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登用編
第二十四話 戦略の天才、エウフェミア・フロイト
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目的の人物は惑星マールバッハの首都クローネの郊外にある屋敷に下宿していた。
家主はかつてはマールバッハ家に出入りして莫大な富を築き、そして没落した商人の一族の生き残りで、今はこの広大な屋敷と土地が唯一の財産である老婦人だと言う。
家主の老婦人は突然の私の訪問にそれなりに驚いたようではあったが、うろたえる事はせず、品の良い所作で私達を出迎えると、目的の人物へと取り次いでくれた。
「部屋に入って下さい、と仰っています」
老婦人の言葉に従い、私とエアハルトは屋敷の廊下を上がって行った。
「私の家との取引を切られたせいでかなり辛い目にあっただろうに、私に何の反応も見せなかったわね、あの御婆さん」
途中で私はエアハルトにそう話し掛けた。
「恐らくあの方は今ある生活で満足してらっしゃるのでしょう。もしこの屋敷や土地を失われても、また新たな生活で満足されるのかも知れません」
「そんな生き方も人間としては美徳……あるいは最上かも知れないわね」
だけどそんな生き方では満足できない人間達がこの世には数多くいる。
より多くの富を得たい、より多くの称賛を得たい、より大勢の人間の上に立ちたい、誰の下にも付きたくない、そして自分の可能性を確かめたい。
この先の銀河の歴史を動かすのは、隠者や聖者ではなく、そんな人間としての本能に忠実な人間達だ。
ティーネやヒルト、そして私自身も、案外そっち側の人間だったのかもしれない。
目的の人物の部屋は屋敷の二階の、南側の一番端にあった。
私は戸の前に立ち、ベルを鳴らす。
「開いていますよ」
女性の声で面倒くさそうな返事が聞こえた。ドアノブを回す。ガチャガチャ。
「閉まってるじゃない!」
私がドンドンと乱暴にドアを叩くと、中からさらに面倒くさそうな声が聞こえ、しばらくしてドアの鍵が開く気配がした。
私がドアを開けると、その奥には二十代後半の女性がいる。
やや濃い色の肩まである、手入れされていないのが一目瞭然のぼさぼさの茶髪と、ぼんやりしているのに異常に自信にあふれた大きな目が特徴的だった。
そして服装は色気も何も無いジャージ姿。多分素材は美人なのだろうに色々台無しである。
部屋の中も酷い有様で、大量のレトルト食品の容器とアルコール飲料の容器、そして本が散乱していた。
「突然自宅に訪ねて来られるほど親しい仲だった覚えはありませんが……一体こんな所に何の用でしょうかね、ヒルトラウト・マールバッハ公爵令嬢とそのお付き君?」
その女性、エウフェミア・フロイトはさほど友好的とも言えない視線と態度を私達に向けた。
取り敢えず恒例のステ確認。
統率64 戦略98 政治95
運営88 情報92 機動60
攻撃72 防御60 陸戦40
空戦50 白兵27 魅力71
戦略98。
98。
ティーネと同等。
うおおおおおおおっ。
不世出の大戦略家過ぎる。
こんな人間が予備役大尉として埋もれているとか歴史好きのロマン過ぎるよ……
と言うか前世のヒルトはこんなのが一時配下にいたのに使いこなせなかったどころか処刑しちゃったのか……残念としか言いようがない……
「……何、人の顔を見るなりいきなりガッツポーズをしているんです?」
思わずグッとガッツポーズをしていると物凄く不審な目でフロイト先生に見られた。
「い、いえ。何でもありません。お久しぶりですね、フロイト先生」
「あなたに先生と呼ばれるのはこれが初めてな気がしますね。どうでもいい事ですが先生と呼ぶんなら名の方で呼んで頂けませんか?フロイト先生と呼ばれると旧時代の何でも性欲に結び付ける著名な心理学者みたいで嫌なんですよ」
「分かりました、エウフェミア先生。もし良かったら先生も無理な敬語はやめてもらえませんか?今は階級は私の方が上ですが、今日は先生に教えを請いに来ています」
私がそう言うと先生は少し意外そうな顔をした。
「いつのまにやら師に対する最低限の礼儀は弁えたようだな。しかしそちらから訪ねて来るとは本当に意外だよ。君は私を嫌っていると思っていたんだがな」
彼女は急に素の口調になるとざっくばらんとした態度で話しかけて来た。
「教官の中で唯一私に忖度無しで赤点を付けてくれましたからね。私も先生には嫌われていると思っていました」
「別に嫌いではなかったさ。これをこのまま士官として戦場に出すのは人道に対する罪だな、と言う義務感に駆られていただけでね」
「ただの反骨心でしょう」
「まあそうだな」
彼女はこんな風に士官学校でも平気でヒルトに毒を吐く人間だった。良くヒルトが機嫌を損ねなかったものだと思うが、何だか毎回本気で怒る前にはぐらかされたり、エアハルトが間に入ったりしてくれていたようだ。
明らかに相性の悪い人間の一人だったが、それでも本格的に関係が悪化していなかったのは幸いだった。
「それで、私の教えを請いに来ただって?一体どう言う風の吹き回しだい?」
私は自分の端末を操作して論文を3Dディスプレイに表示した。それを見てエウフェミア先生は顔をしかめる。
「何だい、随分昔に私が仕事をしろと言われて適当に書いた論文じゃないか。いまさらそんな物が何だって言うんだい」
「ここに来る前にざっと読ませてもらいました。かなり興味深い内容です。どうして帝国と連盟の戦争が三〇〇年以上も続いてしまっているのか、その状況が何故いけないのか、そしてどうやってそれを終わらせるのか、簡潔に、理路整然とまとめてある」
「まともに取り上げる人間はいなかったがね。何しろそこに問題点として書いてある事はほとんどが上層部批判で、そして解決策として書いている事は現状ではほとんどが実行不可能な事だ」
「最終的な解決策として、連盟との和平を上げておられますね」
「互いの政治経済の中枢まで数千光年の距離をへだて、間に数百の有人惑星と数百億の住民が存在する国家同士の戦争で相手を純軍事的手段で屈服させるなんて、兵站の維持一つ考えてもほぼ不可能だ。攻撃の限界点、勝利の限界点なんて言葉を持ち出すまでも無い、常識レベルの話だろう。仮にやれたとしても戦争で得られる物より失われた物の方が多くなる愚かな戦いになるのは目に見えている。これは軍隊の精強さや指揮官の優秀さや戦場での勝利ではどうにもならない現実だよ。そして純軍事的に解決できない問題であれば、最後は政治によって解決するしかない。解決する事その物を放棄して、両国がこのままだらだら戦い続け失血死した、などと言うバカな歴史を人類史に残したくないならね」
そんな事は当然だ、何故世の中の大半の連中はこんな簡単な事が分からないんだ、と言う態度をありありと見せながらエウフェミア先生はつらつらと語った。
家主はかつてはマールバッハ家に出入りして莫大な富を築き、そして没落した商人の一族の生き残りで、今はこの広大な屋敷と土地が唯一の財産である老婦人だと言う。
家主の老婦人は突然の私の訪問にそれなりに驚いたようではあったが、うろたえる事はせず、品の良い所作で私達を出迎えると、目的の人物へと取り次いでくれた。
「部屋に入って下さい、と仰っています」
老婦人の言葉に従い、私とエアハルトは屋敷の廊下を上がって行った。
「私の家との取引を切られたせいでかなり辛い目にあっただろうに、私に何の反応も見せなかったわね、あの御婆さん」
途中で私はエアハルトにそう話し掛けた。
「恐らくあの方は今ある生活で満足してらっしゃるのでしょう。もしこの屋敷や土地を失われても、また新たな生活で満足されるのかも知れません」
「そんな生き方も人間としては美徳……あるいは最上かも知れないわね」
だけどそんな生き方では満足できない人間達がこの世には数多くいる。
より多くの富を得たい、より多くの称賛を得たい、より大勢の人間の上に立ちたい、誰の下にも付きたくない、そして自分の可能性を確かめたい。
この先の銀河の歴史を動かすのは、隠者や聖者ではなく、そんな人間としての本能に忠実な人間達だ。
ティーネやヒルト、そして私自身も、案外そっち側の人間だったのかもしれない。
目的の人物の部屋は屋敷の二階の、南側の一番端にあった。
私は戸の前に立ち、ベルを鳴らす。
「開いていますよ」
女性の声で面倒くさそうな返事が聞こえた。ドアノブを回す。ガチャガチャ。
「閉まってるじゃない!」
私がドンドンと乱暴にドアを叩くと、中からさらに面倒くさそうな声が聞こえ、しばらくしてドアの鍵が開く気配がした。
私がドアを開けると、その奥には二十代後半の女性がいる。
やや濃い色の肩まである、手入れされていないのが一目瞭然のぼさぼさの茶髪と、ぼんやりしているのに異常に自信にあふれた大きな目が特徴的だった。
そして服装は色気も何も無いジャージ姿。多分素材は美人なのだろうに色々台無しである。
部屋の中も酷い有様で、大量のレトルト食品の容器とアルコール飲料の容器、そして本が散乱していた。
「突然自宅に訪ねて来られるほど親しい仲だった覚えはありませんが……一体こんな所に何の用でしょうかね、ヒルトラウト・マールバッハ公爵令嬢とそのお付き君?」
その女性、エウフェミア・フロイトはさほど友好的とも言えない視線と態度を私達に向けた。
取り敢えず恒例のステ確認。
統率64 戦略98 政治95
運営88 情報92 機動60
攻撃72 防御60 陸戦40
空戦50 白兵27 魅力71
戦略98。
98。
ティーネと同等。
うおおおおおおおっ。
不世出の大戦略家過ぎる。
こんな人間が予備役大尉として埋もれているとか歴史好きのロマン過ぎるよ……
と言うか前世のヒルトはこんなのが一時配下にいたのに使いこなせなかったどころか処刑しちゃったのか……残念としか言いようがない……
「……何、人の顔を見るなりいきなりガッツポーズをしているんです?」
思わずグッとガッツポーズをしていると物凄く不審な目でフロイト先生に見られた。
「い、いえ。何でもありません。お久しぶりですね、フロイト先生」
「あなたに先生と呼ばれるのはこれが初めてな気がしますね。どうでもいい事ですが先生と呼ぶんなら名の方で呼んで頂けませんか?フロイト先生と呼ばれると旧時代の何でも性欲に結び付ける著名な心理学者みたいで嫌なんですよ」
「分かりました、エウフェミア先生。もし良かったら先生も無理な敬語はやめてもらえませんか?今は階級は私の方が上ですが、今日は先生に教えを請いに来ています」
私がそう言うと先生は少し意外そうな顔をした。
「いつのまにやら師に対する最低限の礼儀は弁えたようだな。しかしそちらから訪ねて来るとは本当に意外だよ。君は私を嫌っていると思っていたんだがな」
彼女は急に素の口調になるとざっくばらんとした態度で話しかけて来た。
「教官の中で唯一私に忖度無しで赤点を付けてくれましたからね。私も先生には嫌われていると思っていました」
「別に嫌いではなかったさ。これをこのまま士官として戦場に出すのは人道に対する罪だな、と言う義務感に駆られていただけでね」
「ただの反骨心でしょう」
「まあそうだな」
彼女はこんな風に士官学校でも平気でヒルトに毒を吐く人間だった。良くヒルトが機嫌を損ねなかったものだと思うが、何だか毎回本気で怒る前にはぐらかされたり、エアハルトが間に入ったりしてくれていたようだ。
明らかに相性の悪い人間の一人だったが、それでも本格的に関係が悪化していなかったのは幸いだった。
「それで、私の教えを請いに来ただって?一体どう言う風の吹き回しだい?」
私は自分の端末を操作して論文を3Dディスプレイに表示した。それを見てエウフェミア先生は顔をしかめる。
「何だい、随分昔に私が仕事をしろと言われて適当に書いた論文じゃないか。いまさらそんな物が何だって言うんだい」
「ここに来る前にざっと読ませてもらいました。かなり興味深い内容です。どうして帝国と連盟の戦争が三〇〇年以上も続いてしまっているのか、その状況が何故いけないのか、そしてどうやってそれを終わらせるのか、簡潔に、理路整然とまとめてある」
「まともに取り上げる人間はいなかったがね。何しろそこに問題点として書いてある事はほとんどが上層部批判で、そして解決策として書いている事は現状ではほとんどが実行不可能な事だ」
「最終的な解決策として、連盟との和平を上げておられますね」
「互いの政治経済の中枢まで数千光年の距離をへだて、間に数百の有人惑星と数百億の住民が存在する国家同士の戦争で相手を純軍事的手段で屈服させるなんて、兵站の維持一つ考えてもほぼ不可能だ。攻撃の限界点、勝利の限界点なんて言葉を持ち出すまでも無い、常識レベルの話だろう。仮にやれたとしても戦争で得られる物より失われた物の方が多くなる愚かな戦いになるのは目に見えている。これは軍隊の精強さや指揮官の優秀さや戦場での勝利ではどうにもならない現実だよ。そして純軍事的に解決できない問題であれば、最後は政治によって解決するしかない。解決する事その物を放棄して、両国がこのままだらだら戦い続け失血死した、などと言うバカな歴史を人類史に残したくないならね」
そんな事は当然だ、何故世の中の大半の連中はこんな簡単な事が分からないんだ、と言う態度をありありと見せながらエウフェミア先生はつらつらと語った。
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