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ミカヅキ

杠葉

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 目が覚めると知らない天井だった。

「起きた?なら良かった。」

視線を横に移動させると、桜の顔があった。

「俺は何でここに?」
「すぐそこで倒れてて、ちょっと熱があったから寝かせてただけ。今はもう無さげだけど。何か食べる?」
「ああ、よろしく。」

重たい身体を起こす。時間は夕方の4時。軽く6時間くらい寝ていたようだ。荷物はすぐ近くに置いてくれていて、その横にはタオルも置いてある。

 周りを見渡せばここがどこかすぐに分かった。桜の今の家だ。普通のアパートの一室、そこに俺は寝かされていた。

 桜が作ってくれている間に、誰かが部屋に入ってきた。雰囲気は桜、だけど全くの別人だ。

「えっと…あなたは?」
「桜をありがとね。」

俺の質問に答えることなく、その女の人は言う。床に座って、手に持っているビールを飲み始めた。

「あんたが桜を居候させてくれてたんでしょ?そのことに感謝してるのよ。私は有田杠葉。桜の母親よ。」

その名前には見覚えがあった。あのはがきに書いていた名前だ。

「いえいえ、こちらこそ助けて貰ってばっかりで、今じゃ生活するのもやっとですよ。」
「冗談が上手いなぁ。私は君のことをそこそこ生活力のある男だと見た。どう?間違ってる?」
「まぁ、ギリギリ生活出来てるんでね。」

目の前の初対面の相手に少したじろぎながらも、できる限りの笑顔を作って話す。

「それで、何でここに来た?」

杠葉さんのトーンが少し下がった。それは怒りなのか何なのか分からない。が、ただ単なる疑問ではないのが分かった。

「連れ戻しに来ました。」
「何のために?」
「何のためって言われても…」
「そこが即答できるやつじゃないとね。」

呆れたように後ろに手をつき、ビールをまた1口。「何のため」って聞かれても全く何も思い浮かばなかった。約束?いや、そんな感じじゃない。もっと重要な何か。

「エゴのためですかね。」

ボソッと呟くように言う。何でこの答えが出たのか分からない。でも、思いついたのがこれだった。

「君、面白いね。」

少し驚いたような顔をしたあと、杠葉さんはそう言う。「桜のため」とかそんな綺麗なことを言うと思っていたのだろう。そんなのは自惚れだ。桜のためになることなんか、桜にしか分からないのだ。

「別に私はええよ。桜が納得するんなら。」

杠葉さんはビールを最後まで飲みきり、缶の縁をなぞりながら言う。

「なら、あと1つだけ。もし桜が嫌と言ったら?」
「言いたいことだけ全部言って帰ります。」
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