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第52話:安全企画室長になった

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 あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
 ナロード王国安全企画室長(主査級)だ。
 主査級って何じゃ?

 ちなみに今年で二十一歳。
 彼氏無し。
 今までも無し。
 年齢イコール彼氏無し。

 つーか、デートもしたこと無し。
 焦る私。
 
 さて、異動することになったけど、いまだに警備隊の寮に居座っている。
 ギャンブル依存症、しかも大敗の連続。
 そのせいで、貯金ゼロなんで民間のアパートに移る金も無いぞ。

 警備隊から離れるので、職場の皆さんが送別会を開いてくれた。
 場所は、赤ひげのおっさんことアレサンドロ元大隊長が経営する居酒屋、その名も『ドラゴンキラー』。
 居酒屋にそんな名前つけないでよ。

 おっさん、すっかり性格が丸くなっている。
 居酒屋に入ると、巨漢の赤ひげのおっさんがエプロン着て満面の笑みで、大声でお出迎え。

「いらっしゃいませ!」

 かえってビビる。
 まだ大隊長室で、怖い顔して座っていた時のほうがマシだったぞ。

 アデリーナさんは、仕事やら育児やらで忙しいので欠席。
 あたしは、みんなと別れるのは悲しい。

 お前が異動したがってたんじゃないかって? そうなんよ。
 寮に住んでいるなら、隣は警備隊庁舎じゃないか、すぐに会えるじゃないかって? そうなんよ。

 けど、悲しいんよ。
 あたしは酔っぱらったあげく、思いっきりリーダーに抱きついてしまった。

「悲しいよう、寂しいよう、離れたくないよう、別れたくないよう」

 みんな冗談と思ったのか大笑い。
 リーダーも大笑い。
 あたしは本気なのに。

 おっと、ダメダメ。
 リーダーにセクハラしちゃった。

 でも、やっぱり、まだリーダに未練があるんだな。
 情けないあたし。

……………………………………………………
 
 さて、安全企画室に初出勤だ。

 しかし、初日に二日酔い。
 まずいね。

 連絡文書に、なぜか私服で来いと書いてあるが、一応、それなりの恰好をしていく。
 黒いジャケットに白いシャツ、黒いズボン。

 王宮の入り口で、警備している近衛兵に止められるが、辞令を見せると中へ入れてくれた。

 けど、確か情報省に所属するんじゃなかったっけ?
 王宮にも情報省の分室があるのだろうか。

 辞令を持って、案内通りに王宮の隅っこの部屋に行くと、扉に『安全企画室』と殴り書きされている紙が斜めに貼ってある。
 隣はトイレ。

 何じゃこりゃと思いつつ、扉を開けて中に入ると、狭苦しい部屋に受付用の長机と折りたたみ椅子だけ置いてあった。
 何となく湿っぽく、薄暗い部屋だ。
 ちっこい窓が付いてるだけ。

 部屋の空気を入れ替えようと、窓を開けようとするが、カビか何かしらんけど固まっていて開かない。
 いくら力を入れても開かんので、あきらめた。

 嫌がらせかよと思いつつ、椅子に座る。
 しかし、待てど暮らせど誰も来ない。
 どうせいっちゅーねん。

 しばらく漫然としていると、清掃のおばさんが入って来た。

「あんた誰?」

 あたしの顔を見るなり、不審げな顔で言われる。

「えーと、安全企画室長のプルム・ピコロッティですが」

 辞令を見ながら、あたしは職名を言う。

「はあ、何も聞いてないよ。ここは清掃道具用の倉庫部屋よ」
「は?」

「清掃道具をどこへやったのよ。あんた泥棒?」
「違いますよ!」

 まあ、泥棒は開店休業中だけど。
 それにしても、わけの分からない部署に異動したあたし。

 あたし一人だけってどーゆーこと。

……………………………………………………

 さすがに、これはたまらんと情報省のクラウディアさんのところへ相談しに行くことにした。
 王宮の隣の情報省の建物へ行く。

 四階の廊下を歩いていると、おっ、いい香りがしてきたぞ。
 参事官室の扉の隙間から眩い光が差している。
 クラウディアさんが居る証拠だな。

 ノックして扉を開けると、中は超豪華な部屋。
 ふかふかの絨毯に立派な机。
 高級そうなソファセット。
 窓がすごく広い。
 全面窓。

 窓から華麗な王宮が見えるぞ。
 いい景色やね。

「あら、プルムさん、来られましたね」

 にこやかに歩み寄るクラウディアさん。
 相変わらず、お美しい。

 今日のファッションは、ベージュ色のスリットネックブラウスに白いスラックス。左手首にゴールドの値段の高そうなブレスレット。これは本物の金だな。お、ブレスレットをよく見ると犬柄模様。犬の種類はブルドッグ。うーむ、誰が買うんじゃというデザインだな。

 来客用ソファに案内される。
 ニコニコしながらあたしに聞いてくるクラウディアさん。

「どうですか、情報調査室」
「それがですね……あのー、狭い部屋にあたし一人なんですけど。あと、辞令を見ると安全企画室ってなっているんですけど」
「え?」

 事情を話すと、クラウディアさん、例の頬に両手を添えてオロオロし始める。
 オロオロ姫状態。

「ちょっと人事部に行ってきます。すぐに戻ってきますので、こちらで待っていて下さい!」

 クラウディアさんは慌てて、部屋を出て行った。
 そして、すぐに戻ってくると言いながら、なかなか帰って来ない。
 ヒマだ。

 ヒマなんで金目の物を物色。
 泥棒? いや、これは訓練ですよ、訓練。

 クラウディアさんの机をチェック。書類がメチャクチャ。決裁済箱の上に未決裁箱が斜めに置いてあって、またその上に決裁済箱があって、さらに、その上に、また未決済箱が置いてある。わけがわからん。机の上は高々といろんな書類が山のように積んである。下の方はいつ見るんだろう。机の上に作業スペースがほとんどないぞ。どうやって仕事してんだろうか、クラウディアさん。

 右下の引き出しが開けっ放し。そこにも書類が積んである。引き出しが閉められないじゃん。机の下まで書類がグチャグチャに置いてある。ゴミ箱の上まで置かれているけど、下手したら掃除のおばさんに捨てられちゃうぞ。大事な書類だったらどうすんじゃ。そんなに忙しいのか。あたしは、大隊長時代の机はきれいにしていたぞ。まあ、内容見ないで決裁回してたからね。机の中も空っぽ。重要だろうがなかろうが、赤ひげのおっさん作成のお仕事マニュアル以外は、書類なんてゴミ箱にホイホイ捨ててたもんね。お、本があるぞ。「ヨガ美容法 上級編」って題名。やっぱりヨガやってるんだ。だからスタイルいいのかな。けど、去年の教皇庁事件のように熟睡はしないでほしいな。

 右側の一番上の引き出しを物色。ここに小銭を置いている人が多いのだが、残念ながら無い。中はメチャクチャ。何本ものマジックペンの蓋が開けっ放し。このペン乾いてもう使えないぞ。削ってない新品の鉛筆がいっぱい他のと混ざってる。ちゃんと削れよ。おいおい、クリップを数珠繋ぎにするなって。いざという時使えんだろうが。痛! 画鋲が散らばっている。ちゃんと箱に入れなさい。その他、かわいい犬柄の鉛筆削り。かわいい犬柄の消しゴム。かわいい犬柄の付箋紙。かわいい犬柄の巻尺。かわいい犬柄のハサミ。かわいい犬柄の定規。かわいい犬柄のペーパーナイフ。かわいい犬柄の下敷き。かわいい犬柄のチューブ糊。かわいい犬柄のダブルクリップ。かわいい犬柄のウチワ。犬柄ばっかり。

 左に鍵のかかった引き出しがある。フフン、あたしなら簡単に開けられる。シーフ技でさっと開けたら、いつ買ったんだか、貰ったんだか分からないお菓子が一個入っているだけ。しかも食べかけ。汚いなあ。だいたい、なんで鍵かけんの。その下の鍵なしの引き出しを開けたら、うわ! ぐしゃぐしゃになった一万エン札が大量に無造作に置いてある。あんまり無造作なんで、怖いので触らないでおこうっと。一番下の大きい引き出しにはかわいい犬のヌイグルミが入ってた。もうハチャメチャですな。うーん、でも、小銭が無いなあ。おっと、椅子の座面と背もたれのつなぎ目にコインが挟まっているのを発見。何だ、十エン硬貨か。けど、もらっておく。

 さて、ソファに戻って座る。
 クラウディアさん、全然戻ってくる気配が無い。
 何だか疲れた。

 三人掛けソファに横になって、十エン硬貨を親指ではじいて、天井近くに上げて、落ちてくるところをキャッチ。繰り返していると、二日酔いなんで眠くなった。

 頼む、少しだけ眠らせてくれ。
 十分ほど寝るつもりが、ぐっすりと寝た。

……………………………………………………

 気がつくと、目の前のソファにクラウディアさんが座って寝ている。

「クラウディア様」

 呼びかけると、びっくりして起きるクラウディアさん。

「す、すいません。ちょっとうたた寝してまして」

 また、うたた寝かよ。
 人の事言えんけど。

「どうでしたか?」
「えーと、あの、その、えーとですねえ」

 なかなか話さない。
 クラウディアさん、おどおどしてる。

 こりゃ、またポカをやったな。
 あたしは辛抱強く待った。

 時が過ぎていく。
 もっと辛抱強く待つ。

 やっと、クラウディアさんが口を開いた。

「あのー、その、人事部に確認したんですけど、『情報省安全調査室』のはずが、なぜか『王国安全企画室』になっていたんです」
「はあ」

「こんなこと初めてですと言われました。よく確かめなかった私が悪いんですけど」
「そうですか」

 また長い沈黙。
 両膝の間に両手を入れて、もじもじしているクラウディアさん。
 トイレにでも行きたいのか?

 あたしは沈黙に耐えきれなくなった。
 別の方向から話をするか。

「あのー、クラウディア様。居眠りされてましたけど、何で私を起こしてくれなかったんですか」
「えーとですね、戻って来たら、プルムさん、眠っておられて、その、起こそうと思ったんですが、起こすと事情を説明しなきゃならないので、そうすると、プルムさんがお怒りになると思って、そのー、怖くて、怖くて、起こせなかったんです。どうしよう、どうしようと。で、プルムさんが自然と起きるのを待とうと思って」

「あのー、それで、クラウディア様、どれくらい待ってたんですか?」
「三時間くらいです。でも、プルムさん、起きられなくて。そしたら、私もつい、うたた寝をしてしまいました」

 は? 三時間もあたしの間抜けな寝顔を見続けたあげく、そのままうたた寝したんすか。
 この人、マジに天然じゃね。
 もう天然女王から天然女神に昇進!

「えーと、その人事、訂正出来ないんですかね」
「それが、その、人事的に難しくて」
「はあ」
「あのー、言い訳になるかもしれませんが、プルムさんの警備大隊にも、この人事の件について、事前に確認の書類が行っていたみたいなんです」

 やばい、書類なんて全然見てねーや。

「とにかく、本当に申し訳ありません」

 立ち上がって、深々と頭を下げる天然女神のクラウディアさん。
 綺麗だから許す。

 アホらしくて怒る気にもならん。
 それに、書類を全く見なかったあたしにも原因の一端があるし。

「うーん、では、この安全企画室って何をするとこなんですか」
「それが、私も初めて聞く部署なんです」
「は?」
「こんな部署があるなんて知りませんでした。他の情報省員に聞いても知らないって言われました」

 何じゃ、そりゃ! 情報省が知らない部署って。

……………………………………………………
 
 仕方が無く、元清掃道具用の倉庫部屋の安全企画室に戻ると、折りたたみ椅子に四角い顔したおっさんが座っていた。

「初日から、大遅刻とは何事だ!」

 いきなり怒鳴られる。
 むかついた。
 あたしは怒鳴られるのが嫌いなんだよ。

「申し訳ありません。いろいろと事情がありまして。ところで、あなたはどちら様ですか」

 あたしは憮然とした顔で聞く。

「国王官房長官のフランコ・ネーロだ」

 偉そうに答えるおっさん。
 
 このおっさん、知ってるぞ。
 思い出した。
 表彰される時に、王様の後ろに立って、ニヤニヤしているおっさんだ。

「お前には重要な仕事がある。とりあえず座ってろ」
「こんな、何もない部屋で何をしろって言うんですかね」

 あたしは皮肉っぽく質問する。

「部屋は新しいのを改装中だ。しばらくこの部屋に居ろ」

 そう言って、フランコのおっさんは立ち上がった。
 そして、あたしをにらみつけながら、捨て台詞を言って部屋を出て行った。

「ドラゴンキラーだからと言って、警備隊ではちやほやされていたようだが、ここではそうはいかんぞ」

 何だとー! 全然ちやほやなんかされてないぞ。
 むしろ、このアホな肩書のせいでひどい目に会ってる。
 恋人も出来ないし。

 だいたい、あのおっさん、あたしがドラゴンキラーなんてもんじゃないって事を知ってるんだろ。
 ったく。
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