銀杖のティスタ

マー

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『アウルム』

 僕の目の前に立つリリさんが、短い詠唱と共に正面へ数十枚の金色に輝く光の壁を作り出した。ガーユスが放った火炎の矢は、光の壁に当たった瞬間に轟音を放ちながら炸裂。

「ぅ、ぐっ……!?」
 
 僕が左右に作り出した数十メートルの密集防火林のバリケードとリリさんの展開した光の壁によって、爆炎は角度を変えて上空へと向かう。目が眩むような大爆発は、街中に巨大な火柱を形成した。

 防火林とバリケードと光の壁が無ければ、街にどれほどの被害が出ていたのかわからない。

「……っ!」

 火炎の矢を凌いだ後、リリさんは隙を見逃さずにガーユスへ向けて突撃。

 リリさんの手には、いつの間にか金色に輝く巨大なハンマーが握られていた。魔力で作り出した鈍器、一撃でも与えることができれば致命傷になると見た目でわかる形状。それをガーユス目掛けて叩き付けようと振りかぶっている。

 それを見たガーユスは、一瞬表情を引き攣らせながらすさまじいスピードで後方に飛び退いた。叩き付けられた黄金のハンマーは、アスファルトを粉々に打ち砕く。

 攻撃を外して隙だらけになったリリさんに向けて、ガーユスが火球を放とうとしているのが見えた。

 ピンチであると同時にチャンス。僕の推測が正しければ、このタイミングが最も有効打を与えることができる。

 リリさんが作ってくれた一瞬の隙、死角からの一撃を叩き込むため、僕は地面に向けて魔力を全力で注ぎこむ。

(僕の知る限り、最も硬く重い樹木――……)

 リグナムバイタという高密度・高重量の樹木が実在する。

 ラテン語で「生命の樹」という意味の名前を持つ樹木、それを魔術で再現する。あくまでも再現なので、形状や実際の硬度は僕の魔力量と脳内イメージでいくらでも強化できる。

 脳内でガーユスに向けて槍を突き立てるイメージを固めて、全力で魔力を放出。迸った魔力は、地面の下で硬く重い樹木の槍へと姿形を変える。その強靭な木槍が、ガーユスの足元のアスファルトを突き破って飛び出した。

「……なっ……!?」

 手加減する余裕など無い。正真正銘の殺意を込めた一撃は、火球を放つ寸前のガーユスの腹へと突き刺さった。

「が、はっ……」

 乾坤一擲の一撃は、ガーユスの脇腹に命中。

 僕の推測は、熱と炎の魔術を使う時、ある瞬間だけガーユスは無防備になるのではないか、というものだった。

 人間の身体を構成するタンパク質は、42度以上の熱が出ると凝固して、生命の維持をすることが不可能になる。魔力で再現した炎とはいえ、あれほどの熱量を生み出す魔術を生身で使っていたら無事で済むはずがない。

 炎と熱の魔術を使用した際、その熱量がピークに達する瞬間に熱から身を守る魔術を使っているという予想は当たっていた。その熱防御の魔術にリソースを割いている都合上、物理的な防御ができなくなる、或いは防御が弱くなるタイミングがあるのではないかと考えた。

 実際、僕がリリさんに助けられる前にガーユスの肩に与えた傷は、魔力のある者なら誰でも使えるような初歩的な魔術だった。

 僕の予想は当たっていたようだ。

「……はぁっ……あ、当たった……」

 僕は緊張が解けて、その場に座り込む。

 リリさんは脇腹から大量出血をするガーユスから目を離さずに警戒を続けている。あの大きさの傷を即座に治癒するのは、治癒魔術を得意としている僕でも1分以上は掛かる。

「トーヤさん、まだ気を抜かないで」

 リリさんにそう警告されて、僕は気合を入れ直して立ち上がった。

 相手は今までに何人もの魔術師を殺してきた相手。ここから何かしてくるかもしれない。

「……久しぶりだ、魔術師を相手にしてここまで傷をつけられたのは」

 ガーユスは、この状況でも不敵な笑みを浮かべていた。まだ何か切り札を隠しているのかもしれない。腹に受けた傷、そこから滴る血液を見て笑っているのを見て、僕は背筋に悪寒が走る。

 それと同時に、ガーユスは腹と肩に受けた傷を自らの炎の魔術で焼き始めた。焼灼止血、傷口を焼いて塞いで出血を止めたのだ。

「これ以上は割に合わないな。今回は僕の負け、潔く退散するよ」

 想像もしていなかった言葉を聞いて混乱する。ここまで好き勝手暴れておいて、あまりにも勝手過ぎる。

「逃げられると思っているの?」

 リリさんは、魔力で作り出した黄金の大曲剣を両手に構えながら、ガーユスへと一歩一歩距離を詰めていく。

「やめておいた方がいいよ。俺が一定の間隔で送っている魔力信号が途絶えると、この街の各所に仕掛けておいた魔動式の強力な爆弾が作動する仕組みになっているから。商業施設、学校、高層ビル――爆発するのはどこかな?」

 それを聞いて、リリさんが歩みを止めた。手にしていた武器は黄金の粒子になって霧散する。ガーユスの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないけれど、もし本当だった場合の被害は想像を絶するに違いない。

「また同じような手を……この下衆が」

 リリさんはガーユスを睨みつける。以前も同じような手で逃げたのかもしれない。嘘だと確信できない以上、無闇に手出しをすることはできない。

「敵対する魔術師のいる国に乗り込んだんだから、それくらいの保険を用意しておくに決まっているだろう」

 呆れた様子で笑うガーユスの足元から炎が上がる。徐々に炎に包まれながら、僕に向けて笑顔を向けながら最悪の捨て台詞を残していった。

「キミと俺は同じ境遇だから、いつか僕と同じようになるよ。人間に肩入れしていれば、必ず後悔する日が来る」

 それだけ言って、ガーユスは炎と共に消えてしまった。

 同時に、僕の視界は徐々に狭くなっていく。緊張が解けた瞬間、意識を完全に手放してしまった。
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