銀河悪役令嬢伝説~破滅したツンデレ悪役令嬢に転生して二人の天才と渡り合い、二分された銀河をなるべく平和的に統一しろと無茶ぶりされました~

マット岸田

文字の大きさ
上 下
5 / 30
転生編

第四話 まずは「よきにはからえ」型の主君に徹する事にする

しおりを挟む
「敵が仕掛けてくるとしたら、どのタイミングだと思う?エアハルト」

「敵の防御陣形が崩れ、こちらの艦隊がとどめを刺すために近接戦闘に入る寸前でしょう。こちらの陣形も乱れ、付け込む隙が大きくなります」

 私は頷いた。やっぱりエアハルトの予想は的確だ。
 戦闘開始から二時間。敵の防御陣形が崩れ、後ろに下がり始める。全艦隊全速前進、近接戦闘用意、と言う勇ましい号令が全艦隊に響いた。

 ヒルトの前世では、ここで高揚したヒルトは必死に止めるエアハルトを無視して味方を押しのける勢いで前進し、艦隊の隊列を乱した結果、奇襲を掛けられて酷い目に合うのである。
 後方からの奇襲を予想していたエアハルトとしては、気が気でなかっただろうなあ。

「どうしよう」

「後方に備えるため、と言う理由で待機を申し出るのも良いのですが、それでは敵の奇襲部隊が姿を現さないかも知れません。ここは陣形を維持したまま、形だけでも前進するのが良いかと」

「ではそのように」

 今の私が実戦の指揮をしても多分艦隊を混乱させるだけだろう。やはりここは最後までエアハルトに任せよう。

「後方に艦影!暗礁空域を迂回して接近してきたようです!」

 オペレーターの一人が叫んだ。

 艦橋の全員が緊張したのが分かった。私も含んで。

 今まで散々に軍務に対する無能さと怠惰さと不誠実さを見せ付けて来た上官が突然、敵の動きを的確に予想し始めたからと言って、急に信用出来る物でも無いだろう。

 最後まで上手く行くのか。その疑問を皆が抱いているに違いない。

 そして私も、初めての実戦から来る緊張と不安と恐怖から逃れる事は出来ない。

 この先何が起こるのかは、ヒルトの記憶から知っている。
 だけど本当に今回もその通りになるのか。何か些細な事がきっかけで、全く別の展開になってしまう事だってあるんじゃないだろうか。
 そうなった時、自分はあっけなくここで死ぬ事だってあり得るのかもしれない。

 ディスプレイに新たな黄色い艦船のモデルが次々と表示される。それだけでなく、艦橋のメインスクリーンに映し出される宇宙の映像に、星とは別の光点が無数に現れ、次第に大きく、鮮明になってくる。

 それらの数が増えるにつれ、自分の血圧が下がって行くのが分かった。

 私は息を一つ吐き、自分の隣を見やった。

 エアハルトはただ一人艦橋を包む緊張に呑まれてはいなかった。顔色一つ変えず、冷静にディスプレイを見やっている。

 これが、ただ未来をカンニングしているだけの私と違って、自分の能力でこの状況を予想していた人間の強さだろうか。

 そのエアハルトの冷静さが私にも平静を取り戻させた。

「数はやはり二百隻程です」

「少ないね」

「はい。しかし味方で後方に備えているのは我々の百隻だけです。そして恐らく敵は火力に優れた新鋭艦をこの別動隊に集中させているでしょう」

「大丈夫?」

「大丈夫です」

 エアハルトは全く気負いなく答えた。

 私の指揮の元―――それは実際にはエアハルトの指揮だったけど、あらかじめ後方に備えていた百隻の任務部隊は、整然と、まではいかないまでも、大きな混乱を起こす事無く次々と反転すると、新たに現れた敵に対する迎撃態勢を整えた。

 敵は奇襲の意図がまずはくじかれた事に気付いたのか気付いていないのか、どちらにせよ躊躇いも見せず猛然と突き進んでくる。

「まもなく砲戦の射程に入ります!」

 オペレーターの声が響く。味方の迎撃態勢が整っているのを目にしてか、その声色は先程よりも若干落ち着きを取り戻している。

「ヒルト様、ご命令を」

「え、あ、うん」

 私は一度目を閉じ、自分の中にあるヒルトの乏しい軍事知識の記憶を引っ張り出した。
 それから深呼吸し、目と口を開く。

「全艦隊、砲門開け!射程に入った艦から砲戦開始!」

 私がそう叫んだと同時に。
 艦橋のメインスクリーンに激しい閃光が走った。

 敵から無数のビームとレールキャノンが放たれ、こちらの弾幕をかいくぐって各艦が展開しているシールドに達すると、それぞれのエネルギーの性質に応じたきらめきを放ってそこで四散する。

 戦場は当然真空空間だが、至近距離に張られたシールドが生むエネルギー空間は艦隊までその衝撃の振動を伝え、敵の攻撃が届くごとに不吉な音が艦橋を揺さぶった。

 こちらも負けじと砲撃を撃ち返しているが、数の差はいかんともしがたい。それだけでなく、敵の攻撃は明らかにこちらよりも効率的だった。

「押されてない?」

「敵の指揮官は優秀なようですね。的確にこちらの小型艦や旧式艦に攻撃を集中させ、防御陣形に楔を打ち込もうとしています」

「な、何か対処した方がいいんじゃないの?ちょっとでも陣形を組み替えたりさ」

「残念ですがこの激しい攻撃の中であらかじめ決めている以外の陣形に組み替えるにはこの任務部隊には練度が不足しています。混乱を生じ、却って敵に付け入る隙を与えるでしょう」

「でも大丈夫、と」

「敵の攻撃がどれだけ巧みでも、このまましばらくは耐えられるだけの陣形ではあります。そしてそれほど長く耐える必要は無いでしょう」

「分かった……」

 ここで動揺して余計な命令を出してエアハルトの邪魔をするようでは元のヒルトを笑えなかった。
 一度部下に任せると決めたら途中で口を出さず、最後までしっかり任せるのも名将の資質だ、と色んな本にも書いてある。

 私は黙って戦況を見詰める事にした。

「ヒルト様」

「うん」

「敵の奇襲を予想していながら、すべき進言をしなかった事は、申し開きもありません」

「許す。ただこれからは何か気付いたらすぐに言いなさい。私もなるべく聞く耳を持つようにするから」

「はっ」

 エアハルトは小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

初恋の結末

夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...