とある貴族令嬢の奮闘記

名無し@無名

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大事なお話ですわ

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 部屋に入ったアルトを見据える皆の表情、それは各々の意志が色濃く現れていた。
 怪訝な目を向ける者。
 崇拝の目を向ける者。
 無関心な者。
 喜びを露わにする者。
 そして目を伏せる者。
 アルトはそれらを一瞥した後、ひと呼吸置いて足を踏み出した。

「本当によく来てくれた」

 一歩、また一歩と自らの席に歩み寄る。

「ディル、君もよく来てくれた」
「……いえ、私はヒルデ様の使用人ですので当たり前です」
「ああ、ありがとう」
「…………」

 感謝の意とは別の感情を含むアルトの笑顔。ディルはそれを直視できないまま顔を伏せた。
 それ以上の言葉は交わさず、やがてアルトはランドルフの席の隣、二番目の権力者が座る場所へと歩みを進めた。

 グランノアの大陸の約六割、それらを統治する領主が一堂に会するのは珍しい事だ。
 領地内で問題でも起これば話は別だが、普段から足を運んでいるのは騎士団の仕事を手伝っているアルトとノエルくらいである。
 エドはランドルフとアルトと折り合いが悪い為に距離を置いており、ダルクは要領がいいのか他者のアドバイスなど無くとも円滑に仕事を進めている。
 対してアルトは直接的にランドルフの仕事に関わるポジションに就いていた。
 彼の率いる騎士団、その第一部隊隊長を務めており、剣技の腕は大陸の端まで知れ渡っている。実力、名声、そして人望の厚さはまさにランドルフの息子に相応しいものと言えるだろう。
 二十五歳という若さで英雄としての頭角を現し、これまでにもあらゆる難題を乗り越えてきた。
 そんな彼が今、複雑な表情を孕んで席に着いく。だがしかし、アルトは悟られまいとしていたのだろうが、家族の表情の違和感ーーーー皆も薄々だが何かを察した。

「……手短に頼むぜ。面倒な話は長く聞きたくねえからよ」

 口火を切ったのはエドだ。
 相変わらず視線は攻撃的だが、一番アルトの変化に敏感な反応を示していた。

「そうだな、皆も忙しい身だろう」
「あのお兄様、お父様は……?」
「ああ……それも直前関係ある話だ」

 そう前置き、アルトは続けた。

「この場に父上が居ない訳……それは父上が先日、倒れたからだ」
「!?」
「突然の事だ。跡目を決めるための今日という日を前にして、二日前だろうか……夜遅くに倒れているのを発見された。俺はその翌日に遠征から帰って報告を聞かされた」
「ま、待って下さいお兄様! それでお父様の容体はーーーー」
「……意識は戻っていない」
「そんな……ッ」

 ノエルとヒルデは顔を見合わせ絶句した。だがそれ以上にディルは大きな反応を示す。

「ランドルフ様に会わせてくれッ!」
「ディル!?」

 ヒルデは驚きを露わにしたが、ディルは止まらずにアルトに詰め寄った。

「落ち着けディル」
「これが落ち着いていられるか! ランドルフ様にもしもの事があればーーーー」
「ディル!」
「はあ、世話の掛かる人だね本当」
「ッ!?」

 掴みかかったディルの四肢が突然硬直し、ピクリとも動かなくなる。ダルクは立ち上がると、細い目を薄く開け、静かに見据えた。

「普段ならボクの魔法なんか効かないだろうに。余程、冷静さを欠いている証拠だヨ」

 パチンと指を鳴らすと硬直が解かれる。
 我に帰ったディルは荒くなった呼吸と共に自由を得ると、不安げに見つめるヒルデの視線に気付き、やがて膝をついた。

「落ち着いてくれディル。俺もこうしているが……お前と同じ気持ちだ」
「アルト……様」
「お前の気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、きちんと話をさせてくれ」

 誰のとは分からぬ固唾を飲み込む音が響く。
 このグランノアを揺るがす問題を前に、ヒルデは自らの身体がひしひしと強張るのを感じた。
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