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【Ⅰ 《神眼の創造主と改変の破壊者》】 [紅き:前編 第一部 第一章 前日談]
2話 「改変された世界線」
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宝暦2043年3月18日。
広大な緑の草原が大地を覆い尽くし、爽やかな風が木々にざわめく。
雲のない青空からは晴天の光によって暖かく心地良い空間が周囲にもたらされ、草食の魔物達が穏やかな生活を日々送っている。
ここは首都オーディア西部――ゾーラ大森林。
森林の最奥部にはかつてこの世界を支配していた魔王ゾーラの祭壇があった地下遺跡が存在し、現在も魔王ゾーラが愛用にしていた無数の魔道具が眠っている。
何も無い空間から歪む音が聞こえると、突然白色の眩しい光の輪が出現する。
その中から現れたのは異世界転移を果たした二人の姿――斎藤ユウタと〝白の神〟モルタはゾーラ大森林の草原へと足を踏み入れた。
異世界転移によってユウタの姿は特に変更点はなかったが、本来持つ童顔によって【紅き】の主人公九重明人と同じ十六歳の若さを手に入れていた。
ただ残念な所をあげるならば若返るなんて知る由もなかった為、転移前に着替えておいた茶色の長袖の服に黒色のジーパンという若い癖に地味な服装を選択していて、ユウタは我ながら少し後悔していた。
「ここは……、ゾーラ大森林か? と言う事は……首都オーディアか」
「……ん。合ってる。どう? ユウタが生み出したこの世界は……」
「まさか……、夢にまで見たこの世界が実在しているとはな……。思いもしなかったよ」
この世界を生み出した創造主にとって、この異世界は唯一無二の存在でしかない。
例え小説家としての夢を諦めてしまった執筆者であっても、創造主が0から生み出した創作物である以上、気持ちが揺らいでしまうのは仕方がない事だ。
【紅き】の物語の舞台は、この首都オーディアから始まる。
首都オーディアの中央にある無限高等学校、略して無限高校は物語の主人公九重明人が在学している唯一の場所。
九重明人がもたらした様々な事象の変化によってその後の展開に大きく関わり、数々の強敵達と戦闘を繰り広げて時には共闘し得る、バトル漫画の様な熱い展開が次々と襲い掛かっていく。
そんな世界の礎にもし創造主が異世界転移を果たしたならば、その時点で既存の異世界転移作品を遥かに凌駕する程のチートと呼べるべき存在になるだろう……。
〝《【未来1】〈灰色の騎士[所有:レゾナス・ブレイド]〉は、□□の□□によって死亡する》〟
〝《【未来2】〈黒色の騎士[所有:レゾナス・ダークネス]〉は無限高校を暗躍し、〈九重明人〉の模擬戦を妨害する》〟
〝《【現在1】〈テクト・シュヴァリエ〉と〈モルタ〉は【紅き】の世界へと異世界転移を果たす。時間軸は、紅き瞳のイミ第一章とする》〟
(感動に浸る余裕は無さそうだ……。こんな事ならもう少し早く、ここに来れば良かったな……)
神眼が自動的に発動したユウタは早速考え始めた。
最初に気付いた点は【現在1】で斎藤ユウタの名前がペンネームではなく、幻の作品【クロスレゾナ-ジ・オリジン-】に登場する主人公テクト・シュヴァリエへと置き換わっていることだ。
それならば斎藤ユウタと言う名を隠し、テクト・シュヴァリエとしてこの【紅き】の世界を冒険すれば、都合が良いだろう。
但し残念な点としてあげるならば、九重明人が闇堕ちする未来が存在しないこと――それと何故か【未来1】が改変されて本来存在しない筈の【未来2】があることだ。
そもそも黒色の騎士は紅き瞳のイミ第二章に登場する重要な人物であり、この黒色の騎士は灰色の騎士の死によって代用された人物だと想定すれば、プロット自体は改変されているが【紅き】の物語に支障はない。
――だが本来のプロットを辿るならば、【未来1】の□□は一体、何を現しているのだろうか?
この世界の創造主である斎藤ユウタにとって、神眼で伏線が露見したとしても文字化けする事はまず有り得ない。
だとすれば【未来1】で□□が原因で灰色の騎士が死亡し、本来の計画が狂った為に【未来2】で物語が改変しているのだろうと、ユウタは考察する。
現在の時間軸が紅き瞳のイミ第一章である以上、まずユウタ=テクトがやるべき事はただ一つ。
それは【未来1】の灰色の騎士の死亡を、回避しなければならないということ。
「モルタ……。一体これはどういう事なんだ?」
「……ん? どういう事……。私が時間軸を失敗するなんて有り得ない――!」
同じく神眼を発動させたモルタが【現在1】の時間軸を確認すると思わず驚愕した。
どうやらモルタが異世界転移する為に用意した本来の時間軸が異なっている様だ。
【紅き】の物語を殆ど知っているモルタでさえも、【未来2】の改変された世界線に不思議と違和感が残る。
やはり□□が関係しているからだろう。
「今から〝緑の神〟に直接言えば……!」
「出来るならもう行動に移しているだろ? モルタなら確実に……」
「……ん。私ならユウタが気付く前にやってる……」
「――それに〝緑の神〟は、紅き瞳のイミ第一章の時点ではまだいないだろ? だったらこの時間軸に固定されている以上、別の時間軸に転移する事も出来ないみたいだな」
「ごめん……」
モルタは上半身を軽く下げて、テクトに謝罪した。
するとテクトはそんなモルタの頭を右手で優しく撫でた。
「別にモルタのせいじゃない……。誰かがこの世界を……」
〝《【過去1】〈魔王ゾーラ〉は□□□の策略によって〝終焉戦争ラグナロク〟を引き起こし、クラン〈ロストガーデン〉の英雄によって〈魔王ゾーラ〉は討伐された》〟
(終焉戦争ラグナロクって何だ……?)
テクトの知らない単語が神眼によって解かれる。
この世界は昔、様々な能力を扱う魔王達に支配されていた。
首都オーディアの七代目国王ジャック・オーディアが魔王討伐を専門的に扱う為に、逸材で最強の兵士を集結させたクラン〈ロストガーデン〉を編成し、彼らが全ての魔王を討伐した事でこの世界に平和が訪れた。
その後。〈ロストガーデン〉は魔王討伐の英雄として語り継がれる事になる――だが世界の脅威に成り得る存在として勘違いされる為解散し、英雄達は次の魔王復活に備えて、この世界にある六つの高等学校に特殊学科を創立させた。
その魔王討伐戦を〝デモンズレイド〟と呼ばれる様に、斎藤ユウタはプロットではなく敢えて設定資料として残していた。
それが□□□の策略によって終焉戦争ラグナロクと呼ばれる未知の戦争が勃発し、この世界はテクト達が異世界転移する以前から既に改変された後だということだ。
テクトから怒りが込み上げてくる……。
それはこの世界を0から創造した原作者本人であり、各登場人物達に命を吹き込んだ者としてテクトにはこの世界を見守る責任があるからだ。
それを□□□という得体の知れない何者かの策略によって【紅き】の物語は改変され、本来の世界線から逸脱している時点で九重明人が闇堕ちする所の問題ではない。
改変された場合に生じる未知の脅威に誰も予測出来ない悲劇が訪れ、この世界に終止符を打たれる可能性が最も高い。
本来辿るべき世界線を修正しなければこの世界は救えず、テクト達が□□と□□□の正体を突き止めなければ、この世界は常に彼らによって破滅の運命を辿るだろう。
「そうか……。創造主の我を無視して、何者かがこの世界を改変したんだな……」
「ユウタ……?」
「――大丈夫。少し怒ってるだけだ……。モルタに心配される程じゃない――それにモルタ。これからはテクトって呼んでくれないか? この世界ではテクト・シュヴァリエとして、異世界転移されているみたいだし……」
「ユウタはユウタ。二人っきりの時はそう呼ぶ」
「分かったよ……。モルタの好きにしろ――」
テクトとして存在している以上、モルタには大衆の場で斎藤ユウタという名前さえ控えてくれれば充分だろう。
もし周囲から偽名だと疑われた場合、犯罪者扱いにされる可能性が高い。
この世界の身分証明の偽装は重罪となり、最高峰のギルドや高校生達が所属する上位クランによって、その罪を裁かれる。
「これからどうする……?」
「冒険者になった方が良さそうだ」
「……ん。じゃあこの力をあげる」
モルタの掌からポウッと野球ボールの様な白色の光の玉が現れ、テクトが地球から持ち出した表面が汚れたノートの中へと入り込む。
するとそのノートはB5サイズの紅色の本へと様変わりを果たした。
テクトは紅色の本をめくると最初のページには謎の九個の項目があり、それ以外のページには文字がなく全て白紙の状態だった。
「これは……?」
「その紅色の本には【紅き】の設定資料が全て記されている。但し利用するには、九つの条件を決めなければならない」
「何だそりゃ?? 難しそうだな……」
「――その条件は、ユウタが自由に考えて良い」
「え……? 良いのか?」
「……ん。でもその条件を難しく考えないと、その紅色の本が盗まれた時の対処が大変」
「そう言う事か……」
本である以上骨董品として何者かに盗まれる可能性があり、【紅き】の世界であっても日本の様に治安が良い訳ではない。
その為にはこの紅色の本をテクト専用として、非常に扱い難い程複雑な条件を独自に考えなければならないという事だろう。
――だがモルタが話した『利用』という言葉に、テクトは何故か異様に引っ掛かる。
神の権能『神眼』を持つ〝白の神〟モルタが作成した紅色の本は【紅き】の設定資料を見る他にも、客観的に見れば戦闘時に応用出来るのではないかとテクトは気が付いた。
(まさか条件次第で登場人物の能力を複製出来るんじゃ……。だとしても――相手がその能力を逆に利用されたら、自分が不利だよな……)
「そう言えばモルタ。自分の身体能力って、今どうなっているんだ?」
「九重明人と同等の身体能力にしてある。ユウタ――そもそも体力がない」
「ははは……。知っていたか……」
テクトにとって九重明人は理想の姿そのものだった。
現実のテクトは力強い子供にも喧嘩で負ける程貧弱な身体の為、小説という理想の中ではある程度強い自分自身を主人公として想像していた。
その影響で九重明人の性格は完全ではないが、少しテクトに似ている箇所があった。
――だがモルタはその事について全く知る由もなかった。
何故ならモルタはテクトの瘦せた外見から貧弱な身体だと察した訳ではなく、外で強風に飛ばされそうになるテクトを見た事があり、その時にテクトには身体能力がないなと気付いたのは言うまでもない。
「神眼とその身体能力さえあれば、生き延びる事は充分。だけどユウタに攻撃手段がない」
「確かにな……。時間は掛かっても大丈夫か……? 魔獣とかは?」
「ここはゾーラの大森林――だけどこの草原には、魔獣は疎か草食の魔物しか出現しないから安心して」
「それなら心置きなく考えるよ」
テクトは暖かい草原に胡坐をかいて座り込む。
紅色の本をめくって九個の項目がある最初のページに触れると、見覚えのあるキーボード配列のタッチパネルが表示された。
どうやらこれは文章を打ち込むタイプの様だ。
小説を執筆していた者として嬉しい機能であり、テクトからすればアナログ式の面倒な手書き入力ではなくて本当の意味で助かっていた。
するとモルタがテクトの右隣に座り込むと、オブシディアンの様な黒い瞳でテクトを退屈そうに見つめて呟いた。
「長くなる……?」
「ごめんな。文章を打ち込むなんて久し振りだったからな」
「……ん。別に構わない。いつものユウタだから」
「もう少し時間が欲しいかな?」
「……ん。待ってる……」
二十分後。九つの条件が全て埋め終わり、テクトは小説を改稿し終わった後の様な達成感と程良い疲れに満たされていた。
ふとテクトは右隣のモルタを覗けば、テクトの肩を枕にしてぐっすりと静かに眠るモルタの可愛い寝顔が見えた。
テクトは溜め息を吐くと、モルタの身体を左手で優しく揺さぶった。
実際の所。テクトはモルタが目覚めるまで寝かせてあげたい気持ちは充分にあった。
――だが今日中に冒険者組合で依頼まで終わらせなければ、この世界の通貨を持たないテクト達は野宿決定だった。
するとモルタは眠たそうに瞼を開けて小さな声でテクトに囁いた。
「……ん。ユウタ……。出来た?」
「――ああ。出来たよ」
「……ん。見せて」
テクトは紅色の本の最初のページを開いてモルタに手渡した。
【紅色の本】(合計コスト18)
[1]この本は原作者のみ、【紅き】に関係する全ての設定資料を閲覧できる
[2]この本は破壊や消滅及び奪取されず、原作者の許可無しに所持及び閲覧できない
[3]自分自身が既存の登場人物に存在を認知された時、初めてその登場人物の一部の能力を使用できる
[4]能力は代価を支払う事で、作中に登場する現在使用可能な能力のみ使用できる
[5]初期コストは、一名に対して18である
[6]【3】で得た能力は自動的に保存され、登場人物の生死を問わず常時その能力を使用できる
[7]【3】で得た能力は熟練度によって成長し、作中の理解度によってその能力の熟練度は変化する
[8]原作者のみ熟練度は100(MAX)にされ、コストを1にする
[9]【紅き】に天地の祝福があらんことを
「うーん……。チート……。――だけど本当に強力なのかは、未知数……」
「一応弱点は無効化くらいだよ。相手が無効化で対抗してくれないと面白くないだろう? 『俺強え物』だと大抵つまらない展開が多過ぎて、敵が強くても主人公が強過ぎたら勝算がないだろ?」
「確かにこの世界には無効化は存在するけど……、まぁ……ユウタの事だからたぶん大丈夫。次に書き換える時は、他の神に頼まないと出来ないから」
「じゃあ当分の間は出来そうにないな……」
「……ん。大丈夫?」
「モルタが心配する程でもないさ。自分がこの本を上手く行使すれば良い話だろ」
「それなら良かった」
他の神とは、〝白の神〟モルタの様な特別な超能力『権能』を持つ神様のこと。
もしテクトの前に現れる神様がいるならば、この異世界を管理する〝緑の神〟が適任だろう。
――だがそれは叶わない。何故なら現時点で〝緑の神〟は、まだ目覚めていないからだ。
その為。紅色の本の書き換えは実質不可能であり、テクトは自らが弱点として追加しなかった無効化を予め対策する必要があるという事だ。
それに関しては、それ程厄介な問題ではない。
テクト自身が護身用に武器や装備を整えれば良い話であり、耐久性を考慮して安価な代物ばかりを選択すれば相手に長期戦を持ち込まれるとかえって不利になるだろう。
「ユウタ。この紅色の本の名前は?」
「レガリア」
「……ん。良い名前。レガリアの刻印は完了したからユウタに返す。大切にして」
「ありがとう」
テクトはモルタから紅色の本レガリアを手に入れた。
するとレガリアの[3]の能力によってテクトは九重明人の同一人物として認知され、九つの条件の下には九重明人の名前が浮かび上がる。
これでテクトは九重明人の能力が使用可能となり、紅き瞳のイミ第一章の状態だとしても日本人の斎藤ユウタからすれば心強く感じた。
「じゃあ今の内に移動しよう」
「どこに?」
「首都オーディアの西部――その名も歓楽街ガロンだ」
テクトはレガリアで世界地図のページを開いてそれぞれの場所と位置を照合し、ゾーラ大森林を基準にテクト達が向かうべき方角を予め確認する。
その後。テクトはモルタを連れてゾーラ大森林に隣接する歓楽街ガロンへと歩き出した。
━━【紅色の本レガリア[紅き瞳のイミ第一章]】━━
◆九重明人
広大な緑の草原が大地を覆い尽くし、爽やかな風が木々にざわめく。
雲のない青空からは晴天の光によって暖かく心地良い空間が周囲にもたらされ、草食の魔物達が穏やかな生活を日々送っている。
ここは首都オーディア西部――ゾーラ大森林。
森林の最奥部にはかつてこの世界を支配していた魔王ゾーラの祭壇があった地下遺跡が存在し、現在も魔王ゾーラが愛用にしていた無数の魔道具が眠っている。
何も無い空間から歪む音が聞こえると、突然白色の眩しい光の輪が出現する。
その中から現れたのは異世界転移を果たした二人の姿――斎藤ユウタと〝白の神〟モルタはゾーラ大森林の草原へと足を踏み入れた。
異世界転移によってユウタの姿は特に変更点はなかったが、本来持つ童顔によって【紅き】の主人公九重明人と同じ十六歳の若さを手に入れていた。
ただ残念な所をあげるならば若返るなんて知る由もなかった為、転移前に着替えておいた茶色の長袖の服に黒色のジーパンという若い癖に地味な服装を選択していて、ユウタは我ながら少し後悔していた。
「ここは……、ゾーラ大森林か? と言う事は……首都オーディアか」
「……ん。合ってる。どう? ユウタが生み出したこの世界は……」
「まさか……、夢にまで見たこの世界が実在しているとはな……。思いもしなかったよ」
この世界を生み出した創造主にとって、この異世界は唯一無二の存在でしかない。
例え小説家としての夢を諦めてしまった執筆者であっても、創造主が0から生み出した創作物である以上、気持ちが揺らいでしまうのは仕方がない事だ。
【紅き】の物語の舞台は、この首都オーディアから始まる。
首都オーディアの中央にある無限高等学校、略して無限高校は物語の主人公九重明人が在学している唯一の場所。
九重明人がもたらした様々な事象の変化によってその後の展開に大きく関わり、数々の強敵達と戦闘を繰り広げて時には共闘し得る、バトル漫画の様な熱い展開が次々と襲い掛かっていく。
そんな世界の礎にもし創造主が異世界転移を果たしたならば、その時点で既存の異世界転移作品を遥かに凌駕する程のチートと呼べるべき存在になるだろう……。
〝《【未来1】〈灰色の騎士[所有:レゾナス・ブレイド]〉は、□□の□□によって死亡する》〟
〝《【未来2】〈黒色の騎士[所有:レゾナス・ダークネス]〉は無限高校を暗躍し、〈九重明人〉の模擬戦を妨害する》〟
〝《【現在1】〈テクト・シュヴァリエ〉と〈モルタ〉は【紅き】の世界へと異世界転移を果たす。時間軸は、紅き瞳のイミ第一章とする》〟
(感動に浸る余裕は無さそうだ……。こんな事ならもう少し早く、ここに来れば良かったな……)
神眼が自動的に発動したユウタは早速考え始めた。
最初に気付いた点は【現在1】で斎藤ユウタの名前がペンネームではなく、幻の作品【クロスレゾナ-ジ・オリジン-】に登場する主人公テクト・シュヴァリエへと置き換わっていることだ。
それならば斎藤ユウタと言う名を隠し、テクト・シュヴァリエとしてこの【紅き】の世界を冒険すれば、都合が良いだろう。
但し残念な点としてあげるならば、九重明人が闇堕ちする未来が存在しないこと――それと何故か【未来1】が改変されて本来存在しない筈の【未来2】があることだ。
そもそも黒色の騎士は紅き瞳のイミ第二章に登場する重要な人物であり、この黒色の騎士は灰色の騎士の死によって代用された人物だと想定すれば、プロット自体は改変されているが【紅き】の物語に支障はない。
――だが本来のプロットを辿るならば、【未来1】の□□は一体、何を現しているのだろうか?
この世界の創造主である斎藤ユウタにとって、神眼で伏線が露見したとしても文字化けする事はまず有り得ない。
だとすれば【未来1】で□□が原因で灰色の騎士が死亡し、本来の計画が狂った為に【未来2】で物語が改変しているのだろうと、ユウタは考察する。
現在の時間軸が紅き瞳のイミ第一章である以上、まずユウタ=テクトがやるべき事はただ一つ。
それは【未来1】の灰色の騎士の死亡を、回避しなければならないということ。
「モルタ……。一体これはどういう事なんだ?」
「……ん? どういう事……。私が時間軸を失敗するなんて有り得ない――!」
同じく神眼を発動させたモルタが【現在1】の時間軸を確認すると思わず驚愕した。
どうやらモルタが異世界転移する為に用意した本来の時間軸が異なっている様だ。
【紅き】の物語を殆ど知っているモルタでさえも、【未来2】の改変された世界線に不思議と違和感が残る。
やはり□□が関係しているからだろう。
「今から〝緑の神〟に直接言えば……!」
「出来るならもう行動に移しているだろ? モルタなら確実に……」
「……ん。私ならユウタが気付く前にやってる……」
「――それに〝緑の神〟は、紅き瞳のイミ第一章の時点ではまだいないだろ? だったらこの時間軸に固定されている以上、別の時間軸に転移する事も出来ないみたいだな」
「ごめん……」
モルタは上半身を軽く下げて、テクトに謝罪した。
するとテクトはそんなモルタの頭を右手で優しく撫でた。
「別にモルタのせいじゃない……。誰かがこの世界を……」
〝《【過去1】〈魔王ゾーラ〉は□□□の策略によって〝終焉戦争ラグナロク〟を引き起こし、クラン〈ロストガーデン〉の英雄によって〈魔王ゾーラ〉は討伐された》〟
(終焉戦争ラグナロクって何だ……?)
テクトの知らない単語が神眼によって解かれる。
この世界は昔、様々な能力を扱う魔王達に支配されていた。
首都オーディアの七代目国王ジャック・オーディアが魔王討伐を専門的に扱う為に、逸材で最強の兵士を集結させたクラン〈ロストガーデン〉を編成し、彼らが全ての魔王を討伐した事でこの世界に平和が訪れた。
その後。〈ロストガーデン〉は魔王討伐の英雄として語り継がれる事になる――だが世界の脅威に成り得る存在として勘違いされる為解散し、英雄達は次の魔王復活に備えて、この世界にある六つの高等学校に特殊学科を創立させた。
その魔王討伐戦を〝デモンズレイド〟と呼ばれる様に、斎藤ユウタはプロットではなく敢えて設定資料として残していた。
それが□□□の策略によって終焉戦争ラグナロクと呼ばれる未知の戦争が勃発し、この世界はテクト達が異世界転移する以前から既に改変された後だということだ。
テクトから怒りが込み上げてくる……。
それはこの世界を0から創造した原作者本人であり、各登場人物達に命を吹き込んだ者としてテクトにはこの世界を見守る責任があるからだ。
それを□□□という得体の知れない何者かの策略によって【紅き】の物語は改変され、本来の世界線から逸脱している時点で九重明人が闇堕ちする所の問題ではない。
改変された場合に生じる未知の脅威に誰も予測出来ない悲劇が訪れ、この世界に終止符を打たれる可能性が最も高い。
本来辿るべき世界線を修正しなければこの世界は救えず、テクト達が□□と□□□の正体を突き止めなければ、この世界は常に彼らによって破滅の運命を辿るだろう。
「そうか……。創造主の我を無視して、何者かがこの世界を改変したんだな……」
「ユウタ……?」
「――大丈夫。少し怒ってるだけだ……。モルタに心配される程じゃない――それにモルタ。これからはテクトって呼んでくれないか? この世界ではテクト・シュヴァリエとして、異世界転移されているみたいだし……」
「ユウタはユウタ。二人っきりの時はそう呼ぶ」
「分かったよ……。モルタの好きにしろ――」
テクトとして存在している以上、モルタには大衆の場で斎藤ユウタという名前さえ控えてくれれば充分だろう。
もし周囲から偽名だと疑われた場合、犯罪者扱いにされる可能性が高い。
この世界の身分証明の偽装は重罪となり、最高峰のギルドや高校生達が所属する上位クランによって、その罪を裁かれる。
「これからどうする……?」
「冒険者になった方が良さそうだ」
「……ん。じゃあこの力をあげる」
モルタの掌からポウッと野球ボールの様な白色の光の玉が現れ、テクトが地球から持ち出した表面が汚れたノートの中へと入り込む。
するとそのノートはB5サイズの紅色の本へと様変わりを果たした。
テクトは紅色の本をめくると最初のページには謎の九個の項目があり、それ以外のページには文字がなく全て白紙の状態だった。
「これは……?」
「その紅色の本には【紅き】の設定資料が全て記されている。但し利用するには、九つの条件を決めなければならない」
「何だそりゃ?? 難しそうだな……」
「――その条件は、ユウタが自由に考えて良い」
「え……? 良いのか?」
「……ん。でもその条件を難しく考えないと、その紅色の本が盗まれた時の対処が大変」
「そう言う事か……」
本である以上骨董品として何者かに盗まれる可能性があり、【紅き】の世界であっても日本の様に治安が良い訳ではない。
その為にはこの紅色の本をテクト専用として、非常に扱い難い程複雑な条件を独自に考えなければならないという事だろう。
――だがモルタが話した『利用』という言葉に、テクトは何故か異様に引っ掛かる。
神の権能『神眼』を持つ〝白の神〟モルタが作成した紅色の本は【紅き】の設定資料を見る他にも、客観的に見れば戦闘時に応用出来るのではないかとテクトは気が付いた。
(まさか条件次第で登場人物の能力を複製出来るんじゃ……。だとしても――相手がその能力を逆に利用されたら、自分が不利だよな……)
「そう言えばモルタ。自分の身体能力って、今どうなっているんだ?」
「九重明人と同等の身体能力にしてある。ユウタ――そもそも体力がない」
「ははは……。知っていたか……」
テクトにとって九重明人は理想の姿そのものだった。
現実のテクトは力強い子供にも喧嘩で負ける程貧弱な身体の為、小説という理想の中ではある程度強い自分自身を主人公として想像していた。
その影響で九重明人の性格は完全ではないが、少しテクトに似ている箇所があった。
――だがモルタはその事について全く知る由もなかった。
何故ならモルタはテクトの瘦せた外見から貧弱な身体だと察した訳ではなく、外で強風に飛ばされそうになるテクトを見た事があり、その時にテクトには身体能力がないなと気付いたのは言うまでもない。
「神眼とその身体能力さえあれば、生き延びる事は充分。だけどユウタに攻撃手段がない」
「確かにな……。時間は掛かっても大丈夫か……? 魔獣とかは?」
「ここはゾーラの大森林――だけどこの草原には、魔獣は疎か草食の魔物しか出現しないから安心して」
「それなら心置きなく考えるよ」
テクトは暖かい草原に胡坐をかいて座り込む。
紅色の本をめくって九個の項目がある最初のページに触れると、見覚えのあるキーボード配列のタッチパネルが表示された。
どうやらこれは文章を打ち込むタイプの様だ。
小説を執筆していた者として嬉しい機能であり、テクトからすればアナログ式の面倒な手書き入力ではなくて本当の意味で助かっていた。
するとモルタがテクトの右隣に座り込むと、オブシディアンの様な黒い瞳でテクトを退屈そうに見つめて呟いた。
「長くなる……?」
「ごめんな。文章を打ち込むなんて久し振りだったからな」
「……ん。別に構わない。いつものユウタだから」
「もう少し時間が欲しいかな?」
「……ん。待ってる……」
二十分後。九つの条件が全て埋め終わり、テクトは小説を改稿し終わった後の様な達成感と程良い疲れに満たされていた。
ふとテクトは右隣のモルタを覗けば、テクトの肩を枕にしてぐっすりと静かに眠るモルタの可愛い寝顔が見えた。
テクトは溜め息を吐くと、モルタの身体を左手で優しく揺さぶった。
実際の所。テクトはモルタが目覚めるまで寝かせてあげたい気持ちは充分にあった。
――だが今日中に冒険者組合で依頼まで終わらせなければ、この世界の通貨を持たないテクト達は野宿決定だった。
するとモルタは眠たそうに瞼を開けて小さな声でテクトに囁いた。
「……ん。ユウタ……。出来た?」
「――ああ。出来たよ」
「……ん。見せて」
テクトは紅色の本の最初のページを開いてモルタに手渡した。
【紅色の本】(合計コスト18)
[1]この本は原作者のみ、【紅き】に関係する全ての設定資料を閲覧できる
[2]この本は破壊や消滅及び奪取されず、原作者の許可無しに所持及び閲覧できない
[3]自分自身が既存の登場人物に存在を認知された時、初めてその登場人物の一部の能力を使用できる
[4]能力は代価を支払う事で、作中に登場する現在使用可能な能力のみ使用できる
[5]初期コストは、一名に対して18である
[6]【3】で得た能力は自動的に保存され、登場人物の生死を問わず常時その能力を使用できる
[7]【3】で得た能力は熟練度によって成長し、作中の理解度によってその能力の熟練度は変化する
[8]原作者のみ熟練度は100(MAX)にされ、コストを1にする
[9]【紅き】に天地の祝福があらんことを
「うーん……。チート……。――だけど本当に強力なのかは、未知数……」
「一応弱点は無効化くらいだよ。相手が無効化で対抗してくれないと面白くないだろう? 『俺強え物』だと大抵つまらない展開が多過ぎて、敵が強くても主人公が強過ぎたら勝算がないだろ?」
「確かにこの世界には無効化は存在するけど……、まぁ……ユウタの事だからたぶん大丈夫。次に書き換える時は、他の神に頼まないと出来ないから」
「じゃあ当分の間は出来そうにないな……」
「……ん。大丈夫?」
「モルタが心配する程でもないさ。自分がこの本を上手く行使すれば良い話だろ」
「それなら良かった」
他の神とは、〝白の神〟モルタの様な特別な超能力『権能』を持つ神様のこと。
もしテクトの前に現れる神様がいるならば、この異世界を管理する〝緑の神〟が適任だろう。
――だがそれは叶わない。何故なら現時点で〝緑の神〟は、まだ目覚めていないからだ。
その為。紅色の本の書き換えは実質不可能であり、テクトは自らが弱点として追加しなかった無効化を予め対策する必要があるという事だ。
それに関しては、それ程厄介な問題ではない。
テクト自身が護身用に武器や装備を整えれば良い話であり、耐久性を考慮して安価な代物ばかりを選択すれば相手に長期戦を持ち込まれるとかえって不利になるだろう。
「ユウタ。この紅色の本の名前は?」
「レガリア」
「……ん。良い名前。レガリアの刻印は完了したからユウタに返す。大切にして」
「ありがとう」
テクトはモルタから紅色の本レガリアを手に入れた。
するとレガリアの[3]の能力によってテクトは九重明人の同一人物として認知され、九つの条件の下には九重明人の名前が浮かび上がる。
これでテクトは九重明人の能力が使用可能となり、紅き瞳のイミ第一章の状態だとしても日本人の斎藤ユウタからすれば心強く感じた。
「じゃあ今の内に移動しよう」
「どこに?」
「首都オーディアの西部――その名も歓楽街ガロンだ」
テクトはレガリアで世界地図のページを開いてそれぞれの場所と位置を照合し、ゾーラ大森林を基準にテクト達が向かうべき方角を予め確認する。
その後。テクトはモルタを連れてゾーラ大森林に隣接する歓楽街ガロンへと歩き出した。
━━【紅色の本レガリア[紅き瞳のイミ第一章]】━━
◆九重明人
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