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しおりを挟む「…さん!優一さん!!」
身体をゆすられて目を開けると覗き込むようにしていた正樹と目が合った。
寝起きの頭では状況がなかなか理解できない。
「寝坊なんて珍しいですね」
「寝坊…」
まさか自分が寝坊するとは。
普段、夢も見ないほど深く眠る優一には珍しく夜中に浅い眠りを繰り返していたからだろう。起きていたような夢の中にいたような変な感じだったのをなんとなく覚えている。
「誰かに電話してたか?」
「……いいえ?」
正樹らしくないな、と思ったのは夢の中の正樹だったからか。
ああいう正樹も悪くないがやはり優一に尻尾を降ってくれる正樹がいい。
『いやーそれにしても大変なことになりましたね』
聞こえてきた第三者の声にテレビを見た。
そういえば一晩たって理事長の店はどうなったのだろう。
『この時代にあんな差別発言をする人が会社のトップだなんて、ねぇ』
『そうですね。働いているひとが不憫です』
どうやらニュースは理事長のお店の事ではなく他の事を大きく取り上げているようだ。
色んなところにツテがある人だったし上手く収拾させたのかもしれない。
良かった、とホッとしたのも束の間だった。
「あ、優一さん。食中毒のやつ気にしてましたよね」
「少しな」
「また別件で問題になってますよ」
「えっ?」
それを聞いてもう一度、テレビを見るが別のニュースに変わってしまった。
「別件って?」
「なんか、社員のΩへの差別発言をした動画がSNSでめちゃくちゃ拡散されたらしいよ」
それを聞いて信じられない、という気持ちにはならなかった。
確かに理事長はΩを軽視している所があった。
そこまで侮蔑されたと感じることはなかったが優一にもキツイことを何度か言っていた。
「その動画って…」
どうやって見ればいいのだろう。
優一はSNSの類を一切していないのでどうしていいか分からない。
SNSをよくやっている正樹なら分かるだろうと視線を投げかけると携帯をいじって画面を見せてくれた。
「優一さん、Ωだよね?絶対、嫌な気持ちになるよ」
「大丈夫」
その後に続く慣れてるからという言葉は飲み込んだ。
動画は携帯で撮った訳ではないのか画質が悪かったがそれでも理事長だと誰が見てもわかるだろう。
『なんてことをしてくれたんだ!この役立たずが!!!』
動画越しでもビクッと驚くほど大きな声。
この動画を撮った人も優一と同じように身体を動かしたのだろう、動画が大きく揺れた。
『ウゥッ、すみません…でもっ、あの人、私に薬を飲ませて…』
その先は口に出されなかったがこの人が何をされたのか優一には軽く想像がついた。
Ωへの差別が一昔前に比べ改善はされたのだろうが全てなくなった訳ではない。
理事長の世代のαは特にΩへの差別が残っている人が多い。
『そんなものやってやればいいだろう!お前の身体一つで契約がとれるのなら安いもんだ!!そんなことも出来ないΩに何の価値があるんだ?言ってみろ!!』
そう叫ぶ理事長の声に思わず動画を止めて口元を手で覆った。
優一へもキツイことを言う人だと思っていたがここまで明け透けな事を言われたことはなかった。
Ωにもなれない出来損ないとよく言われたが理事長にとって優一はゴミクズみたいな価値だっただろう。
優一が理事長にどう思われていたかよく分かる。
そりゃ、奏多と結婚してほしくないはずだ。
「ここまでにしとこ。この先も同じようなことを怒鳴ってるだけだし」
この先も見ておいた方がいいかもしれないと一瞬悩んだもののあの怒鳴り声をこれ以上聞くのはしんどい。
「ああ。ありがとう」
見せてくれた正樹へお礼をなんとか口にしたがショックで動けない。
早く出ないともうそろそろチェックアウトの時間だろう。
動け動け、と必死に動かそうとするのに身体はベッドから離れない。
そんな優一を見かねたのか正樹も服を脱ぐと自分のベッドの中に入った。
「もう少しゴロゴロしよう。ね?」
「ごめん…」
正樹には知らない人に言われた言葉で優一がこんなにショックを受けているのはおかしいと思われているかもしれないがお言葉に甘えることにした。
奏多は大丈夫なのか?
理事長や社長という立場でΩへのあの発言はだいぶ不味い。
差別を許さない世間や発言を受けたΩ達、そして通っている生徒の親などが許してくれるとは思えない。
奏多へのとばっちりが行かないか、それだけが不安だ。
今すぐ駆けつけて守りたい。
例え役に立たなくても側にいて奏多を見て安心したいが理事長の書類にサインしてしまった以上、近づくことも出来ない。
奏多は悪くないんだ。
誰にだって優しいやつだから許してやってくれ。と心の中で呟いた。
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