上 下
1 / 1

死ねどスプレーは何を殺したか?

しおりを挟む
ほんの戯れのつもりだった。

私はポケットから手を入れるフリをしながらお清めスプレーを人の森の空いた空間にプッシュする。

いち、に

あたりに墨汁のような香りが漂いだしてからほんの数分…いや、数秒だったかもしれない。

『うっ』

私の背後にいたサラリーマンの小さく呻いた声を皮切りに苦しそうに呻き、踠く人々。
中には喉をかきむしる女やここから出せと言わんばかりに窓やドアを叩く男。

まさに地獄絵図

呼吸ができる隙間がかろうじてあるだけの空間で次々と暴れ狂う人々。
波のような激しい熱気と動きのなかで私の意識は段々と薄れ、ふつりと途絶えた…


『もしもし、大丈夫ですか??』
誰かが私の肩を叩いている。
重い目蓋を開けると目の前には車掌の姿。

車掌は私が目覚めたのを確認すると『この電車は回送になりますので降りてくださいね』
と早く降りるよう目で急き立てる。

おかしい。あんなに満員電車の中で群衆が暴れていたのに、この車掌はなぜ『いつもどおり』の業務をこなしているのだろうか?
そして私はどれくらいの間気を失っていたのだろうか?
不思議に思いながらも私は終点の淀屋橋駅を降りる。
あんなに多くの人間が苦しみ、暴れていたのだからTwitterでは大騒ぎに違いない。
そう思いながらスマホを起動する。
その瞬間私は画面をみて息が止まった。


スマホの画面の時刻は深夜。
派遣先の上司と派遣元からの不在着信が何件も入っている。
両親にも連絡が言ったのだろう。ラインの通知があり得ないくらい入っていた。

どういうことだ?
私は『朝のいつもどおりの時間に』乗った筈だ。
確かに毎朝すれ違う名も知らぬ人の姿を駅で見た筈だ。

私は…


私は本当に『いつもの電車』に乗ったのだろうか?
電車の中にいた人は本当に『いつもよく見る人たち』だっただろうか?

思いだそうとすればするほど私が朝自分につけたお清めスプレーの独特な香りが漂い、その思考を霧の中へ隠してしまう。


もしもあの時戯れにあのスプレーを押さなければ私は『どこに』連れていかれたのだろう?


私は改札を抜け、階段を登りながら派遣先と派遣元、そして両親にどう説明をするか考えるのを放棄し、ラインで今日起こった出来事を友人に伝えようと文字を打ち始めた。



~死ねどスプレーは何を殺したか?~


END
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

保育士だっておしっこするもん!

こじらせた処女
BL
 男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。 保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。  しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。  園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。  しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。    ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

孤独な戦い(2)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

隣の家

こじらせた処女
BL
 部活から帰ってきた千紘(ちひろ)(14)は、母親に彼氏が来るから、と追い出されてしまう。いつもの場所の非常階段で待機している途中、トイレに行きたくなってしまい…?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

孤独な戦い(3)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

処理中です...