銀河悪役令嬢伝説~破滅したツンデレ悪役令嬢に転生して二人の天才と渡り合い、二分された銀河をなるべく平和的に統一しろと無茶ぶりされました~

マット岸田

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登用編

第二十二話 戦争は金ばかりかかって空しいものだ

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 ここで帝国軍の主力である戦略機動艦隊と門閥貴族の関係について簡単に説明しておこう。

 帝国軍には各星系を守る小規模な星系駐留艦隊、恒星間エーテル航路において敵国による通商破壊や宇宙海賊に対処する宇宙航路警備艦隊、そして決戦戦力である戦略機動艦隊の三つの艦隊が存在する。

 一八個の戦略機動艦隊はその全てが完全な恒星間展開能力を持った独立戦闘単位であり、一個艦隊の維持だけで年間三兆ライヒスマルク以上の予算が掛かるとされる、銀河で最も高価な軍隊の一つだ。

 三兆ライヒスマルクと言うのがあまりピンと来ないかもしれないけど、昨年、帝国歴三三九年の帝国のGDPが推定4500兆ライヒスマルク、らしい。つまり戦略機動艦隊は戦闘も補充もせず、ただ存在しているだけでもGDPの1%以上を毎年消費している事になる。

 これで実際には連盟と常時戦争状態にあるのだから、帝国はずっと国家の経済力のギリギリの、あるいはそれを超えた状態で戦争を続けている事になった。

 帝国財務省の試算によると帝国歴三三九年のGDPに対する戦費の割合は70%に達している……国家予算ではなくGDPの70%なのだから眩暈がしてくる。
 生産効率も地理的状況も物価も兵器水準もまるで違うのだから単純に比較は出来ないけど、これはWWⅡ後半のドイツ第三帝国と同じ割合だ。

 国家の経済力を超えた状態で戦争を続ける、と言うのは簡単に言えば国全体の資源や工業能力が極限まで軍事に向けられている、と言う訳で、支出が膨れ上がって国内に流通する資金は多くなるのに民需用の生産力は定価し、そのままだと猛烈な悪性インフレを引き起こす。

 普通の戦争であればそれを回避するために余裕のある同盟国や中立国に戦時国債を発行して外国通貨を借り、それで海外から資源を購入して、戦後少しずつ返す、と言う事でやりくりするのだけど、人類が二つの国家に二分されている現状では当然ながらそれは不可能だった。

 そこで帝国では国家経済の破綻を避けつつ、長期的に連盟と戦争を続けるため、国土が広大である事を利用して国内である程度の経済分断策を取っている。

 つまり公爵領や侯爵領では独自通貨を発行させ、現地でその通貨を使って戦費を負担させ、艦隊を編成・維持させているのだ。

 例えばマールバッハ公爵領で一般的に通貨として流通しているのはライヒスマルクではなくマールバッハマルクである。

 そして数年単位で交代で貴族領に出兵義務期間を課し、その間は帝国政府や他の貴族がその貴族領を債権購入で支援し、出兵義務期間が終わればその間に経済を立て直す、と言う事を繰り返してきた。
 この仕組みでは帝国経済の何割かは常時戦争から切り離されている事になり、完全な挙国一致の総力戦は不可能な一方、それが軍費拡大を受け止める緩衝材となって、帝国は数百年の間、何とか帝国全体の経済を破綻させずに戦争を続ける事が出来ていた。

 これに関しては各星系が高度な自治権を持っている星系連盟の方でも、大まかな所は同じ仕組みで戦費をやりくりしているらしい。

 ……私は戦争の中でもあまり経済面にはそこまで興味が無かったから具体的な事は分からなかったが、何か両国とも借金で借金を返すような物凄い自転車操業でどうにかこうにか誤魔化し続けているのは何となく伝わって来た。
 ……これ各貴族が消化出来てない債権どれぐらいあるんだろうか。

 そりゃこんな戦争を何百年も続けてたら人類衰退するようなあ。

 とにかく、以上のような事から、戦略機動艦隊もその半数は帝国直轄領から編成された艦隊であり、残り半数は貴族領から編成された艦隊が数年ごとに交代で割り当てられている。

 基本的に奇数ナンバーの艦隊は帝国直轄領からで、偶数ナンバーは貴族領からの編成だった。
 奇数ナンバー艦隊は一般に中央艦隊、偶数ナンバー艦隊は貴族艦隊などと呼ばれているが、軍規上は両者の艦隊に差はない。

 ただ慣例として貴族艦隊の提督は帝国各地の公爵や侯爵が交代で務める事になっており、叩き上げで職業軍人の色が強い中央艦隊の提督達との折り合いは当然悪く、艦隊の質にも差が付いている。

 また戦略機動艦隊司令長官には中央艦隊出身の提督が任命されるのに対し、副司令長官は門閥貴族の有力者の中から任命されるのも慣例となっていた。

 何とも稼働効率が悪そうな組織だったが、広大な帝国領を経済的に管理しながら戦争を続けようとする内にこうなってしまったのだろう。

 そして今、マールバッハ公爵領はその出兵義務期間中で、第四戦略機動艦隊の中核を成している最中、と言う事だった。

「まあ何となくそんな気はしてたし、仕組みが分かった今、納得だけど……弱いなあ、ウチの艦隊」

 私は帝国の法制度や帝国財務省の資料、軍規などを片手間に端末で読みながら、メーヴェの艦橋でそう呟いた。

 昇進から一ヵ月後、光の速度で十数年の距離を十日ほどの時間を掛け、第四艦隊はマールバッハ星系へと戻って来ていた。
 マールバッハ星系は総勢で人口八億人、その生産力はGDP換算すれば帝国の5%近くを占める帝国で最大の貴族領だ。

 今私は自分が指揮する事になった五百隻の分艦隊を率い、その周辺のエーテル宙域で演習を行っていた。

 分艦隊司令になると自分の裁量である程度人事を決めたり、訓練の計画を建てる事が出来る。艦隊司令であるハンスパパが娘の私に何か横やりを入れてくる事はないので、ほとんどやりたい放題だった。

 釈放後、准将へと降格になり、そのまま公爵家のコネを使って引っ張って来たクライスト提督を分艦隊副指令に任命し、早速演習の指揮を任せてみたのだが……

「第一任務群、進軍が遅い!何をやっているか!」

 味方のもたつきぶりにクライスト提督が激しい口調で通信を送った。任務群司令からうろたえたような返答が返ってくる。

 分艦隊を二つに分けての追撃から戦闘を行う演習だったが、逃げる側の一つだった第一任務群の足が遅く、予定より遥かに早い時間に追う側が追い付いてしまった。

 仕方ないので追う側に停止命令を出すが、それも実行が遅く、今度は追う側と逃げる側の陣形が入り乱れてしまう。

「ええい、一旦演習中止だ。このままでは事故が起こる」

 呆れたようにクライスト提督は吐き捨て、シートに座り込んだ。
 クライスト提督の指揮は簡潔で明瞭なのだが、それを実行する側の練度が極端に不足していた。
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