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Pr.3 陰キャの趣味を陽キャに知られるとヤバい

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 なんの取り柄もない俺。こんな俺にも趣味くらいはある。まぁ、趣味と言えど、そんなに極めてなんかいないし、他人に自慢できるものでもない。

 今日も今日とて教室の中。俺は唯一とも言える趣味に没頭して、暇な休み時間を過ごしていた。誰にも侵されることのない神域だ。

「何してるの?」

はい。本日の平穏終了のお知らせ。見れば後ろの席の渡月が俺の顔の横から顔を覗かせている。人々を魅了するその顔が今、俺の真横にある。

「何してるの?」

周りからの視線が痛い。「なんでお前なんかが渡月さんと話してるんだよ」って視線が痛い。俺だって分からないんだ。しかも話してるんじゃなくて、一方的に話しかけられてるんだ。そこを間違えないで欲しい。

 そして渡月には、俺のパーソナルスペースに入り込んできていることを気づいて欲しい。本当にいつか心臓が持たなくなりそうだ。

 さて、俺は今からどうするかだ。逃げるか。隠すか。知らんぷりして続けるか。逃げたり隠したりしたら、絶対に色々聞いてくる。追いかけ回してでも。授業中でも。そんなことをされるのは絶対に勘弁だ。

 だから俺は知らないふりをした。きっとこれが最適解なんだ。

「むー。なら勝手に見よ。」

不機嫌そうにそう言った渡月は席を立ち、俺の隣に来て、俺が読んでいるものを見る。俺の趣味、それはラノベだ。もちろん、書くのも読むのもやっている。つまり、書いているのを見られていなくてよかったってことだ。

「あ~ラノベか。私もちょっとは読むけど、そんなに読んだことないしな。」

納得したように俺の隣で座る渡月。また始まってしまった。あの昼休みの再来だ。俺は何も気にしていないようにそのまま読み続ける。

 俺はあの美術室前でもラノベを読んでいた。Webに載っているやつだが、れっきとしたラノベだ。最近はそういう世界から書籍化されるラノベもあって、色々読み漁っているが、そのどれも質がいいのだ。

「面白い?」

膝の上で頬杖をついてあざとく首を傾げる渡月。なんでこんな仕草を自然にできるのか、本当に知りたいくらいだ。

 たしかにこれは面白い。作品によってクオリティはまちまちだが、俺が好きな現実世界でのラブコメの話は、基本的にハズレがないと思う。

「ふーん面白いんだ。まあ、好きなジャンルならそうよね。私もね、現実世界のラブコメの話好きなんだ。」

渡月は一人で話し始める。俺がちゃんと聞いているのを知っているかのように。

「でもね、異世界は全部苦手!あと転生系も!」

笑顔で渡月はそうはっきりと言う。その瞬間、何人かのオタクの断末魔が聞こえた気がした。おめでとう。お前らが流行ってるからって読み始めたその世界は、うちのクラスの美少女にはウケないそうだ。お前らのその精神には畏怖の念を示そう。

 というか、俺と感性が似てることを言ったな。俺は現実世界のラブコメは好きで、少しでも異世界や転生の要素が入ると急に読めなくなるのだ。そういう意味では俺と渡月は似ているのかもしれない。

「俺と一緒なんだって表情してる。良かったねー。こんな美少女と趣味が合って。」

いじるように笑いながら、俺の思考を見透かしてくる。本当にこの女は怖い。

 そんな時間もあの音が終わりを告げてくれる。どうやら今日も耐えきったようだ。

―キーンコーンカーンコーン

チャイムが教室中に鳴り響き、立っていた生徒たちは急いで席に座った。次の時間は英語だ。先生が教室に入ってきて、挨拶をした。

 英語の時間が始まって、少しは俺にも猶予の時間が出来たように思えた。この時間中には渡月が話しかけてくることはない。なぜなら、英語の教科担任である先生は怖いことで有名だからだ。

「(ねえねえ、それでさっきのラノベは何てタイトル?)」

そんなことも恐れずに、渡月は俺の背中をつついて聞いてくる。しかも先生に聞こえないように小さな声で、先生がちょうど黒板のほうを向いているタイミングでだ。

「(聞いてるんでしょ?私もさすがにこれ以上は話せないかもだからさ。教えてよ。)」

渡月は俺が話をきちんと聞いていると知っていて、だからこそ聞いてくる。俺はノートの端っこに読んでいたラノベのタイトルを書いて、後ろの席に投げた。

「(ありがと。また読んでみるね。)」

そして、俺はさらに重要なことを思い出す。そのちぎった紙の裏側のページ。そこには俺がラノベを書いているときに使う設定とかをメモっていたのだ。そのことに気づいたのは渡してから。今から返せなんか絶対に言えない。

 俺は覚悟を決めた。絶対にあとで色々言われるんだ。そして、陽キャグループの全員に知られ、俺は平穏な日々を失ってしまうんだ。俺の高校生活もここまでなんだ。

 渡月は俺の背中をつついてくる。

「(じゃあ次はこの裏側のことについて話してよ。誰にも言わないからさ。)」

その誰にも言わないは信用ならないことを知っている。それは基準として「面白い」か「面白くない」かがあって、万が一にも面白くないとされたときは、笑い話として共有されるのだ。

「(絶対信用してないでしょ?じゃあ私がこのことみんなに話したら、私のことみんなに話していいよ。それでいい?)」

その言葉は少し決意の籠った言葉だった。こういうとき、人間というのは対価というものを示さない。それは自己保身のためだ。でも、渡月は違った。俺の知っている、ドス黒いものに溢れた人間とは違った。

「(分かった。)」

俺はこの日、渡月に対して初めて口を開いた。
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