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第1話:ニエンテ村

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 あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
 女剣士だ。

 朝日に照らされた部屋のベッドで、あたしことプルムは眠っている。

 山向こうの湖近くの洞窟で、人間に化けるモンスターのナイアルラトホテプを探索中に、仲間のバルドに誤って殴られて気絶したのだ。
 村の宿屋に担ぎ込まれて、手当を受けている。

「プルムのケガの具合はどうですか」

 バルドがすまなそうにあたしのベッドの脇に立っている。
 闘士、ウォリアーね。
 かなり背が高いけど、ちょっと太っている。顔は普通。
 だけど、ウォリアーのわりには闘志が足り無い感じがする。

「ケガしたとこは大丈夫そうだけど」

 魔法使いのアデリーナさんが心配そうに、あたしの頭の殴られた箇所を見ている。
 大人っぽく、なかなかの美人で、腰まである長い黒髪がきれい。
 スタイルも良い。
 性格は真面目だけど、ちょっとキツイ感じがする。
 頭も良いのか、パーティの会計も兼任。

「けど、プルムさん、頭から血が出てましたよ」

 弓使いのサビーナちゃん。
 あたしより背が低く、年下。かわいい! 手足が細い! 
 握ったら折れちゃうんじゃないかってくらい。
 性格は大人しそうね。金髪をポニーテールでまとめてる。

「気絶したままだけど、本当に大丈夫なんだろうか」

 剣士のアギーレさん。
 我がパーティのリーダー。
 かなりのイケメンだけど、どうも優柔不断な感じがして、主人公的存在なのになんだか目立たない。
 性格が普通だからかな。いいとこのお坊ちゃんだったけど、ある日、思い立って冒険者稼業に飛び込んだみたい。そのため、何となく育ちの良さが感じられる。

「私が攻撃魔法だけでなく、治療魔法を使えれば良かったのですが」

 アデリーナさんがすまなそうな表情を見せる。
 いや、使えなくて良かったですよ、アデリーナさん。

 しばらくして、あたしはうめいた。

「……う、ううん」

「あ、気がついた」
「プルムさん、大丈夫」
「頭は痛くないか」
「気分はどうだ」

 皆さん、いろいろと声をかけて下さる。
 あたしは寝ぼけたふりして言った。

「……あ、私、どうしたの」

 バルドが頭を下げる。

「すまん、俺が斧の柄で殴ってしまって」
「そうですか……」

 あたしはぼんやりとした感じで返事をし、ちょっと夢うつつな雰囲気を醸し出す。

「……いいの、気にしないで。いや、避けない私が悪いんです……」

 あたしはバルドを気づかうセリフを言う。

 バルドはまだ心配そうだ。

「本当に大丈夫なのか」

 多少、あたしは苦し気に返事をする。

「……し、しばらく寝てれば……大丈夫と思う……」

 アデリーナさんが言った。

「とりあえず、そっとしておきましょう」

 そして、リーダーのアギーレさんのありがたいお言葉。

「モンスター退治は俺たちにまかせて、ゆっくりと休んでくれ」
「ご迷惑かけて、すみません……」

 そう言いながらあたしは目を瞑る。
 リーダーを先頭にみんなは部屋から出ていく。

「だいたいパーティのバランスが悪いんじゃない」
「前衛が剣士、闘士、剣士、後衛が魔法使い、クレリック、弓使いで、一応まあまあ良い配置だったんだが」
「ヒーラー役のクレリックがドタキャンするとはね」
「回復役がいないのはつらいですう」

 皆さんいろいろと会話しながら、再び山向こうの湖近くの洞窟へモンスター退治に向かったようね。

 この山向こうの湖、シアエガ湖は観光地で有名なんだけど、モンスターが出現したので、今は一般人は立入禁止になっているんよ。

 この湖はほぼ円の形をしているのが珍しく、その他に、何かの宗教的な古代遺跡と思われる高さが大小の石塔が二十塔くらい、湖の周りに立っている。我がナロード王国はナロード教ってのが国教だけど、わりといいかげんで、他の宗教も許されている。

 ところが、この遺跡はどの宗教とも関係ないみたいなんよ。

 不思議な遺跡で大昔に作られたと思われるのに、ほぼ円柱で、それぞれ一つの石で出来ていて凄い頑丈な塔なんよ。表面もまっさらで何の模様も無いんよ。同じ年代に作られたとされる遺跡とかは、古代の人たちがいろんな装飾や文字とか刻み込んでいるのが普通なんだけど。

 最近作った偽物じゃないかと主張している研究者もいるみたいね。

 一本の塔の周囲の長さは、小柄なあたしが抱きかかえて、何とか両手の指先が届く位の太さ。シアエガの石塔と呼ばれている。建てられた理由はまだ解明されていないみたい。湖と同様にこの古代遺跡も観光の目玉になっていたんよ。

 この湖の近くに洞窟があるんだけど、入り口の前には石造の祭壇のようなものが建っていて、ここで古代の人たちが生贄を捧げていたんじゃないかって言われてるんよ。そして、この洞窟に、えーと、ナイアルラト何とかって言うモンスターが出たんで、観光事業再開を目指すため、あたしたちのパーティがモンスター退治を依頼されたってわけ。

 え? 文章の末尾が時々「んよ」になってるって? これはあたしの生まれ故郷の方言みたいなもんなんよ。

 時々出るけど、気にしないで。

 それにしても、パーティの皆さん勤勉ですね。

 ちらりと片目を開ける。
 さっとベッドから降り、部屋の窓に近づき、そっと外の様子をうかがう。
 パーティのみんなが、遠くの方まで見えなくなるまでひとしきり待つ。
 もう大丈夫ね。

「よし!」

 部屋の中でちょっと屈伸運動をする。
 半日、失神したふりをしていたので、お腹が空っぽ。
 部屋の隅のテーブルに置いてある食料を、ベッドの上であぐらをかいて、意地汚くガツガツ食べる。

 あたしは全然、元気! 
 殴られた箇所は大した傷じゃない。
 血が出たのは倒れた時、耳たぶの辺りが少し切れただけ。
 後は、気絶したふり。

 何で気絶したふりをしたのかって? さぼり、じゃなくて、休みたかったんよ。
 ありゃ! バクバク食べてたら、コップの水こぼしちゃった。
 ベッドが濡れちゃったけど、乾くまで放っておくか。

 当分の間、冒険は仲間にまかせて、ゆっくりとさぼる、ではなくて休もうっと。
 さて、宿屋のあるこの村を散歩でもしようかな。
 宿屋の主人に見られるのはまずいので、玄関ではなく、裏口の方から出ることにした。

 この宿屋は街道沿いにある。
 二階の部屋の窓から下に街道が見える。けっこう道幅が広い。

 あと、遥か遠くまで連なる山々が見えて、なかなか見晴らしがいい。
 今は紅葉シーズン。山の木々が赤や黄色など色付いていて凄くきれい。かなり高い山もあって、雲がかかっている景色は神秘的ですらある。

 ド田舎なんで、周囲は全部、山ばっかりね。宿屋自体は安っぽいけど景観はなかなか良い。

 あたしが寝ている部屋は、二階の二〇二号室。アデリーナさんとサビーナちゃんと一緒に泊っている三人部屋。
 廊下に向かって、右隣の二〇一号室は、リーダーとバルドが泊っている二人部屋。宿屋の一階の正面玄関から入って、左手にある階段を上っていくと、目の前に二〇一号室の扉がある。

 左隣の二〇三、二〇四号室は四人部屋で、今は誰も宿泊していない。
 この二〇一号室から二〇四号室の四部屋は、中の扉でつながっている。いわゆるコネクティングルームね。廊下を出ないで各部屋を行き来できるよう作られている。
 普段、中扉は鍵が掛かっているけど、あたしにかかれば簡単に開けることが出来るんよ。

 えっ、お前は剣士だろ! ってお聞きになるんでございますか?
 冒頭で女剣士と名乗ったな、あれはウソだ。
 求人票が剣士だったので、そう名乗っただけ。

 本当は女シーフ。泥棒ね。ナイフの名手。投げナイフは百発百中よ。
 あたしのナイフの先端は独特の形をしている。毒を入れるためね。誤って自分を刺したら困るから、普段は入れて無いけど。

 この宿屋の中扉は両側から鍵をかけるタイプね。
 閉めるのも朝飯前。
 端っこの二〇四号室まで行って、隣の家屋に面する窓を開ける。ちょっと小さい窓だけど、小柄なあたしならすいっと出て、ひょいっと下に飛び降りることが出来る。

 スキップしながら街道沿いに村を散歩。
 ここは剣と魔法の国、ナロード王国のド田舎にあるニエンテ村。

 宿屋から少し行くと、途中に市場があった。
 野菜とか果物を売っている。
 店の人に声をかける。

「おはようございまーす」
「いらっしゃいませ、お嬢さん」

 お嬢さんと呼ばれると少しうれしいな。貧民街出身だけど。店の人とテキトーに会話。

「いろいろと美味しそうなものばかりねえ。いま、持ち合わせが無いから後で買うわ」

 そう言いながら、リンゴを一個くすめる。

 盗みはお手の物よ。
 盗むなよって? シーフにそんなこと言われてもねえ。
 なぜ盗んだかと言われれば、そこにリンゴがあったからよ。

 あたしのモットーは、三つ。
 一番目は、

「案ずるより生むが易し」

 ちょっと難しい言い方だけど、あんまり心配せず実行しろってこと。

 二番目は、

「今日出来ることは明日も出来る」

 これはそのままの意味ね。仕事はゆっくりやればいい。さぼっていいって意味じゃないよ。

 そして、三番目が最高、

「働いたら負け!」

 誰か言ったか知らないけれど、この三番目を考えた人は天才ね。

 お前はどうしようもない奴だなって? 悪かったね。スラム街で孤児で生まれたんよ。齢十六にして、けっこうつらい目にあってきたんよ。ナイフ技だって我流よ。スラム街で身を守るために仕方がなく使ってたら、うまくなったんよ。育ちが悪いんよ。十四歳でスラム街を出て、泥棒稼業。しょうがないじゃない。

 けど、あたしにも信じていることがある。

 何かって?
 愛よ。それも純愛。
 愛が無い人生なんて生まれてきた意味無い。
 愛こそ、この世の至上の宝。
 愛があれば何もいらない。

 純愛を夢見るうら若き十六歳の乙女よ。
 お前に似合わないって? 大きなお世話!
 恋人いるのかって? うるさい! いないわよ!

 市場のすぐ近くにお茶屋さんがある。
 茶屋の店先にある椅子に座って、果実酒を飲む。
 お酒は大好き。未成年だけど。

 ん? 好きな男性のタイプは何だって? 
 もちろん、男は顔が命! 
 何言ってんだって? 
 だって、男は女を顔だけで判断してんじゃない。
 男だって顔が大事なんよ。

 けど、マッチョ系は苦手。といってかっこつけてるのも、きょどってるのもダメ。
 痩せすぎも嫌ね。自然体で穏やかな人が好き。
 あと、あたしのわがままを全て受け入れてくれる人ね。
 そんな人にきつく抱きしめられたい。

 注文が多すぎるって? 女ってそんなもんよ!
 え? おまえの顔はどう何だって? よく童顔って言われるけど。
 髪は茶髪。後はノーコメント。
 は? スリーサイズ? 失礼ね。まだ十六歳。これからよ。

 茶屋の向こうに賭博場がある。
 まだ昼なんで開いてないけど、ギャンブルは好き。未成年だけど。
 未成年なのに、酒好きで、ギャンブル好きって、どうしようもない女だなって? 

 はい、どうしようもないですね。

 街道をもっと奥の方に行くと、冒険者ギルドの建物がある。
 そこの掲示板で求人票を見て、あのパーティに加入したってわけ。

「この村はのんびりとした感じでいいですねえ、景色もとってもきれいだし」

 茶屋の主人とおしゃべりする。

「最近、山向こうにモンスターが出たようだけど、この村周辺では見たこと無いな。平和な村だ。ゆっくり過ごしていきなさい」
「はい、そうします」 

 そして、ゆっくりとさぼる、じゃない、休むかな。

 のほほんとお酒を飲みながら、茶屋の主人と喋っていい気分になっていたんだけど。
 ありゃ! 遠くの方に仲間の姿が見えた。

「えー! 何でこんなに早く帰ってくんの!」
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