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私なりの
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「ばふッ」
学校が終わり、家に帰るなり枕にダイブした。
眠気のない学校生活が嬉しくて、普段の授業も別世界に感じてしまう。怒らせてばかりだった数学の溝渕(みぞぶち)先生も「やっと授業を聞いてくれたわね」と喜んでくれた。
その結果、普段はダラダラ過ごす時間が凄く眠たくなる。悪夢に対して抗う方法を手に入れたのだ、眠るのだって怖くない筈だ。
(ハクに会えなかったらどうしよう)
一抹の不安は残るが、彼の助言のお陰で夢の中である程度の能力を行使できる。万が一、ハクに会えなかったとしても、何らかの方法で解決策を見出せるかも知れない。
「そうと分かれば、行動するのみ!」
私は制服のボタンだけを外し、吸い込まれる様に夢の世界へと舞い降りた。
◆◇◆◇◆◇
『ーーーーーーん』
意識が鮮明になっていく。
夢の中で夢を夢と認識できる。私にとっては当たり前だったが、これはこれで異常らしい。
私にとっての夢とは第二のリアル世界。肉体の輪郭のみが存在する、精神世界なのだ。
『……え?』
驚いた。
普段なら私は最初に真っ暗な世界に降り立ち、そこからだんだんとモノクロの世界が広がり、ゆっくりと悪夢は形成されていく。だが、目の前には既にモノクロの世界が完成されていた。
そこは何やら不穏な空気が漂うオフィスらしく、大勢のスーツを着た男女がとある机の前に並ばされている。机を挟んだ向こう側には、一人の中年男性が怒りを帯びた表情を見せていた。
『なにこれ……悪夢の主人公が、私じゃなくなってる?』
そう。基本的に悪夢の主役は私だ。
悪夢は例外なく私を中心に捉え、様々な情景を押しつけてくる。しかし、今は違うと断言できる。何故なら、私はこの状況を俯瞰的に見ているーーーーいや、観ているのだ。
『もしかして、この悪夢はあの人の夢?』
サラリーマンの列の先、あの机に座る男性が、この悪夢を創り出したんだ。
微かにだが感じる違和感。悪夢独特のドロドロとした空気があの男性から滲んでいる。やはりあの男性がこの悪夢を創り出し、私はそれを客観的に観る立場にいるのだ。
『ふむ、すんなりと状況を受け入れたようだね』
『!? は、ハク?』
『驚かないで欲しいな。言ったよね、僕達は引き寄せられる運命にあるのだと』
相変わらず小っ恥ずかしい台詞をつらつらと吐いてくれる。
『それより説明して。この状況を……私がどう変わっちゃったのかを』
『説明……ううん、ほとんどメアの推測通りだけれど』
『じゃああの人が……』
『そうだね。この悪夢を生み出した張本人であり、君という“悪夢憑き”に引き寄せられた子羊さ』
『悪夢……憑き?』
『ああ、これは言ってなかったね。悪夢憑きというのはメアの様な体質の総称だよ。悪夢に魅入られた人間はそう呼ばれるのさ』
『ちょっと待ってよ。じゃあ私が悪夢ばかり見るのはそのせいだっていうの?』
『残念ながらそうなるね。悪夢憑きは治らない、言ってしまえば不治の病みたいなものさ』
『……そん、な』
死ぬまで治らない。
その言葉がズンと私の中に響き、同時に頭の中がグチャグチャになる感覚が広がる。
『メア、しっかりしなよ。悪夢を俯瞰的に観れる君が動揺すると、この世界が揺らぐ』
『……え?』
視線を上げると、ハクの言葉通り、先程までくっきりと見えていた筈の光景がおかしくなっていた。視界の端が霞んでいたり、物の輪郭が歪んでいるではないか。
『ここまではっきりとした悪夢は普通の人間には創れない。負の感情を持った人間の思想と、悪夢憑きの能力の複合によって生まれるのさ』
『じゃあ……私がいるから悪夢が生まれるの?』
『気に病む事はないよ。元来、悪夢憑きという存在は珍しくもなかった。どの時代にも必ず存在し、夢という世界に君臨している。逆に悪夢憑きが居なければ、犯罪だって増えただろうね』
『どういう意味?』
『そのままの意味さ。悪夢は夢であって現実(リアル)じゃない。どんなに嫌な事があっても、嫌いな人間が居たとしても、夢の中なら何でも出来るってことさ』
つまり、ハクは悪夢という空間は現実で抱えているフラストレーションを解放する場だと言いたいのだろう。
それなら合点がいく。私がこれまで体験してきたものは、まさにそれなのだから。
『……じゃあ、私はどうすればいいの?』
その問いに、ハクは静かに目を伏せて言った。
『それは、メアの好きにすれば良い』
『え?』
『確かにこの悪夢はメアと他人の合作。ならその権利は両者にあるよね? つまり君には干渉するしないを選ぶ権利があるのさ』
『じゃあ何もせずにスルーしてもいいの?』
『イエス。干渉したくなければ離れていればいい。君が願えば、この悪夢は閉じられて見えなくなるのさ。そしてメアの意識は明日の朝までスキップされる。平たく言えば夢を見ずに寝ている感覚に近いだろうね』
『…………』
つまり、全ては私に委ねられているという事だ。
悪夢に魅入られた私に与えられたもの、それは悪夢に干渉するか否かの選択権。
『寝る度に悪夢に降り立つまでは繰り返さなければいけない。しかし、その後はメア次第さ。蓋を閉じればぐっすり眠られる』
『……ねぇ、ひとつ聞いてもいい?』
『何かな?』
『あの人は……どうなるの?』
目の前のオフィスで大勢を前にしている男性、つまりこの悪夢の主役だ。
『うーん、一概には言えないかな。起きた後に夢の内容を覚えている事って少ないからさ。個人差はあるけれど、せいぜい「ああ、嫌な夢を見たな」くらいのものだろうね。あ、でも……』
『でも?』
『中には強くイメージが残る人もいる。その場合、現実世界への影響が無いとは言えないかもね』
『それってつまりーーーー』
『人によるけれど、碌(ろく)でも無い事をする可能性があるって事さ。傷害だったり殺人だったり、強◯だったり窃盗だったり。夢っていうのは、ある程度は現実(リアル)からの逃げ場だからね』
『…………』
『ふむ、脅かしちゃったかな?』
『……ガッツリね』
ズルい言い方だ。
選択肢が有るように見えてはいるが、ハクはその片方を私に選ばせようとしている。
『じゃあ、私が助ける事も出来るってことだよね』
『イエス』
『……分かった、私がやってみる』
悪夢憑きの私は、私が関わった悪夢に責任を持つと決めた。
学校が終わり、家に帰るなり枕にダイブした。
眠気のない学校生活が嬉しくて、普段の授業も別世界に感じてしまう。怒らせてばかりだった数学の溝渕(みぞぶち)先生も「やっと授業を聞いてくれたわね」と喜んでくれた。
その結果、普段はダラダラ過ごす時間が凄く眠たくなる。悪夢に対して抗う方法を手に入れたのだ、眠るのだって怖くない筈だ。
(ハクに会えなかったらどうしよう)
一抹の不安は残るが、彼の助言のお陰で夢の中である程度の能力を行使できる。万が一、ハクに会えなかったとしても、何らかの方法で解決策を見出せるかも知れない。
「そうと分かれば、行動するのみ!」
私は制服のボタンだけを外し、吸い込まれる様に夢の世界へと舞い降りた。
◆◇◆◇◆◇
『ーーーーーーん』
意識が鮮明になっていく。
夢の中で夢を夢と認識できる。私にとっては当たり前だったが、これはこれで異常らしい。
私にとっての夢とは第二のリアル世界。肉体の輪郭のみが存在する、精神世界なのだ。
『……え?』
驚いた。
普段なら私は最初に真っ暗な世界に降り立ち、そこからだんだんとモノクロの世界が広がり、ゆっくりと悪夢は形成されていく。だが、目の前には既にモノクロの世界が完成されていた。
そこは何やら不穏な空気が漂うオフィスらしく、大勢のスーツを着た男女がとある机の前に並ばされている。机を挟んだ向こう側には、一人の中年男性が怒りを帯びた表情を見せていた。
『なにこれ……悪夢の主人公が、私じゃなくなってる?』
そう。基本的に悪夢の主役は私だ。
悪夢は例外なく私を中心に捉え、様々な情景を押しつけてくる。しかし、今は違うと断言できる。何故なら、私はこの状況を俯瞰的に見ているーーーーいや、観ているのだ。
『もしかして、この悪夢はあの人の夢?』
サラリーマンの列の先、あの机に座る男性が、この悪夢を創り出したんだ。
微かにだが感じる違和感。悪夢独特のドロドロとした空気があの男性から滲んでいる。やはりあの男性がこの悪夢を創り出し、私はそれを客観的に観る立場にいるのだ。
『ふむ、すんなりと状況を受け入れたようだね』
『!? は、ハク?』
『驚かないで欲しいな。言ったよね、僕達は引き寄せられる運命にあるのだと』
相変わらず小っ恥ずかしい台詞をつらつらと吐いてくれる。
『それより説明して。この状況を……私がどう変わっちゃったのかを』
『説明……ううん、ほとんどメアの推測通りだけれど』
『じゃああの人が……』
『そうだね。この悪夢を生み出した張本人であり、君という“悪夢憑き”に引き寄せられた子羊さ』
『悪夢……憑き?』
『ああ、これは言ってなかったね。悪夢憑きというのはメアの様な体質の総称だよ。悪夢に魅入られた人間はそう呼ばれるのさ』
『ちょっと待ってよ。じゃあ私が悪夢ばかり見るのはそのせいだっていうの?』
『残念ながらそうなるね。悪夢憑きは治らない、言ってしまえば不治の病みたいなものさ』
『……そん、な』
死ぬまで治らない。
その言葉がズンと私の中に響き、同時に頭の中がグチャグチャになる感覚が広がる。
『メア、しっかりしなよ。悪夢を俯瞰的に観れる君が動揺すると、この世界が揺らぐ』
『……え?』
視線を上げると、ハクの言葉通り、先程までくっきりと見えていた筈の光景がおかしくなっていた。視界の端が霞んでいたり、物の輪郭が歪んでいるではないか。
『ここまではっきりとした悪夢は普通の人間には創れない。負の感情を持った人間の思想と、悪夢憑きの能力の複合によって生まれるのさ』
『じゃあ……私がいるから悪夢が生まれるの?』
『気に病む事はないよ。元来、悪夢憑きという存在は珍しくもなかった。どの時代にも必ず存在し、夢という世界に君臨している。逆に悪夢憑きが居なければ、犯罪だって増えただろうね』
『どういう意味?』
『そのままの意味さ。悪夢は夢であって現実(リアル)じゃない。どんなに嫌な事があっても、嫌いな人間が居たとしても、夢の中なら何でも出来るってことさ』
つまり、ハクは悪夢という空間は現実で抱えているフラストレーションを解放する場だと言いたいのだろう。
それなら合点がいく。私がこれまで体験してきたものは、まさにそれなのだから。
『……じゃあ、私はどうすればいいの?』
その問いに、ハクは静かに目を伏せて言った。
『それは、メアの好きにすれば良い』
『え?』
『確かにこの悪夢はメアと他人の合作。ならその権利は両者にあるよね? つまり君には干渉するしないを選ぶ権利があるのさ』
『じゃあ何もせずにスルーしてもいいの?』
『イエス。干渉したくなければ離れていればいい。君が願えば、この悪夢は閉じられて見えなくなるのさ。そしてメアの意識は明日の朝までスキップされる。平たく言えば夢を見ずに寝ている感覚に近いだろうね』
『…………』
つまり、全ては私に委ねられているという事だ。
悪夢に魅入られた私に与えられたもの、それは悪夢に干渉するか否かの選択権。
『寝る度に悪夢に降り立つまでは繰り返さなければいけない。しかし、その後はメア次第さ。蓋を閉じればぐっすり眠られる』
『……ねぇ、ひとつ聞いてもいい?』
『何かな?』
『あの人は……どうなるの?』
目の前のオフィスで大勢を前にしている男性、つまりこの悪夢の主役だ。
『うーん、一概には言えないかな。起きた後に夢の内容を覚えている事って少ないからさ。個人差はあるけれど、せいぜい「ああ、嫌な夢を見たな」くらいのものだろうね。あ、でも……』
『でも?』
『中には強くイメージが残る人もいる。その場合、現実世界への影響が無いとは言えないかもね』
『それってつまりーーーー』
『人によるけれど、碌(ろく)でも無い事をする可能性があるって事さ。傷害だったり殺人だったり、強◯だったり窃盗だったり。夢っていうのは、ある程度は現実(リアル)からの逃げ場だからね』
『…………』
『ふむ、脅かしちゃったかな?』
『……ガッツリね』
ズルい言い方だ。
選択肢が有るように見えてはいるが、ハクはその片方を私に選ばせようとしている。
『じゃあ、私が助ける事も出来るってことだよね』
『イエス』
『……分かった、私がやってみる』
悪夢憑きの私は、私が関わった悪夢に責任を持つと決めた。
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