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6-7 北畠小夜(2)
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白河関を越えた所で軍勢の大部分を解散させて武将達をそれぞれの領地に戻した。
白河よりも先に楠木正家の任地である常陸の瓜連城を通る事になったが、楠木正家は小高城攻めへの参陣も願い出て、瓜連城にわずかな数の人間を残してそのまま付いて来ていた。
瓜連城は今は佐竹に取られていて常陸の楠木勢は動きが無い状態に見えるが、それは見せかけだけの事で、本当はいつでも城は取り戻せるようになっているらしい。
つまり城の取り合いをしているようで本当は佐竹が楠木にそう思い込まされている。その辺りは楠木一族の合戦のやり方その物だった。
宗広も白河に残し、小夜に付いて来ているのは麾下の軍勢三千と楠木正家、そして伊達行朝の軍勢だけである。
宗広を直接多賀国府まで伴わずに残したのは関東への抑えの意味もあったが、それ以前に白河結城領も当然のように乱れていたからだ。当主である宗広が不在で息子である親光一人だけでは一族の中にも抑えきれない部分がどうしてもある。
結城氏に限らず今朝廷に従っている武士達の中には倒幕の折に朝廷側に立ち、朝廷の後ろ盾を得る事で一族の中での立場を固め、宗家の地位を手に入れた者が数多くいる。
逆に言えば朝廷のせいで一族内での権力争いに負けた者達もいると言う事で、当主個人の忠誠心には疑いは無くても、一族として見れば必ずしも全面的に朝廷に従っている、と言えない武士ばかりなのが現実だった。表面上は大人しくしていても、足利の勢力が優勢と見ればそれに乗じての一族内での盛り返しを計る者が出て来る。
当主としての力不足、と言う言葉で片付けられるほど簡単な問題では無かった。外から見れば十分に栄達しているような一族でも内側には必ず不遇をかこっている者はいるし、自分は不遇だと思い込んでいる者はもっと多くいる。
やはり武士と土地の繋がりと言う物は、幅広い所でこの国の統治を難しくしていた。
「陸奥に戻って来たのう、顕家」
六の宮が輿から顔を出して言った。
久々の京の都、そして祖父のように親身に育てていた親房から離れて再び陸奥に戻る事をすんなり六の宮が肯ずるかどうか不安だったか、六の宮はむしろ陸奥に戻る事を心待ちにしているようだった。
「征西の間は、色々と宮様にもご不便をお掛けしました」
「これからも苦労せねばならぬのであろう。戦では父上と私のために多くの者が死んだ。それは、分かっておる。自分で馬に乗る事さえ出来ぬこの身が、恨めしくある」
六の宮は聡明だった。親房の教育や陸奥への下向、征西で辛い思いをした事で学んだ事だけでなく、それらの結果、持って生まれた他人を思いやる心が為政者としての正しい心構えとして昇華されつつある。
「何故皆は戦をするのであろうな、顕家」
白河の関を抜け、陸奥の山々を眺めながら六の宮が呟いた。
「人の愚かさ、でしょうか」
「人の愚かさを制していくのが、政の務めではないのか」
六の宮が真っ直ぐな目で小夜を見詰めて来た。そこには子どもにありがちな小賢しさは無く、ただ責任を背負わねばならない立場に生まれた事から来る、真摯な疑問があった。
「その通りです。それを制し切れないのは、上に立つ者の不明でしょう」
その視線を耐え難く感じ、少しだけ目を逸らして小夜は答えた。
人の愚かさを、政で完全に制する事は出来ない。それでも誰かが上に立つ事は、誰も立たないよりはましな事のはずなのだ。
だから上に立った者は本当はたまたま人の上に立つ事になっただけで、私欲のために政を用いれば、別の誰かに取って変わられても仕方ない。上に立つ者はそれを肝に銘じて、ただ今より少しでもましな政を行う事を常に目指し続ければいい。
政に対してその考えがどこまでに貫かれていれば、最後はそれでいい。小夜はそう思っていたが、その考えは現実に対する妥協と言えば妥協だった。
小夜もまたかつては、上に立つ者次第で理想郷のような国も必ずいつかは出来る、と信じていた事があったのだ。
その理想を現実に追い続けている人間が今の朝廷に頂点に立っている。自分はそれとどう向き合い、どんな答えを出すのかこれから考えなくてはならない。
小夜の返答をどう受け取ったのか、ただ六の宮は小さく頷いただけだった。
再び本陣にやって来た鷹丸からの報告を受けた後、四千の兵力で小高城と向き合った。城に籠る相馬勢は六千ほどだ。
片瀬川の戦いで相馬一族はかなり打撃を受けたはずだが、それでも小高城にはまだ陸奥での足利方の中心になるだけの力があった。斯波家長がその気になれば密かにここに関東からの兵を蓄える事も難しくないだろう。
この先、再び陸奥を鎮める事を考えるとどうしてもここで叩いておきたい場所だった。
軍議と言うほどの物は開かなかった。諸将に命令を伝えるだけだ。
半数の兵を後方に残すと和政を先頭に立て、行朝と正家が側面から援護しながら城を軽く攻め立てる。敵は数で劣るこちらがさらに兵を分断していると見たのか、城から五千ほどの兵が打って出て来た。
和政が迅速に退き始める。敵は嵩に懸かって攻めているが、行朝と正家の巧みな援護に阻まれている。小夜はそこで後方に置いていた兵を動かし始めた。しかしまだ遠い。
そこで和政に攻めかかっていた敵が唐突に乱れた。敵の後方を五百の騎馬隊が突いている。後方。いや、すでに後方から真っ二つに敵陣を断ち割り、突き抜けていた。
和政がそれに合わせて再び攻めに転ずる。断ち割られた時に指揮をしていた者も討ち取られたのか、敵はそのまま大きく崩れ始めた。一度突き抜けた騎馬隊が反転し、また敵に凄まじい勢いで突っ込んでいる。
騎馬隊の先頭で一際大きな馬に乗り、槍を振るう武士の姿が見えた。そしてその一頭を切っ先にして騎馬隊その物が鋭い刃物になったかのように敵陣を切り裂いている。二つに断ち割られた敵がさらに四つに断ち割られ、それで敵の中心が完全に砕かれたのが分かった。
そこで小夜も追い打ちに掛かった。敵の半数はそのまま逃げ、残る半数は城へと戻ろうとする。しかし城内から相馬の兵に向けて矢が射かけられた。同時に城から逃げるようにしてぱらぱらと城を守っていたはずの相馬の兵が出て来る。城のあちこちからは火の手も上がっていた。
師行が野戦で敵を崩し、城兵が野戦に気を取られている隙に時家が裏門から城を奪う。鷹丸が伝えて来た通りの動きを二人はしていた。それにしても、どちらも唖然とするほどの鮮やかさだった。
すでに勝敗は決していたが、相馬一族の名のある武将と思しき武士とその旗本達がぽつんと石のように抵抗していた。そこに向けて師行が一騎で駆け始めるのが見える。
「顕家様」
小夜の横に控えさせていた勇人が口を開いた。
「構わぬ。行って参れ」
小夜は面の奥で苦笑してそう答えた。勇人は頭を下げ、朝雲を駆けさせる。
勇人と師行が並んだ。二騎が二本の矢のように駆けて行く。師行は勇人の方を意に介しているのかどうかも分からない。
勇人の朝雲が少しだけ速度を上げた。師行の暁はそのままの速さで、わずかに勇人に先を譲ったようにも見えた。
勇人が旗本の列を突き破り、師行が槍の一撃で武将を突き上げた。思わず肌が泡立つような光景だった。
それで敵の抵抗は完全に止んだが、小夜は追い討ちに討て、と命じた。逃がせばまた時を置かずに集まってくるのは分かっていたので容赦はしなかった。
小高城の周りに屍の山をいくつか作り、戦は終わった。師行が取った二つの首を始めとして、相馬一族の主だった者の首も取っている。
ふと見れば師行が槍の柄で勇人を馬上から叩き落としていた。何を、と一瞬思ったが、馬から落ちた勇人は上手く受け身を取り、すぐに起き上がると笑っている。
ほとんど自分から落ちたのかもしれない。そして小夜も初めて見るような明るい笑顔だった。
白河よりも先に楠木正家の任地である常陸の瓜連城を通る事になったが、楠木正家は小高城攻めへの参陣も願い出て、瓜連城にわずかな数の人間を残してそのまま付いて来ていた。
瓜連城は今は佐竹に取られていて常陸の楠木勢は動きが無い状態に見えるが、それは見せかけだけの事で、本当はいつでも城は取り戻せるようになっているらしい。
つまり城の取り合いをしているようで本当は佐竹が楠木にそう思い込まされている。その辺りは楠木一族の合戦のやり方その物だった。
宗広も白河に残し、小夜に付いて来ているのは麾下の軍勢三千と楠木正家、そして伊達行朝の軍勢だけである。
宗広を直接多賀国府まで伴わずに残したのは関東への抑えの意味もあったが、それ以前に白河結城領も当然のように乱れていたからだ。当主である宗広が不在で息子である親光一人だけでは一族の中にも抑えきれない部分がどうしてもある。
結城氏に限らず今朝廷に従っている武士達の中には倒幕の折に朝廷側に立ち、朝廷の後ろ盾を得る事で一族の中での立場を固め、宗家の地位を手に入れた者が数多くいる。
逆に言えば朝廷のせいで一族内での権力争いに負けた者達もいると言う事で、当主個人の忠誠心には疑いは無くても、一族として見れば必ずしも全面的に朝廷に従っている、と言えない武士ばかりなのが現実だった。表面上は大人しくしていても、足利の勢力が優勢と見ればそれに乗じての一族内での盛り返しを計る者が出て来る。
当主としての力不足、と言う言葉で片付けられるほど簡単な問題では無かった。外から見れば十分に栄達しているような一族でも内側には必ず不遇をかこっている者はいるし、自分は不遇だと思い込んでいる者はもっと多くいる。
やはり武士と土地の繋がりと言う物は、幅広い所でこの国の統治を難しくしていた。
「陸奥に戻って来たのう、顕家」
六の宮が輿から顔を出して言った。
久々の京の都、そして祖父のように親身に育てていた親房から離れて再び陸奥に戻る事をすんなり六の宮が肯ずるかどうか不安だったか、六の宮はむしろ陸奥に戻る事を心待ちにしているようだった。
「征西の間は、色々と宮様にもご不便をお掛けしました」
「これからも苦労せねばならぬのであろう。戦では父上と私のために多くの者が死んだ。それは、分かっておる。自分で馬に乗る事さえ出来ぬこの身が、恨めしくある」
六の宮は聡明だった。親房の教育や陸奥への下向、征西で辛い思いをした事で学んだ事だけでなく、それらの結果、持って生まれた他人を思いやる心が為政者としての正しい心構えとして昇華されつつある。
「何故皆は戦をするのであろうな、顕家」
白河の関を抜け、陸奥の山々を眺めながら六の宮が呟いた。
「人の愚かさ、でしょうか」
「人の愚かさを制していくのが、政の務めではないのか」
六の宮が真っ直ぐな目で小夜を見詰めて来た。そこには子どもにありがちな小賢しさは無く、ただ責任を背負わねばならない立場に生まれた事から来る、真摯な疑問があった。
「その通りです。それを制し切れないのは、上に立つ者の不明でしょう」
その視線を耐え難く感じ、少しだけ目を逸らして小夜は答えた。
人の愚かさを、政で完全に制する事は出来ない。それでも誰かが上に立つ事は、誰も立たないよりはましな事のはずなのだ。
だから上に立った者は本当はたまたま人の上に立つ事になっただけで、私欲のために政を用いれば、別の誰かに取って変わられても仕方ない。上に立つ者はそれを肝に銘じて、ただ今より少しでもましな政を行う事を常に目指し続ければいい。
政に対してその考えがどこまでに貫かれていれば、最後はそれでいい。小夜はそう思っていたが、その考えは現実に対する妥協と言えば妥協だった。
小夜もまたかつては、上に立つ者次第で理想郷のような国も必ずいつかは出来る、と信じていた事があったのだ。
その理想を現実に追い続けている人間が今の朝廷に頂点に立っている。自分はそれとどう向き合い、どんな答えを出すのかこれから考えなくてはならない。
小夜の返答をどう受け取ったのか、ただ六の宮は小さく頷いただけだった。
再び本陣にやって来た鷹丸からの報告を受けた後、四千の兵力で小高城と向き合った。城に籠る相馬勢は六千ほどだ。
片瀬川の戦いで相馬一族はかなり打撃を受けたはずだが、それでも小高城にはまだ陸奥での足利方の中心になるだけの力があった。斯波家長がその気になれば密かにここに関東からの兵を蓄える事も難しくないだろう。
この先、再び陸奥を鎮める事を考えるとどうしてもここで叩いておきたい場所だった。
軍議と言うほどの物は開かなかった。諸将に命令を伝えるだけだ。
半数の兵を後方に残すと和政を先頭に立て、行朝と正家が側面から援護しながら城を軽く攻め立てる。敵は数で劣るこちらがさらに兵を分断していると見たのか、城から五千ほどの兵が打って出て来た。
和政が迅速に退き始める。敵は嵩に懸かって攻めているが、行朝と正家の巧みな援護に阻まれている。小夜はそこで後方に置いていた兵を動かし始めた。しかしまだ遠い。
そこで和政に攻めかかっていた敵が唐突に乱れた。敵の後方を五百の騎馬隊が突いている。後方。いや、すでに後方から真っ二つに敵陣を断ち割り、突き抜けていた。
和政がそれに合わせて再び攻めに転ずる。断ち割られた時に指揮をしていた者も討ち取られたのか、敵はそのまま大きく崩れ始めた。一度突き抜けた騎馬隊が反転し、また敵に凄まじい勢いで突っ込んでいる。
騎馬隊の先頭で一際大きな馬に乗り、槍を振るう武士の姿が見えた。そしてその一頭を切っ先にして騎馬隊その物が鋭い刃物になったかのように敵陣を切り裂いている。二つに断ち割られた敵がさらに四つに断ち割られ、それで敵の中心が完全に砕かれたのが分かった。
そこで小夜も追い打ちに掛かった。敵の半数はそのまま逃げ、残る半数は城へと戻ろうとする。しかし城内から相馬の兵に向けて矢が射かけられた。同時に城から逃げるようにしてぱらぱらと城を守っていたはずの相馬の兵が出て来る。城のあちこちからは火の手も上がっていた。
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「顕家様」
小夜の横に控えさせていた勇人が口を開いた。
「構わぬ。行って参れ」
小夜は面の奥で苦笑してそう答えた。勇人は頭を下げ、朝雲を駆けさせる。
勇人と師行が並んだ。二騎が二本の矢のように駆けて行く。師行は勇人の方を意に介しているのかどうかも分からない。
勇人の朝雲が少しだけ速度を上げた。師行の暁はそのままの速さで、わずかに勇人に先を譲ったようにも見えた。
勇人が旗本の列を突き破り、師行が槍の一撃で武将を突き上げた。思わず肌が泡立つような光景だった。
それで敵の抵抗は完全に止んだが、小夜は追い討ちに討て、と命じた。逃がせばまた時を置かずに集まってくるのは分かっていたので容赦はしなかった。
小高城の周りに屍の山をいくつか作り、戦は終わった。師行が取った二つの首を始めとして、相馬一族の主だった者の首も取っている。
ふと見れば師行が槍の柄で勇人を馬上から叩き落としていた。何を、と一瞬思ったが、馬から落ちた勇人は上手く受け身を取り、すぐに起き上がると笑っている。
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