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8.出来比べ
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風呂敷持った喜助。腰をかばうようにして不格好に歩く修三。そしてなぜか揚々とした様で歩く平次郎。
結局、この三人で吉原の大門をくぐることになった。
平次郎が来るならざわざわ自分は来なくてもよかったのではないか。
修三は腑に落ちない。これなら店で休みながら帳簿の整理をしておけばよかったのではないだろうか。
喜助は初めて吉原に来たのか、キョロキョロとあたりを見回している。
「喜助は吉原は初めてか」
平次郎が面白そうに喜助に声をかけると、目で通りすがる遊女の姿を追いながら、「へえ」と小さく答えた。
「やめろ、田舎者。恥ずかしいだろう」
そういう修三も吉原には遣いで数えるほどしか来たことはない。それでも喜助のような無粋な行動を取りはしなかったし、そういう喜助と歩くのは恥ずかしいとさえ思った。
「まあいいじゃないか。今日は道中も出るようだよ。運が良ければ、見られるかもしれないねえ」
「道中?」
「普段お目にかかれない花魁が吉原の道中を練り歩くのさ。ひと目みれば寿命が延びるというような天女のような姿だというよ」
「そうは言っても、人でしょう」
「まあそうだ。修三は夢がないねえ」
「夢では仕事になりませぬゆえ」
無表情で答える修三に平次郎は曖昧な笑みを浮かべた。
「喜助」
「へ、へえ」
戸惑いを隠せない喜助は平次郎が話しかけてもどこか上の空だった。
――失敗できない仕事ではなかったのだろうか。
修三は他人事ながら呆れてきた。わざわざ自分に声をかけてまで失敗したくないと言っていた仕事にしては、気もそぞろである。
「会えるといいね」
平次郎の言葉にも、喜助は曖昧に微笑むだけだった。
今日の遣い先は村田屋だ。
表はそれなりにしっかりした構えだが、そちらは客のためのもの。平次郎が修三と喜助を連れて裏口をくぐる。
「ごめんください。春日屋にございます」
奥から楼主の十兵衛が現れた。初老に差しかかかった風体の十兵衛は、背は小さいが恰幅の良い、楼主としての貫禄を備えている男だった。
「これはこれは。ご主人自ら出向いてらっしゃるとは」
「村田屋様は得意先ですからね。今日はうちの手代たちをご紹介させていただこうと」
挨拶もそこそこに、平次郎は修三と喜助を促した。
「春日屋の手代、修三と……」
「喜助にございます!」
丁寧な礼をした修三を押しのけるように、喜助は前に出た。
いつもとは違い、真っ先に勢いよく頭を下げる。
修三が一瞬不愉快な顔をするが、すぐ笑顔を作った。
「修三にございます」
「ご覧の通り、まだ至らぬところもありますが、あたたかい目で見ていただければ」
「うちのような稼業にご丁寧ですなあ」
十兵衛はにこやかに顎をなでた。
「村田屋様は女たちのために薬を毎度ご用意されていらっしゃるではありませんか」
「そう言ってくださるのは春日屋さんくらいなものですよ。では、頼んでいたものを見せていただけますか」
言われて、修三と喜助が風呂敷を広げる。
木箱のの蓋を開けると、根や茎、実が入っている。詰められた小さな干した赤い実は、乾いた血の色のようにも見える。
十兵衛は丁寧に箱の中身を確認する。
「いい品ですな。助かります」
「喜助、説明を」
平次郎に促されて、喜助は前に出る。
修三が驚いて平次郎を見た。
なぜ、商品の説明を自分ではなく、喜助にさせるのか。修三の心はざわついた。
修三の動揺を知ってか知らずか、喜助は堂々としたものだった。
「こちらは山帰来です。瘡毒や白粉あたりに効きますから、根や茎を煎じてお使いください。先日、清国から届いた新しいものです」
さらさらと説明する喜助に、修三はあっけに取られた。
よどみなく語る喜助は、今まで修三が知っている男ではなかった。
いつもならしくじるか、言葉に詰まるはずだった。なぜこんな外で話すときに、まるで自分のように淀みなく、話せるようになったのか。
喜助の説明に、十兵衛と平次郎は満足げだった。
――なぜ、自分はここに呼ばれたのだろうか。
てっきり、修三は喜助の助けをするのだと思っていた。これでは自分は何も仕事がない、ただの荷物持ちではないか。
もう平次郎の中では、次の小番頭は喜助に決めたのではないだろうか。修三は焦燥に駆られた。
談笑している喜助と平次郎と十兵衛は、目の前にいるのに、自分の前に太く超えられない線を引かれているような気がした。
まだそうと決まったわけではない。
修三はそう、自分に言い聞かせたが、不安を拭い去ることはできなかった。
結局、この三人で吉原の大門をくぐることになった。
平次郎が来るならざわざわ自分は来なくてもよかったのではないか。
修三は腑に落ちない。これなら店で休みながら帳簿の整理をしておけばよかったのではないだろうか。
喜助は初めて吉原に来たのか、キョロキョロとあたりを見回している。
「喜助は吉原は初めてか」
平次郎が面白そうに喜助に声をかけると、目で通りすがる遊女の姿を追いながら、「へえ」と小さく答えた。
「やめろ、田舎者。恥ずかしいだろう」
そういう修三も吉原には遣いで数えるほどしか来たことはない。それでも喜助のような無粋な行動を取りはしなかったし、そういう喜助と歩くのは恥ずかしいとさえ思った。
「まあいいじゃないか。今日は道中も出るようだよ。運が良ければ、見られるかもしれないねえ」
「道中?」
「普段お目にかかれない花魁が吉原の道中を練り歩くのさ。ひと目みれば寿命が延びるというような天女のような姿だというよ」
「そうは言っても、人でしょう」
「まあそうだ。修三は夢がないねえ」
「夢では仕事になりませぬゆえ」
無表情で答える修三に平次郎は曖昧な笑みを浮かべた。
「喜助」
「へ、へえ」
戸惑いを隠せない喜助は平次郎が話しかけてもどこか上の空だった。
――失敗できない仕事ではなかったのだろうか。
修三は他人事ながら呆れてきた。わざわざ自分に声をかけてまで失敗したくないと言っていた仕事にしては、気もそぞろである。
「会えるといいね」
平次郎の言葉にも、喜助は曖昧に微笑むだけだった。
今日の遣い先は村田屋だ。
表はそれなりにしっかりした構えだが、そちらは客のためのもの。平次郎が修三と喜助を連れて裏口をくぐる。
「ごめんください。春日屋にございます」
奥から楼主の十兵衛が現れた。初老に差しかかかった風体の十兵衛は、背は小さいが恰幅の良い、楼主としての貫禄を備えている男だった。
「これはこれは。ご主人自ら出向いてらっしゃるとは」
「村田屋様は得意先ですからね。今日はうちの手代たちをご紹介させていただこうと」
挨拶もそこそこに、平次郎は修三と喜助を促した。
「春日屋の手代、修三と……」
「喜助にございます!」
丁寧な礼をした修三を押しのけるように、喜助は前に出た。
いつもとは違い、真っ先に勢いよく頭を下げる。
修三が一瞬不愉快な顔をするが、すぐ笑顔を作った。
「修三にございます」
「ご覧の通り、まだ至らぬところもありますが、あたたかい目で見ていただければ」
「うちのような稼業にご丁寧ですなあ」
十兵衛はにこやかに顎をなでた。
「村田屋様は女たちのために薬を毎度ご用意されていらっしゃるではありませんか」
「そう言ってくださるのは春日屋さんくらいなものですよ。では、頼んでいたものを見せていただけますか」
言われて、修三と喜助が風呂敷を広げる。
木箱のの蓋を開けると、根や茎、実が入っている。詰められた小さな干した赤い実は、乾いた血の色のようにも見える。
十兵衛は丁寧に箱の中身を確認する。
「いい品ですな。助かります」
「喜助、説明を」
平次郎に促されて、喜助は前に出る。
修三が驚いて平次郎を見た。
なぜ、商品の説明を自分ではなく、喜助にさせるのか。修三の心はざわついた。
修三の動揺を知ってか知らずか、喜助は堂々としたものだった。
「こちらは山帰来です。瘡毒や白粉あたりに効きますから、根や茎を煎じてお使いください。先日、清国から届いた新しいものです」
さらさらと説明する喜助に、修三はあっけに取られた。
よどみなく語る喜助は、今まで修三が知っている男ではなかった。
いつもならしくじるか、言葉に詰まるはずだった。なぜこんな外で話すときに、まるで自分のように淀みなく、話せるようになったのか。
喜助の説明に、十兵衛と平次郎は満足げだった。
――なぜ、自分はここに呼ばれたのだろうか。
てっきり、修三は喜助の助けをするのだと思っていた。これでは自分は何も仕事がない、ただの荷物持ちではないか。
もう平次郎の中では、次の小番頭は喜助に決めたのではないだろうか。修三は焦燥に駆られた。
談笑している喜助と平次郎と十兵衛は、目の前にいるのに、自分の前に太く超えられない線を引かれているような気がした。
まだそうと決まったわけではない。
修三はそう、自分に言い聞かせたが、不安を拭い去ることはできなかった。
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