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第53話:イガグリ坊主頭の王様に直訴

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 つらい。

 毎日、狭い部屋に一人でただ座っているだけ。
 仕事もなく座っているのはつらい。

 え? なにがつらいんだ? いつものようにさぼればいいだろって? 
 あのねー、「さぼる」ってのは「仕事がある」状況で可能なの。「仕事がない」のに「さぼる」ことは出来ないじゃない。

 仕事があって、さぼるのがいいんよ。
 何も無いのは不安なんよ。

 全く、どうゆう人事だ。
 誰も相手にしてくれん。

 ああ、「人事」と書いて「ひとごと」とはよく言ったもの。
 他人事やね。

 ったく、酷い目に遭っているぞ、あたしはー!
 クラウディアさんの事も「参事」官じゃなくて、「惨事」官と呼びたくなってきたぞ。

 いい加減座ってるのには飽きた。
 何かさせろ、四角い顔のおっさん! 

 退勤の時間になったんで、官房室に行ってみる。
 豪華な装飾のある扉を叩くと、丸眼鏡をかけた、痩せて小柄な人の好さそうな青年が出てきた。

「何の御用でしょうか」
「あの、私は安全企画室のプルム・ピコロッティと申します。恐れ入りますが、フランコ官房長官にお会いしたいのですが」
「え! もしかして、かの有名なドラゴンキラーさんですか!」

 丸眼鏡青年さんが目を輝かせて、あたしを見る。

 ……また、ドラゴンキラーと呼ばれた。
 いつまで言われ続けるんだ、つーの!

 あの巨大なドラゴンを、こんなちんちくりんのあたしなんかが倒せるわけないでしょー!
 みんな頭がおかしいんじゃないのか。

 永遠に言われ続けるのか。
 もう面倒くさくなった。
 投げやりに答える。

「そうですよ。わたくしが、かの有名なドラゴンキラーですが、何か」
「わあ! こんなかわいい人がドラゴンキラーだったなんて驚きです。握手してくれませんか」

 かわいいですと? 
 急に機嫌が良くなる単純なあたし。

 握手しながら、丸眼鏡の青年が自己紹介する。

「私はパオロ・バリオーニと申します。秘書官です」

 パオロさんに案内されて、官房室に入る。
 大きな部屋があり、十人くらいの人が忙しそうに働いている。
 会議用のでかい机も置いてある。

 奥の方へ行くと、官房長官室とある。
 扉を開けて中に入ると、随分と天井が高く、超豪華な部屋。

 部屋も広い。
 高価そうなふかふかの絨毯。

 誰かは知らんが有名画家と思われるデカい絵画が飾ってある。
 カーテンも分厚い高級品だ。

 あたしが居るトイレの隣の元清掃道具用の倉庫部屋とはえらい違いやね。
 部屋の奥の方にフランコのおっさんが座っている。

「何の用だ」

 おっさん、何だか忙しい様子。

「あの、何にもしなくて、ただ一日中座っているだけってのはつらいんですけど」
「じゃあ、明日、仕事を用意しているから待ってろ」

 おっさんは、そのまま、下を向いてあたしを無視。
 帰れってことかい。

 帰るよ。
 ったく。
 また機嫌が悪くなったじゃない。

 おっと、もう一つ聞くことがあった。

「あのー、情報省の方に聞いたら、こんな部署があるなんて知りませんでしたって回答があったんですが」
「大昔にあったんだよ。王室直属の部署だ。私が復活させたんだ。一応、指令は官房長官の私を通じて出すがな」

 ん? 王室直属だって。
 なんだかどえらいとこやね。

 あと、私が復活させたと言ったな、おっさん。
 もしかしたら、クラウディアさんがポカやったんじゃなくて、このおっさんが強引に人事を捻じ曲げたんじゃないのか。

 けど、なんでそんな事したんだろう。
 あたしみたいな、さぼり魔なんていらないだろうに。
 うーん、わからん。

 まあ、ちょっと様子見だな。

……………………………………………………

 次の日、出勤すると、部屋の前に紙の束が、天井近くまで大量に置いてある。

「官報、年報、月報、日報その他の整理及びファイリングをよろしく。百年分ある。 フランコ」

 テキトーな字でメモ書き。
 仕事くれとは言ったけど、嫌がらせかよ。

 仕方が無く、トイレの隣の狭い部屋で、だらだらと孤独に作業する。
 こんなの一生終わらない仕事だぞ。

 つらい。
 つらいぞー!

 せめて、もう一人ほしい。
 クラウディアさんに、また頼もうと思ったがやめとこう。

 天然女神はもうあてにならん。
 かえって、またひどい目に遭わされそうだ。

 ああ、疲れた。

 ため息をついて、隣のトイレに行こうと部屋を出ると、偶然、イガグリ坊主頭の王様が側近をぞろぞろと連れて廊下を歩いているのが見えた。
 
 よーし、こうなったら不敬罪覚悟で王様に直訴だ。
 そもそも、あたしは王様直属なんだろ。

 王様に頼んでもええじゃないか。
 とは言え、さすがに緊張する。
 サーっと近づいて、片膝立ちになる。

「し、失礼をお許し願います。お、王様、私は一人なんです。せめて一人でもつけてください」
 
 うーん、緊張してうまく説明できなかった。
 こりゃ、だめだ。

 王様は、何のことやら分からないって感じかなと思いきや。

「オーケー、オーケー、じゃあ、好きなの選んで、ヨロシクー!」

 そう言って、あっさりと去っていく。
 おいおい、そんなテキトーでいいんかい。
 
 トイレに入って、悩む。
 好きなの選んでって、あたしが選んだら相手に迷惑じゃないか、こんな訳の分からない部署。
 おまけに狭い部屋。

 恨まれちゃうじゃん。
 上が異動を指示してくれれば仕方が無く来るだろうけど。

 そうすると仲良しの人に頼むしかない。

 こんな狭い部屋でリーダーと二人っきりなんてあたしが落ちつかない。
 バルドはデカいからあんな天井の低い部屋は嫌がるだろう。
 アデリーナさんはせっかく財務省に入ったんだから、無理だろうなあ。
 チャラ男のロベルトは問題外。同性愛が悪いんじゃなくて、いまだにチャラチャラしてんのよ、生まれつきね。こんな狭い部屋でチャラチャラされたらたまらん。
 と言うわけで、もう、サビーナちゃんに頼むしかないな。

 よし、根回しに行こうっと。

 東地区警備隊庁舎に行くと、玄関前の階段下の歩道でロベルトが自転車を乗り回して遊んでる。分隊長なのにチャラ男はしょうがないなあと、いつものようにあたしは自分の事は棚に上げて思った。

「ウィーッス! プルムさん」

 自転車をドリフトさせながら、急停止するチャラ男ことロベルト。

「どうです、完璧に乗り回すことが出来るようになりましたっすよ」

 毎日、遊んで乗り回してたらうまくなるだろうって。

「ジェラルドさんと住む家はもうできたの」
「完成しましたっす。いま一緒に暮らしてますよ。今度、家に来ませんか、歓迎しまっすよ」
「うーん、今、忙しいのでまたの機会にね」

 あんまり行く気しないなあ。
 いや、差別は良くないぞ。

 けど、行く気がしないなあ。
 まあ、仲良き事はいい事だ。

「ところでさあ、今、あたしが配属された部署って、職員があたし一人だけなんでつらい状況なの。あんたの分隊のサビーナちゃんだけどさ、あたしのところにくれないかなあ」
「いいっすよ!」

 ロベルトがあっさり承諾。
 何も考えてないな、こいつ。
 それとも女はどうでもいいってか。

「けど、その件はバルド大隊長に伝えて下さいっすよ」
「そうね、ありがとう」

 庁舎に入って、大隊長室へ行く。
 扉を開いて顔を覗かせると、大隊長の机でバルドが分厚いファイルを読んでいた。

「こんにちは、バルド大隊長殿」
「ああ、プルムか。もう新しい仕事が嫌になったの」

 仕事なんてもともと大嫌いですよー! と叫びたくなった。

「この大隊長の職務用引継ぎマニュアルって、すごいよく出来ているけど、プルムが作ったの?」
「まさか、あたしがそんなもん作るわけないじゃん。アレサンドロ元大隊長が作ったんよ」
「そうだよなあ、やっぱり」

 バルドが納得している。

「だいたい、全く引継ぎがなかったんだけど」

 バルドに文句を言われてしまった。
 そう言えば、全く引継ぎとかしなかったな、いい加減なあたし。
 まあ、いっか!
 って、よくないか。

 けど、あたしに聞くより、その赤ひげおっさんマニュアルの方が全然役に立つと思うな。

「まあ、優秀なバルド大隊長殿なら大丈夫じゃないの。二十二歳で大隊長ってすごいじゃない」
「プルムは二十歳でなったじゃないか。それに、これゴリ押し人事なんだよ」

「なに、ゴリ押しって」
「俺の母親が警備総監と仲が良いんだよ。警備隊のライフルがゴッジコーポレーション製品なのもそのためさ」

 機嫌悪そうにバルドが言った。
 そんな事情があったのか。
 うーん、世の中、どこでつながっているかわからんね。

 さて、それはともかく。

「あの、サビーナちゃんなんだけどさあ、うちのとこにくれない」
「え、いきなり言われても困るんだけど……」

「あたし一人でつらいんですよ」
「……まあ、人事部と本人がいいと言えばかまわないけど」
「ありがとうございまーす」

 小隊長のリーダーにも挨拶しとくか。
 小隊室に入ると、リーダーが座っている。

 相変わらずイケメンだけど。
 何かボーっとしている。
 忙しいのかな。

「リーダー、お元気ですか」
「う、うん」

 何だろう、元気がないな。
 どうしたんだろう。
 ちょっと気になる。

 サビーナちゃんの件を話した。

「バルド大隊長とチャラ男、じゃなくてロベルト分隊長にも承認を得ております」
「ああ、それならいいよ」

 うーん、リーダーに元気がない。
 少し気になった。
 後で折を見て、バルドに聞いてみるか。

 事情を説明すると、サビーナちゃん快諾。
 相変わらず優しいなあ、助かった。

 翌日から、サビーナちゃんはナロード王国安全企画室員となった。
 二人で物置だった部屋をきれい掃除する。

 窓も開けられるようにした。
 寮生活を思い出す。

 しかし、サビーナちゃん、気がつけばあたしより背が高くなっているではないか。あと、ますます胸が大きくなってないかい。服がはちきれんばかり、すっかりムチムチな身体。そのわりに、腰がキュッと引き締まっている。お尻はでかいわけではなく、上がっていて、カッコいい。

 こんなかわいい娘と狭い部屋に二人でいたら、こりゃ、男の上司だったらたまらんだろうな。
 サビーナちゃん、セクハラされたんじゃないか。
 女のあたしが上司でよかった。
 
 だけど、なんであたしの体は成長しないんだ。
 世の中、不公平だ!

 さて、部屋はきれいにしたが、この受付用の長机と折りたたみ椅子だけじゃ困る。
 椅子も一つしかないし。
 うーむ。

 そうだ、アデリーナさんは、今、財務省だ。
 おねだりに行こっと。

 情報省の隣が財務省の建物。
 アデリーナさんは財務省財務部予算課予算第一係主任だそうだ。
 去年は平係員だったのに、優秀なんですねえ。

 お前も出世してるだろって? いや、確かにそこそこ手柄も立てたけど。
 うーん、何かあたしのこの出世、変だぞ。

 シーフの勘よ。
 こんなさぼり魔がなんで毎年、地位が上がっていくんじゃ。

 バルドが大隊長になった理由はわかったけど。
 あたしの出世の理由がわからん。

 降格、またはクビにされてもおかしくない存在だぞ。
 今は、何だかわけのわからない部署にいるし。

 自分でもおかしいと思う。
 何かの陰謀を感じるんだな。

 もしかしたら、ドラゴン秘儀団の残党が人事部に潜り込んでいて、あたしに嫌がらせしてんじゃないのか。
 注意深く行動することに決めた。

 さて、財務省のアデリーナさんの居る部屋を覗く。
 あれ、居ないぞ。

 扉に貼ってある座席表で確認すると、おお、アデリーナさん、腰まであった長いきれいな黒髪をばっさりと切って、セミロングにしているぞ。
 セミロングでも美人だ。
 何やら一生懸命仕事してる。

 注意深く行動することに決めたといったのに、すぐ、ふざけたくなるあたし。
 シーフ技で、気づかれずに、アデリーナさんの机の前に行き、「バア!」といきなり顔を出す。
 アデリーナさん、悲鳴を上げて立ち上がる。

 しかし、笑ってはくれない。

 女子更衣室に連れ込まれ、十五分くらい説教されてしまった。

「昔は笑ってくれたじゃないですか」
「もう、大人でしょ」

 また怒られた。
 すんまへん。

「で、何の用!」

 怒ったままのアデリーナさん。
 怖いです。

「あのー、お金下さい」
「お金? 予算のこと」
「そうです」

「そんな、私に急に言われても無理よ」
「仕事机が無いんですよ」

 事情を話すと、ぶつぶつと文句を言いつつ、倉庫から使ってない机と椅子を二人分くれた。
 何だかんだ言っても、お優しいですね。

……………………………………………………

 さて、お仕事のほうなんだけど。
 毎日、サビーナちゃんとおしゃべり。
 楽しいぞ。
 仕事は官報やらをファイルするだけで、全然つまらんが。

 ある日、丸眼鏡の青年が部屋を訪れた。
 この前、官房室で会った秘書官のパオロさんだ。

「皆さん、大変そうですね。手伝いましょうか」
「え、いいんですか。フランコ官房長官の秘書の仕事は」

「私は第十番目の秘書なんで、一番下っ端なんですよ」
「秘書さんが十人もいるんだ!」

 忙しいのね、四角い顔のおっさん。

「そうですね。けど、私は見習いみたいなもんです。雑用係です」
「そうなんだ」

 そして、パオロさんが、プレゼントをくれた。

「お近づきのしるしに」

 お、ロクディーバチョコだ、ブランドチョコだぞ。
 気が利くなあ、パオロさん。

「わあ、チョコレートの詰め合わせ」

 サビーナちゃんも大喜び。

「僕もチョコ大好きなんです。毎日、食べてます」
「その割には痩せてますね」

「いや、体が弱くて太れないんです」
「あら、そうなんですか」
「よく、病院へ行ってます。あと、歯医者はもう常連客ですね」

 チョコ好き癒し系青年とのおしゃべりも楽しい。
 天然女神のクラウディアさんの怪我の功名かもしれん。

 おまけに、休日に賭博場に行ったら、普段あまりやらないルーレットで歴史的大勝利。
 百五十万エンの大儲け。

 最近の負けを一気に取り返したぞ。
 すっかり機嫌がいいあたし。

 翌日、スキップしながら、出勤途中に思い出した。
 そうだ、サビーナちゃんは実家に仕送りしてたんだっけ。
 少し寄付するかな。

 だらだらと官報整理しながら、さりげなくサビーナちゃんに聞く。

「サビーナちゃんのお母様って、最近調子はどうなの」
「だいぶ、よくなって今は働いてます」

「あ、よかったね。前に、仕送りとかしてたけど」
「もう大丈夫と言われて、今はしてません」

 そうなのか。
 せっかくギャンブルで大勝したけど、無理矢理あげるのは不躾か。

 そんなことを考えていたら、フランコ長官に呼び出された。
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