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動きだす闇

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 ▪️陽の当たらない世界で

 多くの冒険者が所属する団体組織ーーーーそれがギルド。
 彼ら、彼女らは依頼をこなし報酬を得て生計を立てている。危険度にもよるが生死が絡む場合も多く、より難易度の高い依頼を達成し続けた先にSランクという誉が待っているのだ。

「なあ師匠」
「どうした楓矢殿?」

 模擬刀を振り終え、額には大粒の汗を光らせる。腕は悲鳴を上げる程に疲弊し、手のひらはマメだらけとなっていた。
 キマイラ討伐から日々鍛錬に明け暮れる日々だったが楓矢は基礎的な鍛錬ばかりでも文句ひとつ溢さなかった。それは目の前にあるヴァンという目標が有ったから。
 しかしふと、その高みについてひとつの疑問を抱く。

「Sランクがスゴイのは分かるんだけどよ、俺がなろうとすればどれだけ難しいんだ?」
「ふうむ……そうだな」

 徐にヴァンは楓矢の手を取ると、困った様な表情を浮かべながら「まずは無茶をしないところからだな」とマメだらけの手にヒールを唱えた。
 ミリアの様に一瞬で完治はしないものの、水脹れが裂けた後が徐々に硬化していく。

「へえ、師匠は治癒魔法も使えるのか」
「長く冒険をするには必要不可欠だな。リアンも私も多少は扱えるようにしている。流石に大怪我までは治せないが、そうならない為の努力はしている」
「ふうん……それで実際問題、俺がSランクになるにはどうすればいいんだ?」
「質問に質問を返すようで悪いのだが、そもそも楓矢殿はSランクになりたいのか?」

 そう問われ、楓矢は一瞬だけ眉を顰めると、気まずそうに顔を背けて答えた。

「だってよ、今のパーティって俺以外が全員Sランクだろ? ……それってなんかさーーーー」
「疎外感に耐えられないと?」
「うおあッ!? リアンてめえどこから沸いて出た!」
「風呂上がりだ、見れば分かるだろう」

 髪をタオルで乾かしながら現れたリアンだが、確かに顔はうっすらと赤く上気している。楓矢達より早々に稽古を切り上げミリアと入浴していたらしい。
 そんな様子だが部屋からミリアが何か叫んでいる。恐らくそんな格好で出歩くなという類のものだろう。薄着のリアンを見て、楓矢もバツが悪そうに目を逸らした。

「おい楓矢、なぜ赤くなっている?」
「……な、ななななんでもねえよ!」
「む?」

 そこでやっとミリアが部屋から飛び出してきたかと思うと、楓矢の視界を遮るように立ちはだかった。

「おいミリア、慌ててどうした」
「はあ……はぁ、そりゃ慌てるよ」
「?」
「リアン、その……つけ忘れてるから」
「!?」

 視線を下に下げたかと思うと、薄らと浮き彫りになる自らの胸のラインを見てボッと赤面する。そして楓矢を睨みつけた。

「み、見たな貴様!」
「悪いの俺かよ!?」
「はは、年頃だな」
「父さんも笑うな!」
「それより早く部屋に戻ってよおおお!」
「ぐぬぬ、この落とし前はいつか付けさせてもらうぞ楓矢!」
「けッ、そんな貧相な胸でーーーー」

 賑やかな鍛錬は乾いたビンタの音で締め括られた。

 ◆

 庭での鍛錬がひと段落し、楓矢達は城内の部屋に戻ると、戻ってきた調査員から魔神の動きについて報告を受けた。
 キマイラ襲撃で手薄になった騎士団だが、幸いにも調査員として動ける人間は確保できたらしい。王は騎士団の戦力を勇者の補助として考え、前線にいた人員も調査員として采配に組み込んだ。
 服騎士団長であるリナリーを筆頭に危険地帯の調査に踏み込んだのだが、連日の調査でもかつてヴァンが出会った魔神の手掛かりは得られずにいた。
 そして目の前で虚な目をしているのは全権を任される調査団隊長ゼノ・ウェルズ。
 彼は何の成果も得られなかった事実を報告し終わると、ヴァン達を前に申し訳なさそうにずっと顔を伏せていた。視線をテーブルに結んだまま、なんとか掠れた様な声を絞り出す。

「実に不甲斐ない……こうして皆様に城に滞在してもらっているのに、我々が成果を挙げられないばかりに……」

 ゼノは四十代になるベテランの調査員だった。騎士としての力量も優れているが、前線を退いてからは調査員として活躍していたと聞く。
 しかし魔神キマイラを目の当たりにして、これまで出会ったどの魔物よりも強大な存在かを知らしめられた。当たり前だ、目の前で何人もの人間が食い殺されたのだ。恐るなという方が難しい。
 故に、そんな存在を野放しにしてはいけないとゼノは奮い立ったが、実りのある結果を得られない現状に苛立ちすら覚えていた。

「多くの人が危険に晒されぬ様にするのが我らの使命の筈なのに……自分たちが太刀打ち出来ぬ相手なら、せめて役に立ちたい所存であるからしてーーーー」

 ヴァンは彼のそんな様子を見て「慌てる必要はない」と肩を叩いた。
 騎士団長ですら相手にならなかった魔神だ。いくら戦力を注いだところで騎士団では討伐は不可能だろう。だとすれば勇者一行である楓矢達に全てを託す他ない。
 それを重々理解しているからこそ、ゼノは日々の調査に全身全霊を注いでいた。指揮官という立場に有りながらも、自らも率先して動く姿をヴァンは知っている。
 魔神の手掛かりは無いものの、魔物の生息状況が細やかに盛り込まれた報告書の数々。少しでも人々の安全を維持したいと願いが込められている彼の直向きさが手に取るように分かった。
 愚直なまでの騎士としての誇り。ヴァンはそれを真摯に受け止め「大丈夫だ」と頷いてみせた。

「しかし……」
「ゼノ殿、こちらも鍛錬に時間が必要だ。被害が出ていないのが幸いと言うべきか……いや実際、楓矢殿にも教えるべき事が多いのだよ」
「そう……なのですか?」
「楓矢はまだまだだからな」
「おいリアン茶化すなよ」
「本当の事だろう」
「さっきのまだ怒ってんのかよ。ノーブラ見られたくらいで」
「!? お前だって顔真っ赤にしていただろう!」
「ちょっと二人とも!」

 双方で騒ぐ若者達を見てゼノは呆気に取られる。
 一見不謹慎な様だが、ずっと張り詰めていた緊張の糸が解れたようにも思えた。

「……これは賑やかな様で」
「はは、未来ある若人は良いですな」
「左様で」

 ゼノは苦笑すると、ようやく無駄な力が抜けたらしく紅茶を一口啜り、改めて報告書を手に取った。

「ヴァン殿、実は魔物以外でも気になる点が有りまして……」
「と、言うと?」
「こちらになります」

 先程とは別の束の報告書が手渡される。
 ヴァンはそれを受け取ると、一番上に記された文字を見て眉を顰めた。

「……【闇ギルド】?」
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