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第69話:集団自殺

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 午前二時。

 ディーノ少尉とジャンルイジ軍曹、ダニエレ伍長、ルカ一等兵の四人が、シム・ジョーンズ逮捕に向けて出発。
 あたしは船に居残っているが、落ち着かない。

 なんだか、ドキドキしてきた。
 ディーノ少尉は大丈夫だろうか。

 何だよ、また惚れちゃったのかよ。イケメンばっか追いかけて、結局、いつも置いてけぼりくらっているくせにって? ウルセーヨ、作戦がうまくいくかどうか心配してんの! と言いつつ、ちょっと乙女心がヒートアップしてきたのも事実だな。

 マルコ二等兵が起きてきた。
 ちょっと喉が渇いたと、水筒で水を飲んでいる。

「ディーノ少尉たちは出発しましたか」
「はい、出発しました。ところで、マルコさん、眩暈の方はいかがですか」
「ええ、もう大丈夫です」

 それにしても、シム・ジョーンズの考えがよくわからないな。
 ちょっと、マルコ二等兵の意見を聞いてみるか。

「ウーゴ少尉が脱走したのに、シム・ジョーンズは、全然、気にしなかったですね。何か変と思いませんでしたか」
「もう、生贄の人数が揃っているんじゃないんですかね」

 生贄か。
 確か、ディーノ少尉は百六十人と言ってたな。
 なぜ百六十人か知らんけど。

「マルコさんはシム・ジョーンズが信者を生贄にするって本当だと思いますか」
「本当だと思いますね」

「私は、クトゥルフを復活させるって聞いたんですが、そんなこと出来るんですかねえ」
「信者を生贄にして、アザトスを召喚するのが目的みたいですよ」

 アザトス。
 聞いたことあるなあ。

 思い出した。
 ルチオ教授が、オガスト・ダレスの邸宅でクトゥルフ神話について言っていた。

『太古の地球を支配していたが、現在は姿を隠している異世界の者たちを、旧支配者と呼ぶ神話じゃな。なかでも目が不自由で、馬鹿の王アザトスは、この宇宙の真の創造主と考えられているようじゃ』

 馬鹿の王アザトス。
 バカくらべなら負ける気がしないと、その時、思ったもんだ。
 ん?

「あれ、なんでアザトスのこと知ってるんですか?」

 マルコ二等兵に聞こうとしたら、突然、首の後ろを殴られ、あたしは気絶した。

……………………………………………………

 気が付くと、集会場の前に横たわっていた。
 もう、陽が昇っている。
 朝だ。

 目の前には、信者たちがボーッと突っ立ってる。
 約百五十人の信者たち。
 全員、紙コップを手に持っている。

「起きたかね、偽ジャーナリスト女」

 シム・ジョーンズが笑っている。
 ディーノ少尉たちも、縛られて座らされている。

「プルム顧問、面目ない」

 ディーノ少尉が悔しそうにしている。
 どうやらマルコ二等兵は、シム・ジョーンズの隠れ教団信者のようだ。

 その裏切りで、夜中に逮捕することは、筒抜け状態だったようで、シム・ジョーンズの自宅に潜入した途端、大勢の信者に捕まってしまったらしい。

「この裏切り者!」

 あたしがマルコ二等兵をののしるが、向こうはせせら笑うだけ。

「皆さん、シム・ジョーンズに騙されないで!」

 あたしが信者たちに叫ぶが、マルコに殴られる。

「痛!」

 チキショー!
 こんな縛めはシーフ技であっさりと解けるのだが、マルコ二等兵が自動小銃を持って、あたしの頭を狙っているので無理だ。 
 
 シム・ジョーンズが、あたしに小声で囁く。

「お前はクトゥルフに詳しそうだから教えてやろう。お前たちを含めたこの百六十人を生贄にして、馬鹿の王アザトスを復活させ、私がこの世界を支配するのだ」
「そんなこと出来るわけないわ」

「出来る! まあ、お前はすぐに死ぬから、関係ないがな」
「誰からそんな事を聞いたの」
「ダークスーツの男だ」

 また、ダークスーツの男。
 これで、何度目だ。
 
 シム・ジョーンズがみかん箱の上に立って、演説を始めた。

「さあ、諸君、時は来た。皆で一斉に異世界に行こう。異世界に行けば、チートでハーレムな生活が待っているぞ! 私も後から行く」

 信者全員が持っている紙コップに水を入れて、少量の白い粉を混ぜている。

「その白い粉は魔法の薬だ。楽に異世界にいけるぞ。さあ、諸君、一気に飲むのだ、チートでハーレム!」
「チートでハーレム!」

 一斉に唱える信者たち。 

 その光景をにやけながら見つつ、シム・ジョーンズがあたしに小声で言った。

「お前だけには教えてやろう。この白い粉は青酸カリだよ」

 ゲッ! 青酸カリ。
 某少年探偵小説にやたら出てくる毒薬じゃん。
 ひい、死にたくないよー!

 しかし、鼻をつままれ、無理矢理飲まされた。
 にがい。

 これは本当に終わりだ。
 ああ、死ぬのか。

 何度も言ったかもしれんが、まだ乙女だぞ。
 乙女のまま青酸カリで殺される。

 なんて悲惨な人生だ。
 皆さんさようなら……。
 
 あれ?
 って、べつに死なないぞ。

 不味いけど、苦しくはない。
 他の信者の皆さんも、にがい、不味いとは言っているが、大丈夫そうだ。
 シム・ジョーンズとマルコ二等兵がうろたえている。
 
 その隙に、シーフ技でいましめを解く。
 マルコ二等兵に、袖に隠してあったナイフを投げた。
 腕に刺さって、自動小銃を落とす。
 あたしはすばやくそれを拾って、銃を突きつける。

「もう観念なさい」

 そして、逃げようとするシム・ジョーンズに股間蹴り。
 悶絶したおっさんを逮捕。

 ディーノ少尉たちの縛めも解いてやる。

「プルム顧問、すごいですね。さすがはドラゴンキラーですね」

 ディーノ少尉に褒められる。

「アハハ、大したことないですよ」

 謙遜するあたし。
 ドラゴンキラーって言われるのは嫌なんですけどね。

 あれ、信者たちが騒ぎ始めた。

「どうなってんだよ、異世界はどこだ」
「ハーレムはどこだよ」
「ふざけんな! 騙しやがったな、シム・ジョーンズ!」
「金返せ!」
「こいつは詐欺師だ」

 信者が集まってきて、袋叩きにされるシム・ジョーンズ。
 ボディーガードからも叩かれている。

 あたしは自動小銃を空に向かって威嚇射撃する。
 信者たちはようやく落ち着いた。
 やれやれ。

 信者たちを助けるつもりで来たのに、シム・ジョーンズを助けることになってしまった。

 なぜ青酸カリを飲んでも、誰も死なずにすんだのか。
 シム・ジョーンズは青酸カリを二十年前にメッキ工場から盗んだのだが、その後、封もせずにテキトーに保管していたので、すっかり無毒化していたようだ。
 アホな奴でよかった。

 ヘタしたら教団との銃撃戦とか、信者の集団自殺とか、壮絶な展開を予想していたんだけど。
 今回はつらい任務かと思ったら、大したことなかったなあ。
 誰も死ななかったし。
 
 とりあえず、シム・ジョーンズと裏切者のマルコ二等兵だけ、船のキャビンに押し込んで、先に護送することにした。
 あたしとディーノ少尉が見張り、軍曹が船を操縦する。
 
 残りの信者はすっかりしらけて、大人しくしているので、監視はダニエレ伍長たち二人だけで充分だろう。
 コポラ村に戻ったら、すぐに船を何隻か送ってやるつもりだ。

 村に向かう途中、甲板に出て、あらためてきれいな景色だなあと思っていると、ディーノ少尉が近づいてきて、同じく景色を見ながら言った。

「プルムさん。戻ったら、一緒に二人で飯でも食べに行かないか」

 あれ、いつのまにか「さん」付け。
 そして、「二人で」って、もしかして、これデートの誘いかしら。

 ちょっと、いい雰囲気。
 それとも単に腹が減ってるんか。
 ドキドキするあたし。

 返事をしようとしたら、船体のキャビンに押し込んだシム・ジョーンズが騒いでいる。

「おーい、気持ち悪い、船に酔った。吐きそうだ。外の空気が吸いたい」

 ったく、いいところだったのに。
 邪魔すんなよ、シム・ジョーンズ!

「しょうがねえなあ、歳出化経費で買った船を汚されるのも嫌だし」

 ディーノ少尉がシム・ジョーンズを船尾の甲板に出してやる。
 あたしと二人で見張ることにした。

 シム・ジョーンズはゲーゲー川に吐いている。
 汚いなあ。

 しょうがないから背中をさすってやる。
 ちょっと、落ち着いたのか、本人が言った。

「口が気持ち悪い。水をくれないか」

 やれやれと、あたしがキャビンから水筒を持ってきてやろうと、前方へふり返ると、川岸に誰か立っている。
 あれ、あの顔は、目が覚めて教団から逃げ出したウーゴ・ルッソ少尉だ。
 自動小銃をこっちに向けた。

「伏せて!」

 あたしは大声で叫んだ。

「おい、シム・ジョーンズ! 騙しやがって、この詐欺師野郎! 死ね!」

 ウーゴ少尉が自動小銃を撃ちまくる。
 軍曹が、あわてて機関銃で応戦した。
 ウーゴ少尉が倒れる。

 シム・ジョーンズが悲鳴をあげた。

「ひえー! 助けて!」
「大丈夫!」

 あたしが駆け寄るが、ケガはないようだ。
 やれやれ。

 あれ、ディーノ少尉が動かない。

「ディーノ少尉!」

 全く答えが無い。
 シム・ジョーンズをかばって、ディーノ少尉は死んでいた。
 なんで、ろくでなしのシム・ジョーンズが無事で、ディーノ少尉が死んじゃうだよ。

 呆然とするあたし。
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