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お兄様とお姉様ですわ
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◆◇◆◇
出会いは確か俺が五歳を迎えた頃だろうか。
遠征から帰ってきた父様の側で此方を睨んでいた少年ーーーーそれがディルだった。
無造作に伸びた髪とボロボロの衣服、身体は傷だらけなのもあって、激しく警戒したのを覚えている。
『今日からディルは我が家の新しい家族になる。特にアルト、お前とは歳も同じだから仲良くする様に』
いきなりそんな事を言われてもと、
『ちょっと待ってください父様ーーーー』
『…………』
『な、何だよ。そんなに睨んだって怖くないぞ!』
そうだ、確か警戒していたのは俺だけじゃなくディルの方もだ。
目付きの悪さは幼い頃より変わりない……なんて、今のあいつに言えば怒るだろうが、当時の俺はその理由を知らなかった。
ディルが生きてきたのは貧く劣悪な環境そのもの。人間が知性ある魔物ーーーー魔族との関係を取り持つ中で、争いが絶えなかった時代だ。
二人は壊滅しかけた町で出会った。
かつて町だった場所には魔物に荒らされた形跡だけが残り、ディルの両親の遺体は区別もつかない状況だったらしい。
命を懸けて必死に息子を庇い、魔物の軍勢から守り抜きーーーー命を落とした。
残されたディルは途方に暮れるしかなかった。父様が率いる軍が魔物を討伐しても尚、ディルは父親とも母親とも分からない遺体の上で泣いていた。
当たり前だ。
俺だってそんな状況なら冷静で居られる筈もない。ましてや年端もいかない子供にとって、それは地獄以外のナニものでもないだろう。
だが、父様はそんなディルに手を差し伸べた。
『今すぐに悲しみを拭えとは言わない。だが、お前が前を向く事だけが両親への手向となるだろう。今はその命を大切にする事だけを考えるんだ』
『…………ッ』
それから半日、ディルは父様の腕の中で泣いたらしい。
強く逞しく、そして優しさを兼ね備えた父様だからこそ、壊れそうな少年の心を受け止められたと思う。
俺には……今の俺にはそれが出来るだろうかーーーー
コンコン。
「ッ……入れ」
「失礼しますアルト様、皆様がお揃いでございます」
「時間通りか……分かった、俺もすぐに向かう」
初老の執事を退がらせると、アルト・クリムフェルトはテーブルの上に置いていた剣を腰に差した。
細身だがずっしりとした感触を確かめ、部屋に飾られた一枚の肖像画に視線を結ぶ。
「……母様、俺はこのまま進めば、いつか父様の様になれるだろうか」
ポツリと呟き、ハッとして首を横に振った。
「いけないな。こんな弱気な姿を弟や妹達に見せられない」
スルリと剣を抜き、刀身を胸の前に立てる。
この国に伝わる騎士の作法の一つで、その意味は『胸に秘めし誓い』だ。
「それでは母様、いって参ります」
アルトは剣を鞘に収めると、表情を引き締めて踵を返して部屋を後にした。
◆
城の中に存在する広間。
二十人がゆうに座れるテーブルが置かれており、そこには既に五人の姿が有った。
「ちッ、兄貴はまだかよ」
『ラドリー領』領主エド・クリムフェルトは片肘を付いて悪態付いた。
短く刈り上げた蒼色の髪、日に焼けた肌、そして拳には荒々しい傷が散見される。お世辞にも貴族には見えないが、髪や瞳の色はヒルデ達との血縁関係を裏付けるのに十分なものだった。
「エド兄様、お行儀がよろしくなくてよ」
「ああ?」
次いで口を動かしたのは『ミザリア領』領主ノエル・クリムフェルトだった。
先程まで纏っていた軽装の鎧を外し、屋敷の者が用意したドレスに着替えている。化粧も直したのか、直前までとは別人のような艶やかさを得ていた。
「もう、些細なことで喧嘩しないでください! せっかく皆んなで集まれましたのに……悲しいですわ」と『レセア領』領主ヒルデ・クリムフェルト。
一番末の妹の言葉に対し、エドは吐き捨てる様に答えた。
「つい最近領主になったお前は気楽でいいよな。俺はお前とは違って忙しいんだ」
「まあお兄様、そんなヒドイ言い方しなくても良いでしょう」
「キーキーうるさいんだよお前は。その辺はノエルを見習って欲しいぜ」
「エド兄様に褒めていただいても微塵も嬉しくありませんね」
「てめえ……好き放題言いやがる」
「まあまあ三人とも。あまり見苦しい姿をディルに見せるのもどうかと思うんだケド?」
「いや、俺は……私は別に」
「ああんディル、お前も文句あんのかよ?」
『グリーム領』領主ダルク・クリムフェルトの言葉に、エドは更に熱を帯びた。
「一番むかつくのはお前だよダルク! のらりくらりと放浪してたクセに、いざ領主になったら仕事をアッサリこなしやがってよ。必死になってた俺は何なんだっての」
「あはは、向き不向きでしょうかネ」
「てめえまで馬鹿にしやがってーーーー」
ガチャリ。
「!?」
ゆっくりと扉が開き、長い髪を靡かせながら歩みを進める男性。
「やあ皆んな。元気そうで何よりだ」
『メルデナ領』領主アルト・クリムフェルトは久しぶりの家族の再開に笑みを浮かべた。
出会いは確か俺が五歳を迎えた頃だろうか。
遠征から帰ってきた父様の側で此方を睨んでいた少年ーーーーそれがディルだった。
無造作に伸びた髪とボロボロの衣服、身体は傷だらけなのもあって、激しく警戒したのを覚えている。
『今日からディルは我が家の新しい家族になる。特にアルト、お前とは歳も同じだから仲良くする様に』
いきなりそんな事を言われてもと、
『ちょっと待ってください父様ーーーー』
『…………』
『な、何だよ。そんなに睨んだって怖くないぞ!』
そうだ、確か警戒していたのは俺だけじゃなくディルの方もだ。
目付きの悪さは幼い頃より変わりない……なんて、今のあいつに言えば怒るだろうが、当時の俺はその理由を知らなかった。
ディルが生きてきたのは貧く劣悪な環境そのもの。人間が知性ある魔物ーーーー魔族との関係を取り持つ中で、争いが絶えなかった時代だ。
二人は壊滅しかけた町で出会った。
かつて町だった場所には魔物に荒らされた形跡だけが残り、ディルの両親の遺体は区別もつかない状況だったらしい。
命を懸けて必死に息子を庇い、魔物の軍勢から守り抜きーーーー命を落とした。
残されたディルは途方に暮れるしかなかった。父様が率いる軍が魔物を討伐しても尚、ディルは父親とも母親とも分からない遺体の上で泣いていた。
当たり前だ。
俺だってそんな状況なら冷静で居られる筈もない。ましてや年端もいかない子供にとって、それは地獄以外のナニものでもないだろう。
だが、父様はそんなディルに手を差し伸べた。
『今すぐに悲しみを拭えとは言わない。だが、お前が前を向く事だけが両親への手向となるだろう。今はその命を大切にする事だけを考えるんだ』
『…………ッ』
それから半日、ディルは父様の腕の中で泣いたらしい。
強く逞しく、そして優しさを兼ね備えた父様だからこそ、壊れそうな少年の心を受け止められたと思う。
俺には……今の俺にはそれが出来るだろうかーーーー
コンコン。
「ッ……入れ」
「失礼しますアルト様、皆様がお揃いでございます」
「時間通りか……分かった、俺もすぐに向かう」
初老の執事を退がらせると、アルト・クリムフェルトはテーブルの上に置いていた剣を腰に差した。
細身だがずっしりとした感触を確かめ、部屋に飾られた一枚の肖像画に視線を結ぶ。
「……母様、俺はこのまま進めば、いつか父様の様になれるだろうか」
ポツリと呟き、ハッとして首を横に振った。
「いけないな。こんな弱気な姿を弟や妹達に見せられない」
スルリと剣を抜き、刀身を胸の前に立てる。
この国に伝わる騎士の作法の一つで、その意味は『胸に秘めし誓い』だ。
「それでは母様、いって参ります」
アルトは剣を鞘に収めると、表情を引き締めて踵を返して部屋を後にした。
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城の中に存在する広間。
二十人がゆうに座れるテーブルが置かれており、そこには既に五人の姿が有った。
「ちッ、兄貴はまだかよ」
『ラドリー領』領主エド・クリムフェルトは片肘を付いて悪態付いた。
短く刈り上げた蒼色の髪、日に焼けた肌、そして拳には荒々しい傷が散見される。お世辞にも貴族には見えないが、髪や瞳の色はヒルデ達との血縁関係を裏付けるのに十分なものだった。
「エド兄様、お行儀がよろしくなくてよ」
「ああ?」
次いで口を動かしたのは『ミザリア領』領主ノエル・クリムフェルトだった。
先程まで纏っていた軽装の鎧を外し、屋敷の者が用意したドレスに着替えている。化粧も直したのか、直前までとは別人のような艶やかさを得ていた。
「もう、些細なことで喧嘩しないでください! せっかく皆んなで集まれましたのに……悲しいですわ」と『レセア領』領主ヒルデ・クリムフェルト。
一番末の妹の言葉に対し、エドは吐き捨てる様に答えた。
「つい最近領主になったお前は気楽でいいよな。俺はお前とは違って忙しいんだ」
「まあお兄様、そんなヒドイ言い方しなくても良いでしょう」
「キーキーうるさいんだよお前は。その辺はノエルを見習って欲しいぜ」
「エド兄様に褒めていただいても微塵も嬉しくありませんね」
「てめえ……好き放題言いやがる」
「まあまあ三人とも。あまり見苦しい姿をディルに見せるのもどうかと思うんだケド?」
「いや、俺は……私は別に」
「ああんディル、お前も文句あんのかよ?」
『グリーム領』領主ダルク・クリムフェルトの言葉に、エドは更に熱を帯びた。
「一番むかつくのはお前だよダルク! のらりくらりと放浪してたクセに、いざ領主になったら仕事をアッサリこなしやがってよ。必死になってた俺は何なんだっての」
「あはは、向き不向きでしょうかネ」
「てめえまで馬鹿にしやがってーーーー」
ガチャリ。
「!?」
ゆっくりと扉が開き、長い髪を靡かせながら歩みを進める男性。
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