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5-16 南部師行

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 自分がずっと見られている、と言う事は分かっていた。陸奥守を西に見送り、それを途中まで追って行った斯波家長が鎌倉に入ってからだ。
 狩りで互いを狙っている狼から受けるような視線を、師行はその鎌倉からずっと感じている。
 鎌倉からの視線、などと言っても自分の周りの人間には誰も理解出来ないだろうから、それを他人に語る事はしなかった。ただ、常に見られていると思いながら小さな叛乱を潰して行った。
 それはすぐに、ただ見ているのではなく、様々な事を測りながら自分の隙を伺っているのだ、と言う確信に変わった。
 その感覚は不思議と不快ではなかった。陸奥守よりもさらに若い、若過ぎるほどの大将である斯波家長が、驚くほどの速さで成長し、狡猾さを身に付け、自分に勝負を挑もうとしているのだ、と思うと、心に浮き立つ物すらあった。
 出陣していなくても常時戦場にいて、強敵と向かい合っているのと同じだった。そんな感覚を覚えるのは、初めての事だ。
 今回時家の兵を伴ったのは、そろそろだろう、と言う予感があったからだった。叛乱が起きた場所が小高城の近くだったと言うのが、その予感を後押しした。自分が家長なら、何度かに分けて小高城に密かに自分の兵を入れ、それを使う。
 叛乱を起こしていた武士達の方は何ほどでもなかった。今は半数の騎馬隊で丘の麓に追い込み、残り半数が丘からの逆落としの態勢で見下ろしている。敵はその構えだけですでに崩れ掛けているように見えた
 このまま逆落としを掛ければそれで蹴散らせる。しかし師行はその指示を出すのをわずかに躊躇った。斯波家長がどこかで何かを仕掛けて来る。逆落としを掛けた直後は大きな隙を晒す事になるのだ。そして目の前の容易いはずの敵にも、ここまで追い込んだ所でわずかに嫌な気配を感じ始めている。
 まだ斯波家長は戦場に姿を現してはいない。
 嫌な気配の正体も、斯波家長が仕掛けてくる事も、こちらから一度飛び込んで見破るしかないのかもしれなかった。丘の下の敵も、あまり時間を掛ければまた態勢を整え直す。そうなれば味方に無駄な犠牲が出る。
 仕掛けるか。そう思った所で、丘を一騎の馬が駆け上ってきた。
 楓だった。わき腹に矢を突き立て、着物の襟周りを赤く染めながら、こちらに駆けてくる。
 周囲の兵達は何も言わず楓を師行の所まで通した。楓は師行の横で馬を止める。一度咳き込んだ。口から咳と一緒に血を吐き出したが、それを拭い、顔を上げる。
矢で、肺腑が傷付いている。そう思った。

「何をしている、楓」

「東から斯波家長自ら率いる騎馬隊二千。すぐに到着するよ」

 半ば血に染まった顔でいつものような笑顔を作ると、楓が言った。

「そうか」

 頷き、それだけ言った。他には何を言ったらいいのかすぐには分からなかった。しかし兵の動かし方だけは楓の報告を受けてはっきり決めていた。

「馬を降りて、ここでじっと待っていろ。丘の上は戦場にはせん」

 そう言い残し、兵を動かした。丘の上の騎馬はそのまま逆落としに駆けさせる。そして下で敵を追い込んでいた騎馬はそれと交差させるようにして敵を突き抜けさせ、逆に丘に駆け上がらせる。
 師行自身は逆落としの先頭に立っていた。叛乱の大将。剣を振るい、迎え撃とうとしてくる。その眼には怯みは一切なく、強い覚悟が宿っていた。馳せ違う。槍で突き落としていた。真っ二つに断ち割られた敵は逃げ出す。しかし四散はしない。全ての兵が示し合わせたように同じ西の方向に逃げている。
 こちらを丘から引きはがす動きだった。最初から大将が討たれ、負ける事に備えている。敵に対して感じていた嫌な気配の正体は、これだったのだろう。
 師行は追撃を止めた。丘に駆け上った半数はそのままにして、師行自身は丘の麓に布陣する。
 東から、整然と騎馬隊が現れた。数は楓の言った通り二千。そして斯波の旗が上がっている。
 一瞬、凄まじい憤怒が体の中を駆け巡ったが、師行は一度大きく息を吐くと、それを抑え込んだ。
 どうやら自分は楓の負傷に対して腹の底から怒っているらしい。だが、戦は怒りに任せてやるものではなかった。
 怒りを忘れれば思わず見惚れてしまうほどの見事な騎馬隊ではあった。馬の質も乗り手の質もかなり高い所で揃っている。自分の騎馬隊と比べれば緩みはあるが、それは二千と言う数の多さ故だろう。
 以前に白河関の戦いで目にした斯波家長の騎馬隊とは別物だった。鎌倉に入ってからのわずか一月ほどの間で、関東の武士達の中からそれだけの騎馬隊を選び、編成し直してきたと言う事だ。
 自分と、そして西から戻ってくる陸奥守と戦うための騎馬隊だろう。
 北から、五百の徒。時家だった。斯波家長が仕掛けて来るとしたら叛乱を潰した後だろうと検討を付け、まずはそれに合わせて到着するように騎馬隊と徒を分けて行軍させた。
 斯波家長は、実際には自分が想定していたよりも更に際どい時に戦場に現れた。警戒せず逆落としを決め、そのまま追い討ちに入っていれば、斯波家長に容易く丘を取られ、相当に不利な態勢に追い込まれたはずだ。
 まずは一手読み負けた。しかしその負けは消せた。楓からの報告が無ければどうなっていたかは分からない。今はそれを考える意味も無かった。
 時家は師行の後ろに付くように進んで来て陣を組んだ。時家の行軍を師行は気に入っていた。徒のみなので速さは無いが、旗も出さず、時に地に伏せながら姿を隠し、湧いて出るように戦場に現れる。
 斯波家長は騎馬隊を一千ずつ二つに分けた。丘を取れず、さらに時家の兵が来ていると言う時点でこちらの不意を突くと言う目論見は外れたはずだったが、その事から来る動揺は向こうの軍からは一切感じない。
 ここからさらに正面から戦う構えだった。

「小僧が。あれから少しは出来るようになったか見せてみろ」

 二千対一千。そしてこちらの半分は徒である。だからと言って劣勢だなどとは師行は微塵も感じていなかった。斯波家長も数を頼みにはしてないだろう。
 二千騎が二つに分かれたまま駆け始めた。こちらから見て右翼が自分に、左翼が時家の方に向かっている。斯波家長は自分に向かって来ているようだ。
 師行も騎馬隊の半数で駆け出した。丘に依った残りの半数は動かさない。
 二百五十対一千。先頭でぶつかり合う直前に方向を変え、側面からぶつかろうとする。しかし斯波家長の一千はそれを呼んでいたかのように駆けながら陣形をわずかに変え、それに対応してくる。縦列になっていた騎馬隊が横列になると同時に、やり過ごした先頭がこちらの背後を突くようにして回り込んでくる。

「ほう」

 思わず師行は声を上げていた。自分の騎馬隊の攻撃に実戦でここまで対応してきた相手は初めてだった。
 躊躇はしなかった。縦列から横列になった敵の騎馬隊はその分薄くなっている。そして回り込んで来ている敵の先頭は大きく方向を変えた分だけ速度は落ちている。師行は疾駆しながら騎馬隊を小さく一塊にまとめ、自分が先頭に立ってそのまま突っ込んだ。槍。一人、二人、三人。師行自身が四人を倒した所で敵を突破し、二つに断ち割った。一瞬で突破し、そのまま駆け抜けたので、背後を突こうとしていた敵は振り切れた。
 そのわずかなぶつかり合いでこちらは四騎失っていた。敵は師行が倒した以外に十人程は馬から落としただろうか。
 一度二つに立ち割った敵はすぐに陣形を整え直し、また一つになって向かってくる。立て直しも速い。普通の相手ならば師行の方がそのまま二つに断ち割った相手に立ち直る暇なくもう一度突っ込んでいる。
 時家の方は堅陣を組み長柄を構えて守りを固めていた。もう一千の方はそこに敢えてぶつかる気はないのか、時家と丘の双方を睨むような位置に留まっている。師行の二百五十をまず叩ければ、徒の五百などいくらでも料理できる、と考えているのか。
 師行は自分に向かってくる斯波家長の一千を無視するようにし、そのもう一つの騎馬隊を目指して駆けた。斯波家長も追ってくるが、遅れている。馬の速度が遅いのではなく、丘からの残る二百五十の逆落としを警戒して、進路が大回りになってしまうのだ。
 時家と向かい合っていた一千の方は不意を突かれたようだった。ほとんど背後を突くような形になる。しかしこちらも精強だった。攻撃を受けながら疾駆を始め、若干の犠牲を出しながらも師行を振り切ろうとする。
 そのまま強引に突っ切る事はせず、師行は途中で方向を変えて横に離脱した。このままぶつかり続ければ、今度はこちらが斯波家長に後背を突かれ、挟撃される。
 斯波家長が追い付いて来た。二つの騎馬隊が合流する。二回のぶつかり合いで四十騎ほどは落としたか。しかし敵に乱れはない。

「なるほど、多少は楽しめるか」

 ここまでの所はこちらが押しているが、一つ読み間違えれば容易くこちらが殲滅されかねない程の切れ味が斯波家長の騎馬隊にはあった。
 楓の事を考えればあまり時間を掛けたくはない。しかし焦りが出れば隙が出る。その隙が致命的になる相手だ。
 楓の事は頭から追い出し、今は戦を楽しむしかない、と師行は割り切った。
 また、向かい合う態勢になった。敵は一塊になった騎馬隊。こちらは前方に騎馬隊二百五十、後方に時家の徒。丘の上に二百五十。
 時家の徒がゆっくりと動き始めた。
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