とある貴族令嬢の奮闘記

名無し@無名

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いざお城へですわ

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 グランノアの中枢に位置する王都『オルガト』。
 ここはランドルフが統治する大都市であり、様々な人間や“それ以外の存在”が集まる場所でもあった。
 この世界には魔物が存在し人々の生活を脅かしているが、その反面、知性を持った魔物も多く存在する。原初は竜族を筆頭にまことしやかに噂される程だったが、いつしか種族を問わずに頭角を現す個体が散見され始めた。
 そして、ランドルフは早くからこれに目を付けた。多くの反感の中でも信念を曲げず、知性ある魔物達と邂逅を果たした。その結果、その者達は『亜人』と称され、無知性の魔物と区別して認識される存在となったのだ。
 全体的に人間より知性が低いが、彼らには強靭なフィジカルがあった。故にそれを最大限に活用し人々の暮らしを支えた。やがて二十年が過ぎる頃には、いつしか人々の亜人の認識は変わり、生活を共にする存在となり得たのだった。

 著 ロイド・グリッドレイ 
『生ける英雄の半生』第二章より抜粋


 ◆


「では続いて三章をーーーー」
「もういいですわ! 馬車の移動中が暇だとは言いましたけれど、まさか実の父親の英雄譚を朗読するなんて……もう、屋敷での勉強でも散々聞いてますの! 耳タコ、耳タコですわ!」
「流石はお嬢様でございますねシツレイシマシタ」
「ちょっと、なんで不貞腐れていますの?」
「トンデモゴザイマセン」
「……ふうん」

 ヒルデはにやりと笑う。

「そうでしたわね」
「何がです?」
「貴方は栄誉あるお父様の最も信頼するお兄様ーーーーアルトお兄様の片腕だったのよね? 貴族であり大陸を統治する王、そのお父様の後任間違いなしの存在の片腕ともなれば、それはさぞ鼻も高かったでしょうに。しかし気がつけばこんな小娘の世話係だなんて……お気持ち察しましてよ?」
「……何が言いたいのですお嬢様?」
「アルトお兄様に顔を合わせるのが気不味いのでしょう。経緯は詳しく知りませんが、ギスな雰囲気くらいは解りましてよ?」
「別に、アルト様は関係ありませんよ」
「では不機嫌の理由は何ですの?」
「……おっと、着きましたよヒルデ様」
「もう、はぐらかすなーですわ! でもやっと到着しましたか……ちょっとお尻が痛いですわね」
「あの、令嬢がお尻とか言わないで下さいよ」
「オシリオシリオシリ」
「子供ですか……まったく」
「ふん! ですわ」


 片道で丸四時間。
 整備されているとはいえ長い道のりだった。朝に出発したヒルデ達が到着したのは昼を回った頃だろう。陽は既に高く登り、二人は照り付ける熱に項垂れた。

「あづいですわあ……海から離れるとこうも暑いのですわね」
「この辺りは気温の変化があまりありませんからね。年間で暑い日が多いのは昔からですよ」
「こんな事ならもっと薄着で来れば良かったですわ」
「……いや、外に出歩くドレスなんて殆ど持ってきてないでしょう。「手荷物は軽くがジャスティスですわー!」とか言ってたのは誰ですか」
「はて、誰でしょうねそのおバカさんは」
「はあ……くだらない事言ってないで行きますよ」
「むう」

 ディルは足早に馬車から降りると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。

(たった二ヶ月振りなのに……随分と大きく見える)

 クリムフェルト家の長兄であるアルトに仕えていた自分の残像が脳裏にチラつく。ディルはそれがまるで遥か過去の様に思えてしまい、不思議な感覚に浸っていた。
 悔しさ? 怒り? それとも別の何か?
 答えは出ないが、ヒルデに仕える事となった現状に満足していないのは事実かも知れない。最も、それを口にするほど野暮でもないが。
 額に手を置き、汗と共にモヤモヤとした思考を拭い去る。今は自らの責務を全うする事だけを考えろーーーーそう言い聞かせて視線を上げた。
 すると、視界の先にぬっと顔が現れる。

「!?」
「やあ、久しぶりだねディル」
「ダルクお兄様! お久しぶりですわ」
「ヒルデちゃんもコンニチハ。ちょっと見ない間に可愛くなったねえ。ボク驚いちゃったよ」

 いきなり目の前に現れたシルエットの細い男性はニヤリと笑ってみせた。ヒルデより燻んだ青の髪、やや切長の目、貴族の服さえ無ければ商人と見間違うであろう雰囲気を纏っている。

 彼はクリムフェルト家三男。
『グリーム領』領主ダルク・クリムフェルト。

 五人兄弟の中で言えば四番目になるヒルデの兄であり、彼女にとって最も年齢の近い存在だ。
 昔から頭が良く悪戯が好きで、ヒルデも一緒に遊んだ仲でもある。長兄アルトの次に話し易い相手でもあった。

「ダルク様、付き人も無しで出歩くのは危険です」
「ディルは相変わらず心配性だねえ。大丈夫だよ、さっきまで一緒だったから。キミ達を見つけたから退がらせたのサ」
「…………」

 ディルは感知魔法を静かに展開する。
 均一な距離で配置された魔力反応。ダルクの言う通り、身を引いたとされる護衛達の気配は確かに存在している。

「俺はーーーー私はヒルデ様の護衛ですので」
「あらあらヒドイなあディルは。キミもノエル姉様みたいに堅物だと息苦しいよ」
「誰が堅物ですか」

 ぴしゃりとダルクの言葉を遮る凛とした声。

「ありゃ、これはノエル姉様お久しぶりです」
「白々しいですねダルク。相変わらず蛇の様な空気を撒き散らしていて不愉快ですよ」
「ちょっと姉様酷いじゃないか。せっかく会ったんだから、もっと気の利いた言葉を選んで欲しいネ」
「久しいわねヒルデ、元気そうでなによりだわ」
「ええと……」

 ノエルはダルクの言葉には耳も貸さず、スッとヒルデに向き直った。
 ディルと同じく髪を後ろで結び、首には金のチョーカー、そして目を引くのは騎士を彷彿とさせる軽装だ。ヒルデと同じ令嬢とは思えない前傾的な格好と言えるだろう。

「お久しぶりですノエル姉様。相変わらず凛々しいお姿ですわ」
「お世辞はいらないわよ。本当はドレスで来たかったのだけれど、仕事でギリギリだったから着替える時間が無かったの」

 顎をクッと上げて首のチョーカーを見せる。
 レリーフを刻まれた金のチョーカーは『魔法兵団』の証だ。魔法兵団とは名の通り魔法を操る組織であり、騎士団と並び街を襲う魔物を討伐するのを目的としている。
 ノエルは生まれながらにして高い魔法の素質があり、貴族でありながらもそこに在籍している。

「最近は一部の魔物が活性化していてね。常にどこかに派遣される日々を送っているのよ。戦いの後だから服は綺麗目な予備のにしたのだけれど、これだけだと流石にと思って……ほんと、化粧なんていつ以来かしら」

 白い肌に指を置いて小さく笑ってみせた。
 ノエルは今年で二十二歳になるが、笑うとヒルデと同じく幼さが伺える。それを見てやはり姉妹なのだなとディルはひとりごち、時計台の針を見て焦りを浮かべた。

「しまった、そろそろ城に向かわないと」
「ええと……まあ、もうこんな時間ですの!?」
「世間話は後にしましょうか」
「せっかくの家族の語らいを……時間ってのは無粋なもんだよネ」

 城へと向かうヒルデ達を見据え、ダルクは顎を掻きつつ小さく溢した。

「まあ、いつまでこんな風に話せるか……見ものではあるケドね」
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