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6 「便利屋 宝生」の通常業務
しおりを挟む僕は無事にティスタ先生の働く便利屋のアルバイトとして働かせてもらう事になった。
この便利屋の所長は海外出張などで多忙なので、面接などを行わずにティスタ先生の判断を信じて僕を雇う事を決定してくれたらしい。
まだ姿すら見た事が無い僕を雇用してくれたという事は、所長さんはティスタ先生の事をかなり信頼しているのだろう。
こうして僕は、夢のような魔術の世界へと足を踏み入れて――
「さぁ、トーヤ君のバイト初日です! 元気に頑張りましょう! まずは依頼者の名簿を読み上げてください」
「えーと……鈴木さんの家の犬の散歩と大山さんの家の庭の草むしりです」
……意外と業務は普通だった。魔術師としての仕事より、普通の便利屋としての仕事が主だ。これらが魔術師としての仕事かと問われると、返答に困るような仕事ばかり。
ティスタ先生もいつものフードのついた白い外套を羽織った魔術師らしい姿ではなく、服装は青のジャージ。肩口まで伸びていた銀髪をヘアゴムで後ろに纏めて、動きやすさを重視した姿だった
先生の運転する軽自動車でお客様の元へと向かう途中、助手席に座る僕の心情を読み取ったかのようにティスタ先生は語る。
「仕事内容も服装も、魔術師らしくないなって思いますか?」
「うーん……正直、そう思いますけれど……」
「魔術師という職業を知らないと、そう思ってしまいますよね。この国では案外こういった仕事ばかりですよ」
先生が言うには、こういう日常的な業務の方がお金になるらしい。魔術や魔族絡みのトラブルだと、酷い時はタダ働きになる時もあるのだとか。
「引きこもって魔術の開発や研究をしていたいというのが本音ですが、体力や筋力もある程度は大切ですからね。いざという時、身体が動かないと死に直結する事もあります」
「魔術師の仕事って、そんなに恐ろしいのもあるんですか?」
「主に敵対する魔術師、犯罪に加担しているような悪い魔術師と相対した時とかですね。基本的に魔術師が得意とするのは、遠距離からの狙撃や不意打ち、暗殺ですから」
「敵対? 狙撃に不意打ち……暗殺……?」
物騒な単語の数々に青ざめていると、ティスタ先生はけらけらと笑いながら「大丈夫ですよ」と言った。
「そういう仕事の時は、見習いのキミを同行させたりしませんよ。それに、そんな厄介な魔術師を相手にする仕事は滅多に来ません」
つまりそれは、たまには来るという事。職業としての魔術師という仕事は、僕の想像以上に危険が伴う事もあるらしい。それから先生は、移動中の時間を使って魔術師の歴史について簡単に語ってくれた。
古来より存在していた人間の魔術師は、学んだ魔術を人を殺める事に使用してきた者が多いらしい。それ故、現代に生きる魔術師や魔族の事を良く思わない者も一定数いるのだとか。
僕は半魔族でありながら、そんな事実があった事を全く知らなかった。
「キミが知らないのも無理はありません。資料もほとんど残されていませんし、人間は都合の悪い事を簡単に忘れてしまいますから。もしかしたら人間は、魔術を野蛮な事に利用した歴史を忘れて、いつかまた同じ過ちを繰り返すかもしれません。そうなると人間の魔術師だけではなく、魔族や半魔族の立場も危うくなります」
「そんな……」
今でも魔族や半魔族の風当たりは強いというのに、そんな事になってしまったらロクな事にならないのは目に見えている。
「そうならないように、私のような魔術師がいるのですよ」
ティスタ先生はそう言って、僕に笑い掛けてくれた。
今こうして僕が人間と共に生活できているのも、先生のような魔術師がいてくれたからなんだろうと思う。
……………
犬の散歩と庭の草むしりという魔術師らしからぬ仕事を手際よく終えて、本日の業務は終了。その最中、ティスタ先生はご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら車のハンドルを握っていた。
「んふふ、まさか報酬におまけがついてくるとは。こういうお仕事の醍醐味ですね!」
後部座席には、大量の野菜や果物が入った段ボールが乗っかっている。仕事先のおばあちゃんが畑で収穫したばかりの野菜をお裾分けしてくれたのだ。
おかげでティスタ先生は上機嫌。僕も久しぶりに祖母以外からの人間の善意を感じる事が出来て本当に嬉しかった。笑顔で僕達にお礼を言ってくれたおばあちゃんの表情が忘れられない。
あっという間の1日だった。便利屋での初バイトを終えて事務所へと戻る途中、夕焼けに染まる街並みを車の窓から眺めていると、ティスタ先生はハンドルを握って前を向いたまま僕に話し掛けてくる。
「どうですか、トーヤ君。意外とこういうお仕事もやりがいがあるでしょう?」
「はい、そう思います」
「それはよかった。魔術師としての修練だけではなく、学校やバイトでの経験や出会いが将来の為になる事もあるかもしれません。若いうちは、1分1秒を大切に過ごしてくださいね」
先生の言葉を聞いて、僕は深く頷いた。先生は魔術師としてだけではなく、大人の女性としてもこうしてたくさんのアドバイスをくれる。初めて出会った時は底知れない印象だったけれど、今では優しく頼りになる大人の女性だ。
「さて、帰ったら飲むぞー!」
「えぇ、大丈夫ですか? 昨日もあんなに飲んでたのに……」
「んふふ、仕事後のビールが美味しいと感じるようになれば、トーヤ君も立派な大人です。成人したらきっとわかりますよ」
ちょっと心配になるくらいの大酒飲みなのはどうかと思うけれど、社会に出た大人というのはみんなこうなのかもしれない。魔術師も一般人も、きっと変わらないのだろう。
でも、僕は時折不安になる。ティスタ先生の笑顔には、どこか影を感じさせる事がある。この不安を上手く言い表せないのだけれど、とにかく先生は仕事とプライベートの切り替えが「極端」なのだ。
心のスイッチを強引にONにしているという感じだろうか。こうして仕事をしている時は楽しそうなのだけれど、仕事や僕との魔術の修練が終わった後は酒浸りになってしまっているくらいだから。
ふと、運転席のティスタ先生へと視線を向ける。夕陽に照らされた銀髪と碧眼が美しく輝いて神秘的だった。少し幼さを残した整った顔立ちに浮かんでいる笑顔は無邪気そのもの。
「あ、途中でコンビニに寄りますね。おつまみセットを買ってこないと」
「……はい、わかりました」
言動はちゃんと大人だけれど、そんな先生のギャップが僕は結構好きだ。
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