊されている。
私がリンゴをくすねた市場も無し。
あの時、いた人たちは、今どこにいるんだろうか。
私たちのパーティが泊った宿屋は残っていたが、すでに廃墟。
今にも崩れそうだ。
私は宿屋に入ってみた。
このロビーでドラゴン秘儀団メンバーだった宿屋の主人とナイフで格闘したなあ。
何もかもが懐かしい。
時系列がバラバラで思い出がよみがえってくる。
……十六歳の私が街道を走ってくる。
階段を三段抜きで上って、二〇一号室の前に立つ。
リーダーに告白するために。
ドキドキしながら、扉をノックした。
今は三段抜きで階段を上るなんて出来ないな。
体形はあんまり変わってないけど、精神的に重くなっている。
私は崩れそうな階段を慎重にゆっくりと上って、部屋の中に入る。
あの時はショックだった。
扉を開けてリーダーが出てきた、その背後のベッドにアデリーナさんがいた。
いまだに引きずっている。
アデリーナさん、腰まである長いきれいな黒髪だったなあ。
あの時、彼女、十八歳だったかな。
今は、髪をすっかり短くしてしまった。
アデリーナさんも、今年で三十歳か。
いまだに美人だけど、なんか怖くなった。
今、私は二十八歳。
いまだに乙女だけど。
この差は何だろう。
一生、乙女か。
それも運命なら仕方がない。
それにしても、十二年も経ったのか。
人生あっと言う間。
少女老いやすく、恋愛成り難し、恋愛しても苦悩ばかり、苦悩はすれど恋愛成就せず。
また、わけのわからない言葉が頭に浮かんだ。
リーダーは、今でも素敵だけど、若白髪が増えてきた。
中扉から、隣の二〇二号室に入る。
窓から見る風景は無残。
レッドドラゴンが山を吹っ飛ばしたおかげで、醜い傷跡を残したまま。
山肌がむき出しだ。
確か、紅葉がすごいきれいな風景だったのに。
雑草が生えているだけ。
これじゃあ、観光客が激減するわけだ。
廃村も仕方がない。
思い出した。
この部屋で吐いたんだっけ。
仲間に仕事やらせて、さぼって酒を飲んだあげく、吐いてしまった。
なんともいい加減な小娘だった。
『働いたら負け!』
バカげたことを言っていた。
どうしようもないですね。
私が汚した床を、十四歳のちっこいサビーナちゃんがきれいに掃除している。
彼女、性格は変わらず、いまだに良い。
けど、大人になった。
ウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ねることもしなくなった。
つーか、あんなに膨張するとは思わなかったぞ。
あれじゃあ、飛び跳ねることも出来ん。
幸せ太りにも程がある。
今や二児の母。
まあ、ダリオさんとの夫婦仲は良さそうだし、幸せならいいか。
私はいまだに痩せてるけど、不幸せ。
諸行無常。
みんないつまでも若くはいられない。
いつかは大人。
いつかは中年。
いつかは老人。
いつかは墓の下。
部屋の隅の洗面台の割れた鏡で、自分の顔を見る。
いまだに童顔なのだが。
しかし、ふっくらとしていた頬が少しこけてきた。
顔のシミが気になる。
おっと、アホ毛の中に白髪が一本混じってる。
やれやれ、こうやって老けていく。
もう、アラサーだからね、仕方がない。
さんざん、周りをおっさん呼ばわりしたけど、私もそこら辺の小さい子供からはおばさんと言われてしまう年齢だ。
もう大人だな。
何度も言うけど、いまだに乙女だけどさ!
そう言えば、十二年前、この部屋のベッドの上でぐうたらしていたら、情報省のクラウディアさんが入ってきたんだなあ。
あの時は政府の制服を着て、颯爽としていて、そして、ちょっと怖かった。
まさか、あんな天然女神だったなんて。
あれ、クラウディアさん、全然老けないな。
若返りの魔法ってあるんか。
化粧魔法? いや、そんな魔法があるなら眉毛で苦労はせん。
会うたびに若くなるような気がする。
あの人、何歳なんだ?
不思議だ。
宿屋を出る。
結局、ニエンテ村でも、全く不審な人物は見かけなかった。
待ち合わせ場所のシアエガ湖畔の貸しボート屋に再び行く。
約束の時間よりも、かなり早めに着いたつもりだったのだが、すでに自動車が一台停まっていた。
私が車から降りて近づくと、突然、パオロさんがレンタルボート屋から飛び出てきた。
「あ、プルムさん、大変です! フランコ長官が殺されました!」
「何ですって!」
私は慌てて、レンタルボート屋に入る。
地下金庫の場所があると予想していた、部屋の隅にフランコ長官が倒れている。
目が見開いたままだ。
机はどかされて、重たそうな鉄の扉が開いている。
その下に地下金庫のような場所があったが、中は空っぽだ。
「ついさっき、フランコ長官は僕を外に待たせて、レンタルボート屋に入ったんです。しばらくすると、フランコ長官の悲鳴が聞こえて、ダークスーツの男が飛び出てきたんです」
「ダークスーツの男?」
「僕はびっくりして、腰を抜かしてしまいました。男が逃げた後、レンタルボート屋を覗いたら、フランコ長官が倒れてたんです」
私は、フランコ長官の体を調べた。
死んでいる。
ただ、死因はわからない。
やたら無茶ぶりしてきたり、ギャーギャーうるさい人だったが、悪い人ではなかったな。
スラム街に救援物資を配布したり、隣国との平和共存に尽力したり、スポルガ川の汚染問題に取り組んだり、仕事が無くなった冒険者たちの生活を立て直したりと、真面目に仕事をしていた。
ニエンテ村の宿屋の廃墟で時間を潰さないで、もっと早く来れば良かった。
「長官、申し訳ありません」と私は心の中で呟いた。
「プルムさん、犯人を追いかけましょう。ドラゴンペンダントを持っているので危険です」
パオロさんがレンタルボート屋の外に出る。
フランコ長官の目を瞑らせる。
私はレンタルボート屋の外に出た。
「別に犯人を追いかける必要はないわ」
「え! どうしてですか」
「だって、あんたでしょ、フランコ長官を殺したのは」
「な、何を言うんですか、プルムさん」
パオロさんが驚いている。
私はパオロさんを睨みつけた。
ナロード王国安全企画室長(局長級)だ。
局長って言っても、官房長官に怒鳴られてばかり。
もう疲れた。
ずうっとベッドで眠っていたい。
顔も、表情もなんだか暗くなったような気がする。
もう二十八歳か。
うら若きじゃないよなあ。
十六歳の頃が懐かしい。
最近、体が重くなった感じ。
体重はほとんど変わってないけど。
鏡で自分の顔をみたら小さいシミを発見。
やれやれ。
年を取ってしまった。
タバコも吸わなくなった。
もともと好きじゃなかったしね。
煙いだけ。
タバコなんぞ、イキがって吸ってただけだ。
万引きもしなくなった。
面倒だ。
お酒もたしなむ程度になった。
二日酔いとか全然無し。
寝相も悪くなくなった。
ベッドから転げ落ちることなんて皆無。
仕事も、最近は割と真面目にやっている。
官報整理が多いけど。
私は、もう大人になったということかな。
その代わり、歯は悪くなった。
虫歯が痛い。
歯医者に行こうとしたら、保険証を失くしていたことに気が付いた。
共済組合に行って、再発行してもらおう。
ん? 一人称は「あたし」じゃなかったのかって?
私はもう二十八歳の大人なんですよ。
「あたし」より「私」のほうがしっくりする。
今日は、告白の日。
恋愛ではありません。
依存症患者の集会に参加して、告白する。
集会場に行くと、みんな暗い顔している。
お酒やら、薬やら、ギャンブルやら、いろんな依存症の人たちがいた。
「えーと、私はギャンブル依存症です。十四歳のときに、ルーレットで十万エン大勝したのがきっかけです。貯金が全然ありません」
結局、やめようとしても、ギャンブルだけはやめられない。
やはり、何か心の隙間を塞ぎたいのかしら。
しかし、もう大人なんで、賭博場で大損したからといって、暴れて用心棒と喧嘩することも全く無くなった。
おとなしく帰ることにしている。
さて、サビーナちゃんとミーナさんが同時に産休に入った。
やれやれ。
また、周りの人たちから人生の岐路に老いて枯れる、じゃなくて置いてかれるようで、暗くなった。
しかし、代わりにフランコ長官の秘書パオロさんが安全企画室員に異動してきた。
相変わらず、ブランドチョコをお土産にくれた。
「よろしくお願いします。プルム室長」
「こちらこそ、よろしくね。ところで、パオロさん、体調とか大丈夫? 病院とか行ってるんですか」
「しょっちゅう行ってます。官房長官室では、もう仕事が忙しかったので、体がボロボロですよ」
「そうなの、健康には気をつけてね」
……………………………………………………
ある日、フランコ長官に呼び出された。
「ドラゴンペンダントは知っているだろう」
「ええ、もちろん」
「殺されたアイーダ魔法高等官の後任が決まったんだ。その方なら、ドラゴンペンダントを無効化出来るかもしれない。そこで、明日の午後、パオロと一緒に、シアエガ湖の近くから回収してくる。お前は先に、早朝、現場へ行ってくれ」
「後任の方も現地に連れて行って、その場で無効化できるか、試してみればいいんじゃないですか」
「ドラゴンペンダントを無力にできるあの地下金庫みたいな場所は秘密にしておきたいんだよ。極秘事項だからな」
「分かりました。ところで、私は先に行って、何をすればいいんですか」
「不審人物がいないか、シアエガ湖やニエンテ村周辺を調査してくれ」
「現地の警備隊に頼めばいいんじゃないですか」
「今言っただろ。これは極秘事項なんだよ。ドラゴンペンダントが非常に危険な物であることはお前も知っているだろう。それに、お前はドラゴンキラーだろ」
またドラゴンキラーですか。
フランコ長官は、どうやら本当に私がドラゴンを倒したと信じ込んでいるらしい。
案外、無邪気な人なのかなあ。
そりゃ、私が本当にドラゴンを倒した人間だったら、ボディガードとしては最強だろうけどね。
「待ち合わせ場所はどこですか」
「シアエガ湖の貸しボート屋だ。といっても、潰れて廃墟になっている」
「パオロさんはドラゴンペンダントについて知ってるんですか」
「いや、知らない。今回の任務内容も教えてない。シアエガ湖に行くとしか言ってない。自動車を運転してもらうだけだ」
その後、フランコ長官はかなりのヒソヒソ声で喋る。
「実は、その貸しボート屋の下に、アイーダ様が発見した地下室、と言うか、地下金庫みたいな場所があるんだよ。そこにドラゴンペンダントが隠してあるんだ。アイーダ様が亡くなった、今、このことを知っているのはお前と俺だけと言うことになるな」
「そんなとこに隠して大丈夫なんですか」
「もちろん、厳重に隠してあるし、実は建物自体は政府の管理下にあるんだ」
ふーん、そんな重大な秘密を打ち明けるとは、私はフランコ長官から、かなり信頼されているということなのか。
私はドラゴンなんて倒してないんだけどなあ。
どうしようかなあ、あの件を言ってしまおうかな。
けど、出世とか考えるとなあ。
私が悩んでいると、長官に言われてしまった。
「じゃあ、よろしくお願いする」
「分かりました。フランコ長官も、充分にお気を付けて」
私は長官室を出た。
やれやれ。
それにしても、相変わらず人使いの荒い人だなあ、フランコ長官は。
安全企画室に戻ると、パオロさんから報告があった。
「共済組合から、新しい保険証が出来たので取りに来てくださいと連絡がありました」
「ありがとう。じゃあ、私は組合に寄って、そのままシアエガ湖に向かうから」
私は、本部の共済組合に寄って保険証を受け取った後、しばらく調べ物をして、情報省に寄って、夕方に自動車で出発した。
最新鋭のガソリン車だ。
途中で、車中で仮眠して、早朝にシアエガ湖に到着した。
湖畔で車から降りる。
懐かしいなあ。
十二年前、ここでレッドドラゴン事件があった。
確か、大勢の兵士が亡くなったんだっけ。
慰霊碑があったが、苔むしている。
ちょっと掃除をする。
湖周辺には誰も居ない。
レンタルボート屋も潰れて廃墟になっている。
壊れたボートが湖近くに放置されたままだ。
周りの山も崩れたまま。
十二年前にレッドドラゴンが吹っ飛ばした。
元には戻らないだろう。
湖の周辺に立っているシアエガの塔は、いまだに健在だ。
数えてみると十六本ある。
ドラゴン秘儀団が建てた、ダミーの塔は撤去されたようだ。
私が登ったダミーの塔。
ただ、必死になって、その塔の天辺にあるドラゴンペンダントを外そうと登った。
あの時は、その後、自分がドラゴンキラーと呼ばれるようになるとか、首都警備隊員になるとか、安全企画室長になるとは、夢にも思わなかったなあ。
おまけに、いまだに乙女のままとは。
さて、レンタルボート屋に行く。
見事なまでに廃墟。
中に入ると埃だらけ。
この中のどこかにドラゴンペンダントが隠してある地下金庫みたいなものがあるようだが、場所までは教えてくれなかった。
シーフの勘よ。
だいたいわかった、隠している場所が。
部屋の隅っこに机が置いてあるけど、そこだけ埃の積もり方がおかしい。
多分、その机の下にあるんだろうな。
ちょっと、近づいて床を叩いてみる。
音が回りと違う。
多分、鉄の重い扉がある。
それで、地下金庫を隠しているんだろう。
まあ、それ以上はやめることにした。
外に出て、湖周辺を車で一周したが、特に不審な点は見つからなかった。
ニエンテ村に行くことにした。
廃村したニエンテ村はまったく人影が無い。
冒険者ギルドやお茶屋さんの建物は取り壊されている。
私がリンゴをくすねた市場も無し。
あの時、いた人たちは、今どこにいるんだろうか。
私たちのパーティが泊った宿屋は残っていたが、すでに廃墟。
今にも崩れそうだ。
私は宿屋に入ってみた。
このロビーでドラゴン秘儀団メンバーだった宿屋の主人とナイフで格闘したなあ。
何もかもが懐かしい。
時系列がバラバラで思い出がよみがえってくる。
……十六歳の私が街道を走ってくる。
階段を三段抜きで上って、二〇一号室の前に立つ。
リーダーに告白するために。
ドキドキしながら、扉をノックした。
今は三段抜きで階段を上るなんて出来ないな。
体形はあんまり変わってないけど、精神的に重くなっている。
私は崩れそうな階段を慎重にゆっくりと上って、部屋の中に入る。
あの時はショックだった。
扉を開けてリーダーが出てきた、その背後のベッドにアデリーナさんがいた。
いまだに引きずっている。
アデリーナさん、腰まである長いきれいな黒髪だったなあ。
あの時、彼女、十八歳だったかな。
今は、髪をすっかり短くしてしまった。
アデリーナさんも、今年で三十歳か。
いまだに美人だけど、なんか怖くなった。
今、私は二十八歳。
いまだに乙女だけど。
この差は何だろう。
一生、乙女か。
それも運命なら仕方がない。
それにしても、十二年も経ったのか。
人生あっと言う間。
少女老いやすく、恋愛成り難し、恋愛しても苦悩ばかり、苦悩はすれど恋愛成就せず。
また、わけのわからない言葉が頭に浮かんだ。
リーダーは、今でも素敵だけど、若白髪が増えてきた。
中扉から、隣の二〇二号室に入る。
窓から見る風景は無残。
レッドドラゴンが山を吹っ飛ばしたおかげで、醜い傷跡を残したまま。
山肌がむき出しだ。
確か、紅葉がすごいきれいな風景だったのに。
雑草が生えているだけ。
これじゃあ、観光客が激減するわけだ。
廃村も仕方がない。
思い出した。
この部屋で吐いたんだっけ。
仲間に仕事やらせて、さぼって酒を飲んだあげく、吐いてしまった。
なんともいい加減な小娘だった。
『働いたら負け!』
バカげたことを言っていた。
どうしようもないですね。
私が汚した床を、十四歳のちっこいサビーナちゃんがきれいに掃除している。
彼女、性格は変わらず、いまだに良い。
けど、大人になった。
ウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ねることもしなくなった。
つーか、あんなに膨張するとは思わなかったぞ。
あれじゃあ、飛び跳ねることも出来ん。
幸せ太りにも程がある。
今や二児の母。
まあ、ダリオさんとの夫婦仲は良さそうだし、幸せならいいか。
私はいまだに痩せてるけど、不幸せ。
諸行無常。
みんないつまでも若くはいられない。
いつかは大人。
いつかは中年。
いつかは老人。
いつかは墓の下。
部屋の隅の洗面台の割れた鏡で、自分の顔を見る。
いまだに童顔なのだが。
しかし、ふっくらとしていた頬が少しこけてきた。
顔のシミが気になる。
おっと、アホ毛の中に白髪が一本混じってる。
やれやれ、こうやって老けていく。
もう、アラサーだからね、仕方がない。
さんざん、周りをおっさん呼ばわりしたけど、私もそこら辺の小さい子供からはおばさんと言われてしまう年齢だ。
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まさか、あんな天然女神だったなんて。
あれ、クラウディアさん、全然老けないな。
若返りの魔法ってあるんか。
化粧魔法? いや、そんな魔法があるなら眉毛で苦労はせん。
会うたびに若くなるような気がする。
あの人、何歳なんだ?
不思議だ。
宿屋を出る。
結局、ニエンテ村でも、全く不審な人物は見かけなかった。
待ち合わせ場所のシアエガ湖畔の貸しボート屋に再び行く。
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「あ、プルムさん、大変です! フランコ長官が殺されました!」
「何ですって!」
私は慌てて、レンタルボート屋に入る。
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目が見開いたままだ。
机はどかされて、重たそうな鉄の扉が開いている。
その下に地下金庫のような場所があったが、中は空っぽだ。
「ついさっき、フランコ長官は僕を外に待たせて、レンタルボート屋に入ったんです。しばらくすると、フランコ長官の悲鳴が聞こえて、ダークスーツの男が飛び出てきたんです」
「ダークスーツの男?」
「僕はびっくりして、腰を抜かしてしまいました。男が逃げた後、レンタルボート屋を覗いたら、フランコ長官が倒れてたんです」
私は、フランコ長官の体を調べた。
死んでいる。
ただ、死因はわからない。
やたら無茶ぶりしてきたり、ギャーギャーうるさい人だったが、悪い人ではなかったな。
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「プルムさん、犯人を追いかけましょう。ドラゴンペンダントを持っているので危険です」
パオロさんがレンタルボート屋の外に出る。
フランコ長官の目を瞑らせる。
私はレンタルボート屋の外に出た。
「別に犯人を追いかける必要はないわ」
「え! どうしてですか」
「だって、あんたでしょ、フランコ長官を殺したのは」
「な、何を言うんですか、プルムさん」
パオロさんが驚いている。
私はパオロさんを睨みつけた。
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