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キザムノ

意地⑤

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「第8レーン、国学社大附チーム。高積くん、栗栖くん、永穂くん、太地くん。」

役員のおばさんが俺達のことを紹介する。でも、機械的なこんな紹介よりも、

『国学社~!』

その後に聞こえてくるみんなの声の方が10倍は嬉しい。スタンドの方を振り向いたら、みんな手を振っていて、加太はスマホを構えている。撮られているなと思いながら、手を振り返しておいた。

 自分たちのレーンに入って、円陣を組む。なんとなくだ。なんとなくそういう空気になって、円陣を組んだ。

「俺たちならいける。最低でも入賞!出来れば乗ろ!」
「おう!」
「もちろん!」
「任せとけ!」

 全レーンのメンバーの紹介が終わって、あっちがガウンを脱いだ。ゴーグルをして、戦闘態勢に入る。

―ピッピッピッピッ…ピー…

足から入水して、バックストロークレッジに足をかける。

―ピー…

会場が静かになる。

「Take your marks…」
―ピッ

あっちは勢いよく飛び込んだ。

〇〇〇〇〇

 俺は光太郎ほど速くない。勝負強くもなけりゃ、面白くもないし、ただそこにいるだけの陰キャだ。

 でも、不思議とみんなから信頼されている。理由はよく分からない。けど、今だけはその信頼に応えたい。

 飛び込みの手応えは過去イチ。浮き上がってきて、隣のレーンには体半分の差がついていた。何レースも泳いだはずなのに、3年間泳ぎ続けたはずなのに、今だけは体が軽い。今だけは水の感触が心地いい。

 50mのターンを回っても体力の底が見えてくる気がしない。ただ楽しい。

 残り5mの旗が見えた。あぁ、もう終わってしまうんだな。楽しかったなぁ、この3年間。せめていい記録で終わってますように。

 そう思いながら、ゴール板にタッチした。

〇〇〇〇〇

「ソオォォォレィ!」

 あっちはいいタイムで泳いでる。俺も繋ぐ。それが俺に出来ること。

 平泳ぎが専門で良かったと思う。みんなの声援が聞こえるから。練習ではしんどいことの方が多かったけど、報われると思えるのはこのレースのとき、声援が耳に入ってくることだ。

 いつだって、迫ってくる後輩が怖かった。俺がベストを出しても、少しずつ迫ってくる。そんな後輩が怖かった。3年生になって、それを強く感じてしまった。もう歳なんだろう。

 でも、少しでもいいタイムで繋ぐリレーは俺の得意種目。隣に、いや、俺よりも少し前にいるやつ、全員抜いてやって、永ちゃんに繋いでやる。

 3年間で強くなった足、強くなった腕、サボりまくった腹筋。全部使ってやる。壊してやる。せめてあと5mだけ耐えてくれ。

 ゴール板にタッチする。

 俺は全部使い果たしたぞ、永ちゃん。

〇〇〇〇〇

 有輝、本当ならお前が立つべきなんだろう。でも、ちゃんとタイム出すから、許してくれ。

 同学年に有輝や大翔がいたから、俺はあまりリレーに出る機会がなかった。この高校最後の試合でリレーに出れて素直に嬉しい。けど、俺にそんな大役が務まるのか?そんな疑問が浮かんだ。

 予選が終わって、有輝が「交代!」って言ったとき、嬉しかったけど、不安になった。有輝のまんまでも別にいいと思った。

 応援の声が聞こえる。途切れ途切れだが、有輝の声だ。応援してくれているのか。そうか、こんな感覚だったんだ。誰かに応援されるのは。嬉しいな。でも、そんなのも感じられるのもあと10m。次は、大翔。お前は何回もこれを経験してるんだろ。いいなぁ。

 タッチはドンピシャ。エース、頼んだぞ。

〇〇〇〇〇

 みんな頑張ってる。スタンド組も頑張ってる。

 どうやら俺はエースのようだ。エースだから勝って当たり前、エースだから安心して見ていられる。そんな存在がエースだとしたら、みんなは俺に夢を見てくれていると言える。

 俺も人間だ。疲れたら動けないし、プレッシャーに負けるときもある。それでも、エースたる所以。大阪トップを争えるスピード。

 このレースで、エースの座は空く。誰が入るかは分からないけど、せめて、俺の事を目指して貰えるくらいの泳ぎはしないとな。

 50mの浮き上がり。隣と競っているのがわかった。体は限界に近づいているが、こっちにも意地ってもんがある。せめて、この身が動かなくなるまで、俺は勝利のためにあがき続ける。そう決めた身だ。

 この信頼が心地よかった。この信頼が重たかった。

 みんな、たくさんの応援をありがとう。君たちのお陰で俺は6年間、エースを全うできたよ。

〇〇〇〇〇

 賞状を受け取って眺める。そこには確かに『6位』と書かれていた。礼をして、後ろを振り向けば、奏が笑っていた。
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