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第一章 双星(小型浸透怪獣ギラル 突撃衝角怪獣ザンダ 近接火砲怪獣ガンガル 登場)

死線~あるいはその時は良い考えに思えたのだ、と私のお墓には刻んでほしい~

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「勇!一旦逃げろ!」

 和樹は思わず携帯に向けて叫んでいた。

「その新しい怪獣は相性が悪過ぎる!今は相手をするのは無理だ!一旦逃げて、自衛隊が来るのを待ちながら二匹の怪獣を分散させる事を試みるんだ!」

 今ここで勇と雪奈の二人を揃って失う訳には行かなかった。

『だけど、今逃げたら!』

 携帯の向こうで勇が歯を食いしばっているのが分かった。

(そうだ。分かってるよ。こう言った所でお前が大人しく逃げるような奴じゃないって事は)

 和樹も携帯を握り締めながら歯ぎしりしたい気分だった。
 今ここでスターブレイバーが逃げれば住宅街に怪獣達が入るのを止める者がいなくなる。そしてその先には雪奈の妹である春奈が入院している病院がある。
 そんな犠牲を許容する事は、勇に取っては自分が死ぬよりも辛い事だろう。
 勇がそんな人間だと言う事は、ゲームをプレイした感想としても、天藤翔の記憶から読み取った知識としても、和樹は知っている。

(だけど違うんだ勇。お前、そして雪奈ちゃんはここで街の人間や春奈ちゃんを犠牲にしてでも生き延び無くちゃ行けないんだ。お前達はこの世界の主人公とメインヒロインで、最後には世界を救わなきゃいけない人間なんだから)

「勇、お前だけの問題じゃない。一緒に乗っている雪奈ちゃんまで巻き込むつもりか」

 なるべく感情を込めないようにしながらそう言った。
 我ながら酷い選択を勇に強いている、と言う自覚はあったが、ここを衝かない限り勇は折れないだろう。

『それは……』

 勇が言葉に詰まった。
 そこで電話の向こうから雪奈の泣き声が聞こえた。
 激しい戦闘の恐怖から泣いているのか。そう思ったが、違った。

『勇君……翔さん……私はどうなっても大丈夫だから……大丈夫ですから……お願い……春奈を助けて……お願いします……お願い……』

 嗚咽交じりにそう懇願する声だった。

『雪奈さん……』

 それを受けて勇が決意の籠った声を出した。どうやら雪奈の事を持ち出したのは逆効果だったらしい。
 やめてくれよ。和樹はそう嘆きたくなった。
 本物の天藤翔ならここで雪奈の懇願と弟の決意を受けて、街と病院を守るために自分の命を掛けてでも出来る限りの事をするのだろう。
 だがここにいる自分は本当は勇の理想の兄貴である天藤翔ではなく、西尾和樹と言う平凡なサラリーマンなのだ。
 自分が死なない事が一番の目的で、そのためにはとにかく今は危険を避ける戦いを勇にもしてほしい。
 勇に原作通り世界を救わせようとしているのも、あくまで最後は自分のため、だったはずだ。

「分かったよ」

 それでも和樹は気が付いたらそう口に出していた。

『兄さん?』

「僕が何とかして新しく現れた怪獣の方の気を引く。お前はその間にそっちの方の怪獣を倒してくれ。そしてその怪獣の体を盾にしてあの火球を防ぐんだ」

 電話の向こうで勇が何かを言い掛け、それから言葉を飲み込む気配がした。
 作戦と呼べるような物ではなかった。いや、そもそもこんな状況では作戦の立て様など無かった。

「翔君、気を引くって言ってもあんな物を相手にどうやって」

「ミニパトで足元を走り回ればこっちに攻撃が行くかもしれない」

 そう亜美に答える和樹の口の中はからからに乾いていた。

「やめて。いくら何でも正気とは思えないわ。そんな事をしても死ぬだけよ」

「言わないでくれよ。自分でもあまりまともじゃないって言うのは分かってるんだ」

 なるべく自然に翔を演じ続ける努力をしながら和樹は答えた。油断すると半ば自棄になっているのが表に出てしまいそうだ。

「だったら」

「けど、高校生の弟が街や病院を守るために戦ってるんなら、警察官で兄貴の僕が何もしない訳には行かないだろ?」

「怪獣の相手は、警察官の仕事じゃないわ」

「ああ。街を守るのが仕事、だよ」

 自分を励ますようにそう言うと、青ざめたままの顔でさらに何か言い掛けた亜美に背を向け、翔はミニパトに乗り込んだ。
 エンジンを掛け、サイレンを大音量で流すと、ガンガルに向けてミニパトを走らせ始める。

(本当に何やってるんだよ俺は)

 護星装甲スターブレイバーと言うゲームに対する愛着が行き過ぎているか、それとも逆にこの短時間でこの世界の住人達をゲームの中の人間と見做せなくなったせいか。
 自分でも理解出来ない感情で和樹は無茶苦茶な事を始めていた。
 鬼に挑む一寸法師だって、ここまで無謀には見えなかっただろう。
 ガンガルの巨大な足が目前に迫って来た。
 巨体だけあって歩行速度は中々の物だが、その分足の動き自体は決して速くは無い。落ち着いて進路を選べば踏みつぶされる事は無さそうだった。
 和樹はミニパトで挑発するようにその足の周りを走り回った。
 その動きを鬱陶しく感じたのか、ガンガルはスターブレイバーへの攻撃をいったん中断し、ミニパトを追い始める。
 和樹は今度はガンガルを住宅地からもスターブレイバーからも遠ざけるように田園地帯の方に向けてハンドルを切った。
 生きた心地は全くしなかったが。それでもガンガルの気を引くと言う目的は果たせているようだ。
 ガンガルが鋏をこちらに向け、火球を放ち始める。

(来たな……けど)

 凄まじい爆音が連続して響き、まるで戦場にいるかのような気分になる。
 しかし火球は全てミニパトの近くに着弾し、直撃する物は一つも無い。
 爆風と粉塵、瓦礫と破壊された地面のせいで一歩間違えれば事故を起こしそうだったが、それでも冷静さを失わなければどうにか走り続ける事は出来た。

(そうだ、お前は空を飛んでいる目標や素早い目標、小さい目標を狙うのは苦手なんだ)

 ゲームではその弱点を自衛隊に衝かれ、囮作戦に翻弄された挙句にスターブレイバーに倒される事になる。
 ただ、本来は自衛隊の航空機が主に行うはずの囮を、ミニパト一台でやるのはやはりどう考えても無謀だった。
 携帯で通話している余裕は全く無い。バックミラーでちらとスターブレイバーの方を確認する。ザンダと正面から組み合った後、投げ飛ばしているのが見えた。
 とにかくザンダだけでも早く片付けてくれ。和樹がそう思った時、あっさりと破局は来た。
 ガンガルの放った火球が、恐らく偶然に進む先にあった鉄塔に命中し、そしてミニパトを押し潰すように倒れて来たのだ。

「つっ……!」

 咄嗟にハンドルを切ろうとしたが、そもそも逃げる場所が無い。左右どちらも爆炎と瓦礫によって道は塞がれている。
 凄まじい衝撃と共にフロントガラスが叩き割られ、ボンネットがひしゃげる音がした。
 シートベルトはしていたが、それでも気を失いかける程の衝撃だ。

「ぐっ……」

 どうにか車から降りて逃げようとした時、風を切る不気味な音がいくつも上空からして来た。
 ガンガルの吐いた火球が降り注いでくる。
 凄まじい爆発。真っ先に身を打つ衝撃波で気が遠くなる。
 そのおかげで幸いにも、和樹は自分の体がさらにひしゃげた車体に押し潰され、引き裂かれて焼かれる激痛をほとんど感じずに済んだ。
 意識を失う直前に、時計が目に入った。時刻は七時十五分を指している。

(結局、元のゲームで死ぬ時間よりも早く死ぬなんてな……やっぱりらしくもない真似はするんじゃなかった……)

 和樹は最期にそう思った。
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