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第35話:ロベルトが蛸に襲われた

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 くだらない半魚人コスプレ強盗事件が終わって、何事もない日々が過ぎる。
 平和なナロード王国。
 まあ、細かい事件は自警団が解決してくれるしね。

 あたしは管理職なんで、書類を見る方が多い。
 面倒なんでパラパラと見て、テキトーに決裁欄にサイン。

 相変わらず、赤ひげのおっさんの部屋へは怖くて入りにくいので、サビーナちゃんに書類を持って行ってもらう。
 すんまへん。

 まあ、いつもはテキトーなんだけど、ふと巡回報告書を見ると、
『スポルガ川で蛸に襲われた。蛸は逃げた』と汚い字で書いてある。

 蛸って川にいたっけ。
 だいたい、人を襲う蛸って何じゃ。

 分隊長の机で、真面目に書類に何やら書いているバルドに聞いてみる。

「ねえねえ、バルド、蛸って川にいるの?」
「蛸は海にしかいないよ」

「蛸が人を襲うってあんの」
「うーん、ミズダコってのがかなり大きくなるけど、通常ありえないんじゃない」

 そうなのか。
 蛸型モンスターってのもあんまり聞かないな。
 この首都からはモンスターの類は駆逐されたって話だし。

 机に戻って、なんで海にしかいない蛸に川で襲われるんだよ、誰だよこんなこと言い出す奴はと、報告者名を見るとチャラ男ことロベルトだ。

 ふざけてんのかとロベルトを見ると、また椅子に座ったまま、天井に顔向け思いっきり体をのけぞって、いびきをかいて寝ている。腕はまただらーんと下に垂らしている。

 サッとシーフ技でロベルトの背後に回り、丸めた報告書でパシパシと頭を叩く。

「痛い、痛い、何するんすか!」

 飛び起きるチャラ男。

「うるさい、チャラ男、仕事さぼるな」

 偉そうなあたし。
 一応、管理職だからね。
 まあ、何度も言うけど、あたしも隊員の頃は散々居眠りしたけど。

 実は今も居眠りしている。
 必殺技を生み出した。

 片手で額をおさえて、もう片方の手は書類に置く。
 顔を下に向けて難しい書類を読んでるふりをする。

 これで、アデリーナさんにも怒られないだろう。
 どうでもいいですかね。

「ところで、この蛸に襲われたってなんだよ、チャラ男! ふざけてんのか! お前、またこの間の半魚人コスプレ強盗事件の時みたいに、あたしに恥をかかせたいんか」

 まあ、あたしも危険な魔導書『ネクロノミカン』を『根暗な蜜柑』って報告した前科があるけど、それはともかく。

「今日の午前中の巡回中に襲われたんですよ、すげーでっかい蛸。いやー怖かったっすよ」

 大袈裟に身振り手振りで再現するロベルト。
 本人がヘラヘラ笑いながら再現しているので、全然、信憑性がないな。

「何で川に蛸がいるんだよ、蛸って海にしかいないでしょ。だいたい、蛸がなんで人を襲うんだよ」

 今しがたバルドから教えてもらった知識を、昔から知っているように披露する偉そうなあたし。

「だって襲われたんだから仕方が無いっしょ」
「その割には居眠りしてたじゃん」
「格闘で疲れたっすよ。結局、蛸は川に逃げていったすよ」

 ホントかよ。
 こいつはタコキラーかよ。
 夢でも見てたんじゃないのか。

「その蛸、去年、オガスト・ダレスの邸宅にあった絵に似てたっすよ」

 ロベルトが頭をかきながら言った。
 ん、待てよ、あれはクトゥルフとかいう奴じゃないか。
 ちょっと冷静になるあたし。

 確か、あのスター・バンパイアってのは、クラゲの化け物だった。
 そして、オガストはクラゲを飼っていたけど、その隣の水槽に蛸もいたぞ。

 けど、オガスト・ダレスはもう刑務所だしな。
 うーん、ちょっと考えるかと自分の席に戻った。
 すると、アデリーナさんにさりげなく注意された。

「プルム、人の頭を叩くのはよくないよ」
「はい、わかりました」

 席を立って、直立するあたし。
 アデリーナさん怖い。
 クトゥルフよりも。
 アデリーナさんが小隊長やればいいのに。

 ところで、この報告書、リーダーもサインしてんだけど。

「リーダー、何か変だと思わなかったの」
「いや、そう思ったんだけど、どうしようかなあと悩んじゃって。で、とりあえず、回しちゃった」

 相変わらず、優柔不断だなあ。
 まあ、いっか。

 さて、この蛸の件をどうするか。
 うーん、クトゥルフにも詳しい、自称吸血鬼ハンターのルチオ教授を呼ぶかな。

 けど、あの爺さん、現場を引っかき回すからなあ。
 しかし、あのクトゥルフっていうのは、どうも気持ち悪い。

 ちょっと、意見を聞いてみるかな。
 教授の研究室に電話する。

「あのー、首都警備隊のプルムと言いますが」
「おー、プルム隊長さんか、ルチオだ。元気かね」

 爺さん元気そうだな。
 事情を話すとすぐにこちらへ来ると言いだした。

「いや、わざわざメスト市まで来ていただかなくてもいいのですが」

 そう言って断ったんだけど、明日来ると言いだしてきかない。
 爺さん、ヒマなのか。

 そして、翌日の昼前。
 玄関で待ってたら、例の蒸気自動車でルチオ教授がやって来た。
 腰はよくなったらしい。

 とりあえず、変な事件なんで、一旦、あたしと教授、ロベルトの三人だけで現場に行くことにした。
 半魚人コスプレ強盗事件みたいに大騒ぎして、恥かくかもしれないし。

 それに、あたしも机に座ってばかりではつまらないし、たまには外にでたい。
 運動不足だ。
 その割には、やっぱり全然太らないけど。

 ロベルトが、嬉しそうにライフルを持って車に乗り込む。

「ライフルは大袈裟じゃないの」
「だって、例のクトゥルフじゃないすか」

 なんだか、ウキウキしているぞ。
 マジ、危ない奴やね。

 自動車にはルチオ爺さん一人だけしかいない。

「あれ、学生のカルロさんとアナスタシアさんはいないんですか」
「もう卒業したぞ」

「ああ、そうだったんですか。お二人は、今は何をされているんですか」
「カルロはプロボクサー、アナスタシアは舞台女優じゃ」
「へ~」

 何だか、ルチオ教授の研究と全然関係ないことやっているような気がするんだけど。
 大学ってそんなもんですかね。

 まあ、カルロさんはアマチュアでボクシングをやってたし、アナスタシアさんはえらい美人で、おまけにコスプレ好きだったし、これでいいのかね。

「今は学生さんはいないんですか」
「そうじゃな。わしの研究についてこれる学生はそうそういないんじゃ」

 本当かよ。
 ルチオ爺さんの偏屈ぶりに、二人とも嫌気がさしていたような気がするけど。
 まあ、どうでもいいか。

 スポルガ川近くの、ロベルトが蛸に襲われたと証言している場所近くまで行ってみた。

「ロベルト、どんな風に襲われたのか説明してよ」
「川岸に下りたら、突然、上から襲われたんすよ」

「なんで、川岸に下りたの」
「何か光るもんがあったから、見に行ったら、百エン硬貨が落ちてたの見つけたんすよ。ラッキーと思って拾おうと思って下りたんすよ」
「お前、それ泥棒になるぞ」

 泥棒のあたしが偉そうにロベルトを説教する。
 さて、とりあえず川岸に降りて、現場検証する。

「サーベルで戦ったんす。そしたら川へ逃げてったんすよ」

 本当かよとその辺を探すと、おお、蛸の足みたいな物体を草むらの中から発見した。
 拾って、ルチオ教授に見てもらう。

「うーん、これは普通の蛸じゃな。クトゥルフとかモンスターじゃないぞ」
「けど、普通の蛸が人を襲いますか?」
「そうじゃのう、上から落ちてきたんじゃないか」

 けど、上は普通の道なんだけど。

「蛸も三十分くらいは陸地を移動できるぞ」
「え、そうなんですか」

 そういや、近くにたこ焼き屋があったな。
 王宮前の大通りのラーメン屋の隣だ。

 たこ焼き屋に行って事情を聞いたら、水槽で飼ってたミズダコが一匹逃げ出したそうだ。
 水槽は店の外に展示してたんだけど、隣のラーメン屋が電話線をひく工事をするため、邪魔になったので他の水槽に移して、ちょっと油断していたら逃げられちゃったそうだ。

 かなり大きい蛸だったらしいけど、まあ、危険動物ではないだろうと自警団にも警備隊にも連絡しなかったようだ。

「やい、チャラ男! 要するにミズダコが逃げ出して、百エン硬貨を拾おうとしたお前の頭に、歩道から落っこちてきただけじゃないか」

 あたしはロベルトの頭を、さっきの蛸の足でパシパシと叩く。

「痛い、痛い」

 ロベルトが逃げ回る。

「まあまあ、その辺で」

 ルチオ教授に止められた。

「川に逃げた蛸はどうなるんでしょうか」
「まあ、通常は海に棲む生物だから、もう衰弱して死んでいるじゃろう」 

 やれやれ。

 下らない事で、ルチオ教授を呼び出してしまって、申し訳ないので、隣のラーメン屋に行く。
 昼食を御馳走することにした。

 これは経費で落ちないだろうから、あたしのポケットマネーから出す。
 あたしも生活苦しいんだけどね。
 ギャンブルで負けまくっているせいで。

「さすが、小隊長殿、おごってくれんすか」

 ロベルトが嬉しそうにしている。

「ああ、有難く思え、チャラ男」

 教授の手前、仕方なくロベルトにも奢ってやる。
 あたしとルチオ教授が味噌ラーメンなのに、ここぞとばかりに、豚骨ラーメン、餃子大皿十五個、チャーハン、チンジャオロース、八宝菜、ザーサイ炒め、紹興酒とドカドカ注文するチャラ男ことロベルト。

「おい、少しは遠慮しろ、チャラ男! あと紹興酒って酒だろうが。職務中に酒飲むのかよ」

 また蛸の足で、ロベルトの頭をパシパシと叩く。
 あたしも職務中に酒を飲んだことあるけどね。

「痛い! 痛い! けど、あともう一つ、レバニラ炒め注文していいすか」

 こいつはまったく懲りないな。
 ホントに強心臓だ。

 このメンタルの強さ。
 ある意味うらやましい。

 三人でラーメン食ってたら、近衛連隊の兵士が入ってきた。
 ラーメン屋の主人が挨拶している。

「私は昔近衛連隊の軍属だったんですよ」

 ラーメン屋の主人が教えてくれた。
 なぜか兵士たちは二階へ行く。

 二階にも席あったのか、それともお座敷か。
 おっと、何か落としていったぞ。

 ドラゴンペンダントか! ってそんな事ないわね。
 ただの財布。

 二階に上って、届けてやる。

「すいません、ありがとうございます」

 兵士にお礼を言われたけど、その背後に部屋が見えて、電話機が何台か置いてあった。
 クレーム対応部屋かね?

 電話機って高くないか。
 このラーメン屋は儲かっているらしいけど。
 まあ、どうでもいいや。

 なお、後で刑務所に服役中のオガスト・ダレスに問い合わせたら、飼っていた蛸は二年前に死んだそうだ。

 なんとも下らん事件だな。
 小隊に動員かけなくてよかった。
 また、恥をかくとこだった。
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