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6-3 斯波家長(2)
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戦では全てが自分の狙い通りに行く事はまず無い、と言うのは実戦を経験するようになって家長が最初に学んだ事の一つだった。
狙っていた事の半分も当たればいい物で、手強い相手の場合は十に一つも自分の思う様には行かない事もある。
二千騎を分散させ、囮の騎馬隊も使って陸奥守をつり出し、不意を衝く、と言うのは上手く行ったように思えた。だが陸奥守は、集合し伊達行朝の軍に突っ込もうとしたこちらの騎馬隊の側面を逆に自ら衝いて来たのだ。
驚くほどの判断の速さだった。そして判断が速いだけでは間に合わなかったはずだ。こちらが伊達勢の方にぶつかると読まれていた。
先頭は算を乱し掛けていた。しかし敵は五百である。一度退くか、あるいは押し包んで陸奥守を討ち取る事を目指すか。
想定に無い所で、一気に戦を決める機会が飛び込んで来たのだ。
迷いは一瞬だった。
選び抜き、鍛え抜いた二千騎である。南部師行の騎馬隊とすら、決して動きではそこまでの差は無かった。指揮をする自分がしっかりとさえしていれば、数の劣った相手に負けるはずがないのだ。伊達行朝が側面の陣形を整え直し挟撃の態勢に入ろうとしても、正面の佐竹と戦いながらそれをやるのは至難の業だろう。佐竹もこちらの動きに合わせて勢い付いている。
算を乱している先頭の二百騎程を切り離すようにして一旦下がり、残りの騎馬隊を二つに分けると挟み込むようにして陸奥守の騎馬隊にぶつかった。
陸奥守は騎馬隊を小さくまとめ、こちらの二百騎をかき回すように蹴散らしながら激しく小さく動いてそれに応じて来る。逃げればこちらがそのまま伊達勢に突っ込む。だからこの位置で耐え続ける動きだった。
「逃がすな。半数はこのまま敵の背後に回り込ませろ」
騎馬同士の戦いは、互いが足を止めていると例え数の差があっても中々勝負がつかない。徒と比べてしっかりとした陣形を組めないからだ。陸奥守はいかにも巧妙な動きでこちらの突撃の勢いを受け流して戦いを膠着に持ち込もうとしていた。
自ら太刀を振るって戦う陸奥守の姿が見えた。その周囲を固める旗本達は相当に強力なようで、味方はその五十騎程に押されていた。
しかしそれでも陸奥守一人の首を狙うのであれば、遠からず討ち取れる。それでこの戦には勝てるし、東の事はそのほとんどが片付くだろう。
「何だと」
思わず家長は叫んでいた。
伊達勢と正面から戦う佐竹がじりじりと退き始めている。浮足立っている、と言ってもいい。それで余裕が出来たのか、伊達行朝は迅速に陣形を整え直し始めている。
何が起きたのか。わずかな間に上林和政が驚くほどに中央の味方を押し込み、佐竹の側面をも脅かしていた。犠牲を顧みないような戦い方で、上林和政一人を中心に敵は火の玉のようになっている。
側面を衝かれる事を恐れた佐竹勢は明らかに動きが悪くなっていて、伊賀盛光一人が何とか前に出ようとしている状況だった。
陸奥守を守るためには、自分達が前に出て敵を打ち崩すしかない。その指揮する者の必死さが、敵を一丸にしているのが目に見えた。
それだけでなく、陸奥守の背後に回したはずの騎馬隊が、新たに表れた一団に止められてもいた。菊水の旗が上がっている。ほんの二百ほどだが、繋げて塀のようになる盾を使い、巧みにこちらの騎馬の動きを妨げていた。
想定外の事が、立て続けに起き過ぎていた。直に伊達行朝は守りを固めるだけでなく、反撃に転じて来るだろう。だが、まだ間に合う。
斯波家長は太刀を抜き、上に振り上げた。それを合図にするように、周囲の騎馬が一斉に陸奥守一人に向けて殺到する。例え一騎が旗本に止められても、二騎、三騎と前に進んで行く。陣形も何も無い、こちらの犠牲を顧みない攻撃。最後の手段として決めていた。
陸奥守の旗本も、かなり数を減らしている。十数騎が陸奥守へと届く。これで首を取れる。
そう思った時、陸奥守へと向かった騎馬が瞬く間に全員落馬した。
何が起きたのか、束の間家長は分からなかった。陸奥守の前に、一騎が出て来ている。若く、簡素な具足を付けた男。しかし乗っている馬と抜き放っている太刀は、見惚れる程に見事だ。
ほんの束の間、その周囲の戦場が水を打ったように静まり返った。
「怯むな」
声を振り絞り、また太刀を振り上げると、今度は家長自身が馬を駆けさせた。一瞬気を呑まれたように止まった味方もそれに続いてくる。伊達行朝が陣形を整え直した側面から騎馬で出て来ているのが見えた。もう時間は無かった。
あの一騎さえ倒せれば、陸奥守の首は取れる。
横から遮って来た別の旗本を斬り倒し、その若い一騎と向きあった。
「建速勇人だな」
それは当たっていたようで、相手は自分の名前が呼ばれた事に一瞬だけ驚いたような顔をした。しかし構えにも、全身から立ち昇る気にも、全く乱れはない。
腹の底から気力を振り絞り打ち掛かる。共に向かって行った数騎はやはり打ち合う間も無く馬上から落ちて行く。
家長の太刀も、弾かれる。そう思った時には、首の近くを何かが通り過ぎて行った。まだだ、と叫ぼうとしたが、口から声が出なかった。横合いから伊達行朝の騎馬隊が向かって来るのが見える。
引き金を鳴らせ。そう叫んだ。声になったかどうかは、分からない。
誰かが、家長の馬の方向を変えた。目の前が暗くなってくる。負けたのか。いや、死ぬのか。
何か、柔らかく温かい物に受け止められた。意識の最後で家長はそう思った。
狙っていた事の半分も当たればいい物で、手強い相手の場合は十に一つも自分の思う様には行かない事もある。
二千騎を分散させ、囮の騎馬隊も使って陸奥守をつり出し、不意を衝く、と言うのは上手く行ったように思えた。だが陸奥守は、集合し伊達行朝の軍に突っ込もうとしたこちらの騎馬隊の側面を逆に自ら衝いて来たのだ。
驚くほどの判断の速さだった。そして判断が速いだけでは間に合わなかったはずだ。こちらが伊達勢の方にぶつかると読まれていた。
先頭は算を乱し掛けていた。しかし敵は五百である。一度退くか、あるいは押し包んで陸奥守を討ち取る事を目指すか。
想定に無い所で、一気に戦を決める機会が飛び込んで来たのだ。
迷いは一瞬だった。
選び抜き、鍛え抜いた二千騎である。南部師行の騎馬隊とすら、決して動きではそこまでの差は無かった。指揮をする自分がしっかりとさえしていれば、数の劣った相手に負けるはずがないのだ。伊達行朝が側面の陣形を整え直し挟撃の態勢に入ろうとしても、正面の佐竹と戦いながらそれをやるのは至難の業だろう。佐竹もこちらの動きに合わせて勢い付いている。
算を乱している先頭の二百騎程を切り離すようにして一旦下がり、残りの騎馬隊を二つに分けると挟み込むようにして陸奥守の騎馬隊にぶつかった。
陸奥守は騎馬隊を小さくまとめ、こちらの二百騎をかき回すように蹴散らしながら激しく小さく動いてそれに応じて来る。逃げればこちらがそのまま伊達勢に突っ込む。だからこの位置で耐え続ける動きだった。
「逃がすな。半数はこのまま敵の背後に回り込ませろ」
騎馬同士の戦いは、互いが足を止めていると例え数の差があっても中々勝負がつかない。徒と比べてしっかりとした陣形を組めないからだ。陸奥守はいかにも巧妙な動きでこちらの突撃の勢いを受け流して戦いを膠着に持ち込もうとしていた。
自ら太刀を振るって戦う陸奥守の姿が見えた。その周囲を固める旗本達は相当に強力なようで、味方はその五十騎程に押されていた。
しかしそれでも陸奥守一人の首を狙うのであれば、遠からず討ち取れる。それでこの戦には勝てるし、東の事はそのほとんどが片付くだろう。
「何だと」
思わず家長は叫んでいた。
伊達勢と正面から戦う佐竹がじりじりと退き始めている。浮足立っている、と言ってもいい。それで余裕が出来たのか、伊達行朝は迅速に陣形を整え直し始めている。
何が起きたのか。わずかな間に上林和政が驚くほどに中央の味方を押し込み、佐竹の側面をも脅かしていた。犠牲を顧みないような戦い方で、上林和政一人を中心に敵は火の玉のようになっている。
側面を衝かれる事を恐れた佐竹勢は明らかに動きが悪くなっていて、伊賀盛光一人が何とか前に出ようとしている状況だった。
陸奥守を守るためには、自分達が前に出て敵を打ち崩すしかない。その指揮する者の必死さが、敵を一丸にしているのが目に見えた。
それだけでなく、陸奥守の背後に回したはずの騎馬隊が、新たに表れた一団に止められてもいた。菊水の旗が上がっている。ほんの二百ほどだが、繋げて塀のようになる盾を使い、巧みにこちらの騎馬の動きを妨げていた。
想定外の事が、立て続けに起き過ぎていた。直に伊達行朝は守りを固めるだけでなく、反撃に転じて来るだろう。だが、まだ間に合う。
斯波家長は太刀を抜き、上に振り上げた。それを合図にするように、周囲の騎馬が一斉に陸奥守一人に向けて殺到する。例え一騎が旗本に止められても、二騎、三騎と前に進んで行く。陣形も何も無い、こちらの犠牲を顧みない攻撃。最後の手段として決めていた。
陸奥守の旗本も、かなり数を減らしている。十数騎が陸奥守へと届く。これで首を取れる。
そう思った時、陸奥守へと向かった騎馬が瞬く間に全員落馬した。
何が起きたのか、束の間家長は分からなかった。陸奥守の前に、一騎が出て来ている。若く、簡素な具足を付けた男。しかし乗っている馬と抜き放っている太刀は、見惚れる程に見事だ。
ほんの束の間、その周囲の戦場が水を打ったように静まり返った。
「怯むな」
声を振り絞り、また太刀を振り上げると、今度は家長自身が馬を駆けさせた。一瞬気を呑まれたように止まった味方もそれに続いてくる。伊達行朝が陣形を整え直した側面から騎馬で出て来ているのが見えた。もう時間は無かった。
あの一騎さえ倒せれば、陸奥守の首は取れる。
横から遮って来た別の旗本を斬り倒し、その若い一騎と向きあった。
「建速勇人だな」
それは当たっていたようで、相手は自分の名前が呼ばれた事に一瞬だけ驚いたような顔をした。しかし構えにも、全身から立ち昇る気にも、全く乱れはない。
腹の底から気力を振り絞り打ち掛かる。共に向かって行った数騎はやはり打ち合う間も無く馬上から落ちて行く。
家長の太刀も、弾かれる。そう思った時には、首の近くを何かが通り過ぎて行った。まだだ、と叫ぼうとしたが、口から声が出なかった。横合いから伊達行朝の騎馬隊が向かって来るのが見える。
引き金を鳴らせ。そう叫んだ。声になったかどうかは、分からない。
誰かが、家長の馬の方向を変えた。目の前が暗くなってくる。負けたのか。いや、死ぬのか。
何か、柔らかく温かい物に受け止められた。意識の最後で家長はそう思った。
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