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7-10 左近(2)
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「直接顔を合わせるのは久しぶりだな」
そう言うと赤は小屋から身を離し、こちらに近付いて来た。左近は逆に足を止める。
何故今姿を晒し正面から近付いてくるのか。その意味を考えた。半太夫が姿を消した事と、何か関係があるのか。
潜んでいる部下は全部でどれほどいるのか。敢えて気配を放っている者以外にも、確実にいるだろう。
赤も左近から三十歩ほどの距離で足を止めた。今の所殺気を放ってはいない。表情は薄笑いを浮かべた物だが、全身には緊張がみなぎっているのが分かった。
「驚いたな」
赤が口元を歪めながら呟いた。
「何がだ」
「ほんの短い間に、見違えるほどに腕を上げている。どんな鍛錬を積んだらそうなる」
「それほどでもない」
ここしばらく勇人に鍛えられてはいるが、左近は自分がそれほど強くなったとは感じていなかった。少なくとも、ちあめにはまだ遠く及ばないだろう。
「いつも通りすぐ近くにあの化け物みたいな女もいるのか?そうだとしたら、あまりぞっとしないな」
「忍びが正面から姿を晒して、何のつもりだ。互いにここで首を取り合って勝負を付けようってでも言うのか」
「お前の首を狙うんだったらこんな事はしない。今日は話があって来た」
「話だと?」
「俺達は今は陸奥守の命を狙っていない。雇い主の直義殿から別の仕事を受けた。朝廷から出ている者達を探れ、と言う仕事だ。つまり今、陸奥守は俺達の敵じゃない」
「そうか。だがそれはそっちの都合だろう」
「まあそう殺気立つな。今まで散々互いに殺し合った。そっちの忍びを何人も殺したし、こっちも殺された。だが今俺達が互いに殺し合うのは意味が無いどころか、共通の敵を利するだけだ」
「共通の敵だと」
「朝廷から出ている連中、五辻宮と言う得体の知れない男が率いているようだが、奴らは陸奥守の命も狙っている。お前達に取っても敵だろう。この関東でも互いに探り合うだけじゃなく、戦う事までしているようだしな。そしていずれ連中は斯波家長や直義殿すら狙いかねん、と俺は踏んでいる。帝の邪魔になる人間は全て消す。そんな奴らだ、あれは」
「それで?」
「停戦したい。足利と陸奥守が戦を止めると言う事は無理でも、その裏で俺達が無駄に戦い続けると言う事は避けたい。五辻宮の配下は手強すぎる。お前達の相手をしながら連中の事まで探る、と言うのは難しい。出来れば互いに調べた事も共有したいぐらいだが、まあそれは無理だろうな」
「笑わせるなよ。仮にそれが本当だとしてもまた足利直義から暗殺の命令が改めて出たらどうする。平気で寝首を掻きに来るだろう、お前は」
「その時はこちらから停戦を終わらせる事は伝える。口約束しか出来んがな」
「そんな話を信用しろと?」
「信じないなら信じないでいい。お前らはこっちを今まで通り警戒してればいいだけの話だ。ただ俺達が五辻宮の配下を相手にしている限りは手を出すな。そうしている限り俺達もお前達には手を出さない」
そう言われ、左近は少し考え込んだ。話が本当なら確かに赤の言う事には理があった。五辻宮の配下がそれだけ手強いと言うのも事実ではある。しかし今更この男を信用できるのか。
「まあいきなりこんな事を言って通るとも思っていない。今日はそう言う意図をこっちが持ってる、と言う事だけ分かってもらえればいい。手土産も持ってきた」
左近の心を読んだように赤が言った。
「手土産?」
赤が合図すると、小屋の中から二人の人間に担がれて麻袋が出て来た。それを地面に転がし、赤が袋の口を開く。
中から半太夫が顔を出した。意識が無いが、生きているように見える。
「おい」
「勘違いするなよ。佐竹の領内で五辻宮の配下に捕まった所を助け出してきた。足利の領分なら俺達の方が色々と動きやすいんでな。それでも苦労したが」
半太夫の体を赤の配下達が引きずり、左近との中間の所に置いて行く。
「これだけで信用してもらえるとは思っていないが、まあこっちの誠意だと思ってくれ」
「俺達の間で誠意か。笑えるな」
そうは言ったが、ひとまず半太夫が生きていた事に左近はほっとしていた。
「確かにな。俺も自分がこんな事を言い出すとは思っていなかった」
赤の薄笑いに僅かに自嘲気味な物が混ざった。自分で自分がやっている事を滑稽だと思っているように見えた。
「一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「何故俺にこの話を持ち掛けて来た?」
「お前達の頭目は、隙が無さ過ぎてこんな風には近付けん。鷹丸とか言う奴は、あれは駄目だな。目先の手柄に目が行くような忍びだ。後はお前とあの楓とか言う女忍びのどちらかだが、あっちの方は最近はあまり表に出てないだろう」
「なるほど」
「取り敢えずこの話、上の方に伝えておいてくれ。お前の上の人間達が駄目だと言うなら、やはり次からはまた殺し合いだな」
赤がやはり皮肉げに薄笑いを浮かべながら言った。
赤とその配下が姿と気配を消すと、左近も半太夫の息を確かめ、すぐその場を移動した。半太夫は、部下達に運ばせる。
それからさほど時も置かない内に、ちあめが姿を現した。恐らくずっと近くで誰にも気付かれないまま潜んでいたのだろう。
「どう思う?あの話」
移動しながらそう声を掛けた。ちあめは特に警戒した様子も見せず、左近と並んで移動している。少なくとも今の所は何か罠が掛けられていたりはしていない、と言う事だろう。
「直接顔を合わせるのは久々だったけれど、何か変わっていたな、あの男。以前に会った時は、他人の命も自分の命もどうでもいい、と思っているような印象があったけど」
敵として手強いかどうか、と言うのとは別に、酷く歪んだ男、と言う印象はずっと強く残っていた。
歪んでいるのは変わっていないだろう。どこかに歪み切っていない部分があった。それを今回は表に出してきた。恐らくそう言う事だ。
「まあこれ以上は俺が考える事じゃないか。あの男の言う通り、俺がやるのはこの話を陸奥守に上げる事だけさ」
今影太郎は京にいるので、直接左近が陸奥守に報告する事になるだろう。
ちあめはいつも通りこちらの話を聞いているのかいないのか、分からなかった。
担がれている半太夫がうめき声を上げた。
どうやら意識を取り戻したようだった。
そう言うと赤は小屋から身を離し、こちらに近付いて来た。左近は逆に足を止める。
何故今姿を晒し正面から近付いてくるのか。その意味を考えた。半太夫が姿を消した事と、何か関係があるのか。
潜んでいる部下は全部でどれほどいるのか。敢えて気配を放っている者以外にも、確実にいるだろう。
赤も左近から三十歩ほどの距離で足を止めた。今の所殺気を放ってはいない。表情は薄笑いを浮かべた物だが、全身には緊張がみなぎっているのが分かった。
「驚いたな」
赤が口元を歪めながら呟いた。
「何がだ」
「ほんの短い間に、見違えるほどに腕を上げている。どんな鍛錬を積んだらそうなる」
「それほどでもない」
ここしばらく勇人に鍛えられてはいるが、左近は自分がそれほど強くなったとは感じていなかった。少なくとも、ちあめにはまだ遠く及ばないだろう。
「いつも通りすぐ近くにあの化け物みたいな女もいるのか?そうだとしたら、あまりぞっとしないな」
「忍びが正面から姿を晒して、何のつもりだ。互いにここで首を取り合って勝負を付けようってでも言うのか」
「お前の首を狙うんだったらこんな事はしない。今日は話があって来た」
「話だと?」
「俺達は今は陸奥守の命を狙っていない。雇い主の直義殿から別の仕事を受けた。朝廷から出ている者達を探れ、と言う仕事だ。つまり今、陸奥守は俺達の敵じゃない」
「そうか。だがそれはそっちの都合だろう」
「まあそう殺気立つな。今まで散々互いに殺し合った。そっちの忍びを何人も殺したし、こっちも殺された。だが今俺達が互いに殺し合うのは意味が無いどころか、共通の敵を利するだけだ」
「共通の敵だと」
「朝廷から出ている連中、五辻宮と言う得体の知れない男が率いているようだが、奴らは陸奥守の命も狙っている。お前達に取っても敵だろう。この関東でも互いに探り合うだけじゃなく、戦う事までしているようだしな。そしていずれ連中は斯波家長や直義殿すら狙いかねん、と俺は踏んでいる。帝の邪魔になる人間は全て消す。そんな奴らだ、あれは」
「それで?」
「停戦したい。足利と陸奥守が戦を止めると言う事は無理でも、その裏で俺達が無駄に戦い続けると言う事は避けたい。五辻宮の配下は手強すぎる。お前達の相手をしながら連中の事まで探る、と言うのは難しい。出来れば互いに調べた事も共有したいぐらいだが、まあそれは無理だろうな」
「笑わせるなよ。仮にそれが本当だとしてもまた足利直義から暗殺の命令が改めて出たらどうする。平気で寝首を掻きに来るだろう、お前は」
「その時はこちらから停戦を終わらせる事は伝える。口約束しか出来んがな」
「そんな話を信用しろと?」
「信じないなら信じないでいい。お前らはこっちを今まで通り警戒してればいいだけの話だ。ただ俺達が五辻宮の配下を相手にしている限りは手を出すな。そうしている限り俺達もお前達には手を出さない」
そう言われ、左近は少し考え込んだ。話が本当なら確かに赤の言う事には理があった。五辻宮の配下がそれだけ手強いと言うのも事実ではある。しかし今更この男を信用できるのか。
「まあいきなりこんな事を言って通るとも思っていない。今日はそう言う意図をこっちが持ってる、と言う事だけ分かってもらえればいい。手土産も持ってきた」
左近の心を読んだように赤が言った。
「手土産?」
赤が合図すると、小屋の中から二人の人間に担がれて麻袋が出て来た。それを地面に転がし、赤が袋の口を開く。
中から半太夫が顔を出した。意識が無いが、生きているように見える。
「おい」
「勘違いするなよ。佐竹の領内で五辻宮の配下に捕まった所を助け出してきた。足利の領分なら俺達の方が色々と動きやすいんでな。それでも苦労したが」
半太夫の体を赤の配下達が引きずり、左近との中間の所に置いて行く。
「これだけで信用してもらえるとは思っていないが、まあこっちの誠意だと思ってくれ」
「俺達の間で誠意か。笑えるな」
そうは言ったが、ひとまず半太夫が生きていた事に左近はほっとしていた。
「確かにな。俺も自分がこんな事を言い出すとは思っていなかった」
赤の薄笑いに僅かに自嘲気味な物が混ざった。自分で自分がやっている事を滑稽だと思っているように見えた。
「一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「何故俺にこの話を持ち掛けて来た?」
「お前達の頭目は、隙が無さ過ぎてこんな風には近付けん。鷹丸とか言う奴は、あれは駄目だな。目先の手柄に目が行くような忍びだ。後はお前とあの楓とか言う女忍びのどちらかだが、あっちの方は最近はあまり表に出てないだろう」
「なるほど」
「取り敢えずこの話、上の方に伝えておいてくれ。お前の上の人間達が駄目だと言うなら、やはり次からはまた殺し合いだな」
赤がやはり皮肉げに薄笑いを浮かべながら言った。
赤とその配下が姿と気配を消すと、左近も半太夫の息を確かめ、すぐその場を移動した。半太夫は、部下達に運ばせる。
それからさほど時も置かない内に、ちあめが姿を現した。恐らくずっと近くで誰にも気付かれないまま潜んでいたのだろう。
「どう思う?あの話」
移動しながらそう声を掛けた。ちあめは特に警戒した様子も見せず、左近と並んで移動している。少なくとも今の所は何か罠が掛けられていたりはしていない、と言う事だろう。
「直接顔を合わせるのは久々だったけれど、何か変わっていたな、あの男。以前に会った時は、他人の命も自分の命もどうでもいい、と思っているような印象があったけど」
敵として手強いかどうか、と言うのとは別に、酷く歪んだ男、と言う印象はずっと強く残っていた。
歪んでいるのは変わっていないだろう。どこかに歪み切っていない部分があった。それを今回は表に出してきた。恐らくそう言う事だ。
「まあこれ以上は俺が考える事じゃないか。あの男の言う通り、俺がやるのはこの話を陸奥守に上げる事だけさ」
今影太郎は京にいるので、直接左近が陸奥守に報告する事になるだろう。
ちあめはいつも通りこちらの話を聞いているのかいないのか、分からなかった。
担がれている半太夫がうめき声を上げた。
どうやら意識を取り戻したようだった。
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