とある貴族令嬢の奮闘記

名無し@無名

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朝ですわ

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 ◆

 鏡の中のお姫様。
 胸から上を写し込み彼女はいつも笑っていた。
 長い前髪に覆われた表情から口元だけを露わにし、口角だけが緩やかに上がっている。

『アナタは誰の為に生きて、誰の為に死にたいの?』

 その問い掛けは静かな水面を揺らす様に虚空に広がり、返事も無いままに消えていく。
 二度、三度、それから数えきれないほど、永遠にその問いは繰り返された。

 誰に向けての問い掛けか。
 誰の為の言葉なのか。
 その一切は闇の中で燻ったまま朧に馴染み、やがて鏡面の端に小さな亀裂が生まれた。

『映り込む真実は偽りであり、目に見える偽りは真実になる。この永遠の中で見出した答えを証明する事こそがーーーー』

 プツリ。

 ◆◇◆◇◆◇◆
 ◇◆◇◆◇◆
 ◆◇◆◇◆
 ◇◆◇◆
 ◆◇◆
 ◇◆
 ◆

「お嬢様、起きてください」
「……ん」
「お嬢様、ヒルデお嬢様」
「んんむぅうう」

 惰眠を貪る少女に青年は声を掛け続けた。
 対する少女は短く声を発すると、大きく顔を背けながら布団に包まってみせた。そのまま丸まったダンゴムシの様に外界の全てをシャットアウトするとピタリと静止する。

「朝です、起きて下さい」
「…………」
「ふむ」

 声を掛けていたのはひとりの青年だった。
 端正な顔立ちと黒髪、切長の目が印象的である。
 格好を見ればこの屋敷の使用人だろうか。青年は顎に手を置きながら考える素振りを見せると、やがて徐にベッドに膝を乗せた。
 ギシリ、ベッドが小さく軋む。
 その音に思わず少女はピクリと身体を強ばらせた。

「え、ちょっとディル……」
「お嬢様」

 ディルと呼ばれた青年は気にも留めず、少女の耳元に口を近付ける。布団を挟んでいるが所詮は布切れに過ぎず、この距離ならそれは無意味に等しい。
 やがてディルは甘く囁く様な声で少女にこう告げた。

「今日の朝食はーーーー目玉焼きを乗せたパンとライスにします」
「パンにライス!? すぐ起きますわ!」

 脊髄反射で布団を跳ね除けながらヒルデは水色のネグリジェを翻し高らかに叫んだ。

「もちろんそこら辺の野草のスープも付いてますわよね!?」
「ええ、もちろんです」
「グッジョブですわ! さあ、とっとと身支度を済ませますわ!」
「…………」

 ツカツカと歩くヒルデを見据えながらディルは小さくため息を吐いた。

(相変わらずチョロい)

 静寂が跡形もなく壊され、ひとりの少女の一日が始まった。
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